そんな感じで、うかうかと嵌められてふたりきりになったカイトとがくぽだったが、彼らが妹たちに嵌められたと気が付くことはなかった。
遊ぶことに忙しかったからだ。
遊ぶ場所、それが遊園地。
そもそもがお子様傾向のカイトはほとんど理性が飛んでいるし、そのカイトに付き合うがくぽも初めてのことに余裕がない。
ラウンド・ラウンド・ゴウ-02-
「が、がくぽがくぽがくぽっ、はい、お水っ!お水飲んで!!」
「ああ……」
ベンチにぐったりと座ったがくぽの元に、カイトがペットボトルのミネラルウォーターを持って走ってくる。
逃げ出したカイトをようやく捕まえた場所が、ゴーカートの近くだった。
家族のところへ戻ればお化け屋敷だ、がくぽがいるんだからもうどうでもいいよ!と、情けないんだか愛があるんだかわからない台詞を男前に言い切ったカイトは、そのままゴーカート乗り場に突進した。
何度も言うが、がくぽは遊園地が初めてだ。ゴーカートも初めてで、運転に戸惑う。
カイトはいくつかあるカートの中から、二人乗りを選んで、運転席に収まった。
がくぽに助手席に乗れ、と示して――がくぽが悲鳴を上げなかったのは、まあ、なんというか、矜持というか、度肝を抜かれ過ぎて悲鳴も出なかった、というか。
空いている平日で、ほとんど客がいなかったからいいようなものの、係員にお説教されるカイトの運転だった。
もちろん説教されて、懲りたりめげたりするカイトではない。
すでに疲れが見え始めたがくぽを引きずり、カイトが次に選んだのが、バイキングだった。平日だ、並ぶことなく、すぐに乗れた。つまり、疲れを癒す間もない。
初めての絶叫系に感覚が揺らいでいるがくぽを、カイトはコーヒーカップに――理性が飛んで弾けたカイトはもちろん、今時幼稚園児もここまでではない、というほどに激しく、カップをぐるぐると――
乗り物三つで、がくぽはグロッキーとなった。がくぽが弱いという話ではない。と、思われる。
不慣れな体感覚に駆動系が灼き切れそうになって、ぐらつくがくぽが悲鳴を上げてようやく、カイトはわずかに正気を取り戻した。
慌ててがくぽを近くのベンチに座らせると、自販機でミネラルウォーターを買って持って来た。
「う……」
「がくぽ、とりあえず冷たいうちに飲んでっ。あ、そーだっ」
顔を上げると目が回るがくぽは、渡されたミネラルウォーターを飲めない。そもそも力が入らないので、蓋が開けられない。
カイトは一度ペットボトルを取り返すと、蓋を開けた。ハンカチを取り出し、中身をこぼして濡らす。
「ほら、おでこに当てて。ん、首の後ろのほうがいいかな……ね、お水、ひと口でも飲んでみて。絶対、楽になるから」
「ああ……」
がくぽはハンカチを受け取り、額に当てた。わずかに冷やされる感覚が、気持ちいい。
ほんの少しだけ安堵して、がくぽは渡されたミネラルウォーターを口に含んだ。買ったばかりだ。体の奥まで冷やされるほどに、冷たい。
「……………ごめんね?」
傍らに座ったカイトが、悄然と謝る。心配そうに顔を覗きこみながら、がくぽの額に手を当てた。
「俺ちょっと、はしゃいでて………」
「お主がこういった場所で、理性を保てぬことくらい、重々承知だ」
容赦のないことを、がくぽはやわらかく吐き出した。気分は悪そうだが、怒ってはいない。
カイトは軽く天を仰ぐ。ある意味、信頼されている。いやな感じに。
しかし正確に言って、今日はちょっと理由が違うのだが――わかっていないのだろうか、この、なにかにつけて聡い、最新型ともあろうものが。
「初めてゆえな。感覚が掴めぬだけだ。もう少しすれば落ち着く。そうしたらまた、お主の好きなように……っ」
気分が悪くても懸命に笑うがくぽの額に、カイトは軽くキスを落とした。ぴょん、とベンチから立ち上がる。数歩歩いて、ベンチから離れた。
「あのさ、こんなこと言っちゃいけないの、よくわかってるんだけど………」
「カイト?」
背を向けたまましゃべるカイトに、がくぽは瞳を見張る。
珍しい。
なんでもかんでも、痛いくらいに無邪気な瞳で見つめて言葉を吐くのが、カイトだというのに。
カイトは後ろで手を組み、よく晴れた空を見上げる。
天気に恵まれた。
マスターは、みなさんの普段の行いがいいからですよ!と笑っていたけれど。
もしこのあと崩れたら、自分のせいだな、と考える。
「俺ね、うれしかったんだよね………なんか、成り行きだけど、がくぽとふたりっきりになれて。今日は家族みんなで遊ぶんだって思ってたのに、もちろん、それだってすっごく楽しみにしてたんだけど………思いがけずにがくぽとふたりっきりになれて…………がくぽのこと、独り占めできるんだってわかったら…………すっごく、うれしくなっちゃって」
「……」
ちらりと視線を流した先で、がくぽが花色の瞳を見張っていたのを確認した。
わかっていなかったか、と思う。
そもそもふたりきりになったのが事故のようなもので、そのあと、深く考える間もなく、初めての絶叫系――カイトと乗った以上、すべてが「絶叫系」だ――で、感覚を激しく揺さぶられた。
気がつく暇もない。
「カイト」
「うん」
呼ばれて、カイトは振り返った。にっこり笑う。
「ごめんね」
ついでに、このあと天気が崩れたら、もう一回ごめんなさい、だ。
ヨコシマなことを考えた自分が、絶対に悪いから。
がくぽは応えず、ハンカチを当てたまま、俯いた。具合が悪くなったかと思って、近づいて顔を覗きこむ。
「っ」
強い欲望を宿した瞳に見つめられて、カイトは瞳を見張った。
言葉もなく見つめている間に、欲望は奥底に沈められ、仕舞われてしまう。
「………がくぽ」
「そういえば、遊園地といえば、デートの定番場所だったか」
「…」
なにかしら記憶を漁ったらしいがくぽが、ぽつりとつぶやく。カイトは瞳を瞬かせた。
そうともいえるけれど。
「となると、これはデートか」
「………いや、えーっと、一応、家族と遊びに来てるから……」
絶賛、はぐれているが。
もそもそとつぶやいたカイトに、がくぽはにんまりと笑った。
「デートということにしておけ、カイト」
「……」
きれいな顔にやたら男臭く見つめられて、カイトは思わず頬を染める。がくぽは一瞬だけ、ちらりと欲望を閃かせてそんなカイトを見つめ、それから真剣な顔になった。
「お主は俺を独り占め出来たと言うがな。それは俺の台詞だぞ。俺がお主を独り占め出来たのだ」
「え?」
きょとんとするカイトに、がくぽは一度、目を閉じる。次に目を開いたときにはへこたれた様子もなく、いつものしゃっきりとした表情を取り戻していた。
ミネラルウォーターを飲み干すと、少し考えて、濡れたハンカチを腰に下げる。
立ち上がると、きょとんとしているカイトの頭を撫でた。
「そうだろう、『おにぃちゃん』?」
「………ぁ」
呼ばれて、カイトは瞳を瞬かせた。
確かに、家族がいっしょなら、きっとカイトの腰にはリンやレン、ミクが抱きついて離れない。カイトもそんな弟妹を引き離すことなど、思いも及ばないだろう。
カイトががくぽを独り占めする以上に――がくぽがカイトを独り占めすることのほうが、難しい。常に弟妹たちと戦争状態だ。
姉妹は一応、がくぽとカイトの仲を応援してはいるが、おにぃちゃんに甘えたいのも並列に存在する欲求だ。そしてきょうだいは、欲望を堪えることなかれとの教育を、マスターから受けていた。
家族と出かけた以上、がくぽだとて、今日はカイトを独り占めすることなど、考えてもいなかった。
いなかったところに。
「………やはり、普段の行いがいいな、俺は」
「へ?」
ぼそりとつぶやかれたがくぽの言葉に、カイトは瞳を見張った。なんだか今、ものすごく自信満々な言葉を――
ペットボトルを自販機の傍のゴミ箱に捨てたがくぽは、笑ってカイトの頭を撫でる。
「お主もだ。マスターが言っていたであろう?俺たちの普段の行いがいいから、今日は天気に恵まれたと。天気に恵まれたうえに、こうして二人きりにしてもらえたということは、俺たちの普段の行いはかなり、いいぞ」
「ふぁ………っ」
そこまで考えていなかったカイトは、ひたすらに瞳を見開いた。
ふたりきりになったことは、天気に恵まれたことと、ワンセットのご褒美。
ご褒美、なのだったら。
「………ふひゃ」
「ははっ」
よろこんで、いいのだ。ヨコシマなことを考えた、などと後ろめたく思わずに――ただ、幸運をもたらしてくれた存在に。
ありがとうと笑って、今を楽しむこと。
それが幸運への、なによりの感謝方法で、礼儀というもの。
「よし、行くぞ、カイト」
「んっ!!」
肩を叩かれて促され、カイトは輝く笑顔で頷いた。
「次はどこだ?」
訊かれて、元気よく指差す。
「ジェットコースター!!」