額に、キス。うれしくて、ほっぺたに、お返しのキス。
がくぽの部屋に入って、畳に並んで座って、雑誌を見て話していた。
そのうちに、ふと目が合って――どちらからともなく始まった、キス合戦。
まにゅある・せくす-01-
「カイト」
「ん」
笑って呼ばれて、瞼にキス。そのまま、くちびるは耳朶へと移って。
「ひぁっ」
「ははっ」
「もぉ……っ」
変な声が出て、身を竦ませたら、笑われた。
カイトはくちびるを尖らせて、笑うがくぽを睨む。けれど、その顔はすぐに笑み崩れてしまった。
「もぉ」
「ん」
笑いながら、がくぽの首へと腕を回す。引き寄せる動きに逆らわず、がくぽはカイトへとくちびるを寄せた。
一度、音高く合わさって離れてから、がくぽの腕がカイトを抱えこむ。
「んん……っ」
深く覆われて、舌が伸びる。カイトはびくりと震えて、がくぽの背に爪を立てた。
「ん……んく………」
応えようとは思うけれど、不慣れな感覚に緊張してしまって、どうしても動きが覚束ない。
「んん……っ」
むずかるような声を上げるカイトの体を、がくぽは畳に転がした。
抱きしめていた手が、服の上から体を撫でる。
「ぁ………んぅっ」
びく、と震えたカイトがなにか言いださないように、がくぽはしつこくしつこく、くちびるを塞ぐ。
「ゃ………んむ………ぅ………っ」
撫でる手はやがて、マフラーを外し、コートを肌蹴て、シャツの中にまで入りこむ。
「ぁあむ…………っんくっ………っ」
わずかに慌てるカイトに、しかしがくぽは素知らぬ顔でキスを続け、肌を撫でる。
その指がかり、と胸の突起を掻いて、カイトは首を振ってキスを解いた。
「ゃ、がくぽ……っ」
「…………駄目か?」
上げた声に、がくぽは困ったように笑う。その手が未練げに、強請るように、素肌を辿る。
服の上から悪戯な手を押さえ、カイトはくちびるを空転させた。
追い上げられる感覚と、しつこいキスの余韻で、咄嗟には舌が動かない。
「ぁ………」
「なあ、駄目か………?」
「ぅ……っ」
しかも、がくぽは普段、滅多に上げない甘い強請り声で、そんなふうに訊く。
一応これでいて、「おにぃちゃん」なのだ。甘えるのも好きだけれど、甘やかすのだって大好きだ。
それも、普段はちっとも甘えない、甘やかしてくれるばかりのがくぽが、となれば、その「お願い」は、なんでも聞いてやりたい。
だいたいにして、がくぽは「コイビト」だ――当然、カイトの体を強請る権利がある。それを拒絶するつもりはない。
ない、のだけれど。
「だ……めじゃ、ない、けど………っ」
「けど?」
ようやく言葉になったカイトに、がくぽはかわいらしく首を傾げる。無駄にときめいて、カイトは再び、くちびるを空転させた。
「カイト。けど、なんだ?」
「んっ」
焦れたがくぽに急かすように訊かれ、押さえた手が責めるように肌を掻く。
カイトは困惑と羞恥に揺らぐ瞳を、がくぽに向けた。
「い………いれる、だけじゃ、だめ?」
「…………………なに?」
カイトの言葉に、がくぽの顔から誑かす色が消えた。
眉をひそめて見つめられ、カイトは意味もなく、辺りを見回す。
「だって………えっと、からだ、触ってたのしい?俺、ヘンな声出るし………」
「一寸待て、カイト」
がくぽは一度、カイトの肌から手を引いた。
激しく嫌な予感がする。
「カイト、お主………そっちの知識は、どれほどあるのだ?」
「そ、そそ、そっち?」
上擦った声で訊き返し、カイトは身を竦めた。
潤む上目遣いで、厳しい顔のがくぽを見つめる。
片手の人差し指と親指で丸をつくると、そこにもう片手の人差し指を差しこんだ。
「えっと…………『いれる』んでしょ?」
「………っ」
ちょっと眩暈を覚えて、がくぽは額を押さえた。まさかとは思うが。
「それだけか?」
「それだけって………」
救いを求めて訊いたがくぽに、カイトは首を傾げた。
「それ以上、なにするの?ってわっ?!がくぽっ?!」
力を失くしたがくぽが倒れこんできて、カイトは慌てた。
あまりのことに脱力したがくぽは、気持ち悪く回る視界と闘っていた。
なんたる乱暴な知識だ。
「あの」マスターといて、まさかこの知識量だとは思わなかった。絶対に面白がって、あれやこれやと教え込んでいると――少なくとも、がくぽにはそれとなく、セクハラな話題を振ってくることが多いマスターだ。
男社会で生きる彼女は、そこのところの恥じらいが、かなり足らない。
だから、カイトにも当然――と、思っていたのに。
「が、くぽ?!」
「お主、な………これまで、どういう………」
言葉にならず、伸し掛かったまま訊くがくぽに、カイトは瞳を瞬かせた。
「でも、マスターが……………とりあえず今のところ、それだけわかっていればいいですって」
いいわけがない。
あまりに乱暴過ぎる――想像したくはないが、もしもカイトが女性に恋したときに………。
「………」
「えと……………だめ?なの?」
二重三重の意味で想像にげっそりしたがくぽに、カイトは瞳を瞬かせるだけだ。
「………だってマスターが、俺にはちょっと、ホラーより怖いですから、『そのとき』まで、知らなくていーですよって」
だからといって、そんな半端な知識だけで放っておくほうが、ホラーなどより何倍も怖い。
ある意味過保護なのだが、方向性を間違っている。
「……」
「えと……」
がくぽは少し考えて、身を起こした。転がしたカイトの傍らに座る。
「がくぽ?」
「来い」
「ん……?」
追って身を起こしたカイトを、膝の間に座らせる。
がくぽはきょときょとと瞳を瞬かせるカイトに軽く口づけると、引っかかっていたコートを脱がした。さらにはシャツに手を掛ける。
「『万歳』しろ」
「ふえ?え?」
「ほら、万歳」
「え?え………ばんざーい………っきょぁっ!」
幼子扱いに戸惑いながらも素直に「万歳」したカイトから、がくぽは素早くシャツを脱がせた。
「ぁ………あの、がくぽ………」
ふわ、と朱に染まり、カイトは身を縮めて自分を抱く。
「少しう、いい子にしておれ」
「い、いいこって…………ふ、ふわっ?」
その体を開き、腕を退かして、がくぽは曝け出された首に咬みついた。そのまま肌を辿って、浮き上がる鎖骨をべろりと舐める。
「が、がくぽ……っ」
「愉しいかと訊いたな」
「え?あ、う、うん」
カイトは惑乱する記憶を漁る。
訊いた――体を触ってたのしいか、と。
逃げ気味のカイトの体をさらに抱き寄せ、がくぽは鎖骨の下にかじりついた。軽く肌を吸って離れると、そこには花びらが残る。
「ぅ……う………がくぽ………っ」
隠そうと狼狽える手を取り、背中でまとめる。そうしたことで差し出されるようになった胸を眺め、がくぽはくちびるを舐めた。
にんまりと、惑乱するカイトへ笑いかける。
「このうえなく、愉しいぞ」