がくぽは芸能特化型のボーカロイドの中でも、特に肌の露出が少ない。
そもそも男声ボーカロイド自体が露出が少ないが、それにしても抜きん出ている。
ぷーる・る・るーぷ
とはいえ、着込んでいるから暑い、ということはない。むしろ逆だ。
ロイド用の衣装には、機械部品の発生する熱を押さえるための冷却材が仕込まれている。着ていると暑いのではない。着ていると、涼しいのだ。
しかし、そういった諸々の事情はよくわかっていても、夏の最中にあの衣装は、視覚的に暑い。
見てるだけで暑いのよ!から始まり、がっくんのそれはもう視覚のぼーりょくだ!→がっくがくがぼーりょく振るうよぉ!……………という、主に姉妹たちからの脅迫により、夏場のがくぽはボディスーツを脱いでいる。
羽織だけになってもすでに裸のようで落ち着かないというのに、水着、ともなると。
「がっくん、キミはどこの色白美白追求美少女だ。つか、ロイドが日焼けするとでも思ってんの?!プールナメてんのかこらぁっ!!」
「ミク殿………」
フリルがたっぷりあしらわれたワンピース型の水着を着たミクに胸座を掴んで叫ばれ、がくぽは軽く天を仰いだ。
快晴だ。まさにプール日和。
平日でも、すでに世間は夏休みシーズンだ。とはいえ休日よりは、ずっとましな混み具合には違いない。
「行かぬ手があろうか!」
「いやない!!」
――と、オフだったミクとリンが拳を突き上げて叫び、同じくオフだったがくぽとカイトも伴なって、近所の市民プールへと繰り出した。
プールだから、水着だ。
男の水着は、下穿き一枚だ。
がくぽも当然、ごく普通の水着に――着替えたうえで、長袖のパーカをきっちりと着込んだ。
羽織ったのではない。着込んだのだ。
前はきっちり閉じられている。泳ぐ気配が感じられない。
「さあ脱げっ、とっとと脱げっ、脱いでボクらのオモチャになれっ!!」
「こら、待て、ミク殿……!」
聞き捨ててはいけないような気がする言葉とともに、ミクががくぽに組みつく。きっちりと閉じられたパーカのファスナーを下ろし、ばっかりと遠慮なく、前を開いた。
「ひぎゃっっ!!」
「おにぃちゃん?!どしたの、だいじょぉぶっっ?!!」
「?!」
悲鳴を上げたのは、リンとともに準備体操に勤しんでいたカイトだった。
カイトもごく普通の水着姿で、一応パーカは羽織っているものの、あくまで「羽織っている」レベルだ。準備体操が終わったら、脱いでプールに飛び込む気満々。
そのカイトは、耳からうなじから、全身真っ赤になってプールサイドにへたり込み、俯いて口元を押さえ、震えていた。
「おにぃちゃん?!おにぃちゃん、あっついの?!くらくらする?!」
「ん、ちが………そじゃなくて………だいじょぶ………だいじょぶだから、リンちゃん……っ」
傍らにしゃがみこむリンに、真っ赤に染まり上がったカイトが、口元を押さえて弱々しく笑う。
ちなみにリンは、ビキニタイプの水着だ。ビキニタイプとはいっても子供向けで布地面積が多いので、幼顔が浮くということはない。
「………」
振り返って兄を見ていたミクは、ぎぎぎ、と軋む音が聞こえそうな風情でがくぽに向き直った。
気を取られて手を離した瞬間に、パーカの前はきっちり閉め直されている。――なにより、唐突にへたりこんだカイトに、がくぽが血相を変えて近づかない。
がくぽが!
つまり。
「……………がっくん?」
「ああ」
ミクは胡乱な瞳で、がくぽを見上げた。
「……ボクが思うに、キミとおにぃちゃんは、『そーゆー』仲、だよね?」
「……」
なにを訊かれているのだといって、ナニを訊かれているのだろう。
がくぽはわずかに、ミクから目を逸らした。
「そうだな。貴殿らを、睡眠不足にするような仲だ」
「そーだよね?いっくらなんでも二日にいっぺんはやり過ぎだから、三日にいっぺんにしろって苦情を上げるような仲だよね」
「………その節は、大変どうも、ご迷惑をお掛けいたしまして」
「いえいえこちらこそ、ヤボを申しまして」
素知らぬ顔で社交辞令を交わしてから、ミクはやおら表情を一変させ、がくぽの胸座を掴んだ。
「それであのおにぃちゃんの反応はなんなのっっ?!」
「なんなの、と、言われても…………」
がくぽはあくまでも、ミクを見ない。目を逸らし続ける。
カイトが悲鳴を上げてへたりこんだのは、どう考えてもがくぽの体を見たせいだ――そしてがくぽがきっちりパーカを着込んで脱ごうとしないのも、おそらくカイトのその反応がわかっていればこそ。
しかし先にも言ったとおり、ふたりは「そーゆー」仲。
今さら上半身を曝け出したくらいで、まさか。
「まさかがっくん、毎回まいかい、着たまましてるの?」
「……」
妹と、それも年頃少女としたい会話ではない。
がくぽは顔を歪めたが、そうそう無視しているわけにもいかない。
そんなことをすれば、公衆の面前で「お仕置き」だ――なにをされるかまったく予測がつかないことだけは、予測できる。
「………きちんと脱いでおる」
「じゃあ」
「しかし」
がくぽは訝しげなミクから顔を逸らしているというのに、さらに視線を背けて、明後日な方を見た。
「俺が脱ぐのが、ある意味、『最中』だけだろう?まあ、好き勝手に教え込んだゆえな……………どうもここらへんで、記憶と感情が、ごちゃ混ぜになったらしい」
「………つまり」
ミクは愛らしい瞳を最大限に眇め、決して目を合わせようとしないがくぽを厳しく見据えた。
「おにぃちゃんはがっくんのハダカを見ると」
「自動的に『そのとき』を思い出して、腰が抜けるらしい」
「………」
兄の初心さ加減は、どちらかというとミクのほうが詳しい。それこそ、ミクやリンのほうが遥かに「詳しい」と言い切れるくらいには、兄はそういった知識も経験もなかった。
その兄が、ここ最近こそ三日に一度に抑えさせたものの、二日に一度は組み敷かれて、一からすべてを教え込まれて。
「………ふっ」
「……ミク殿」
ナナメを向いて笑ったミクに、がくぽは一歩退く。
ミクはがくぽの胸座から手を離すと、後ろに立って話を聞いていたリンを、ちらりと振り返った。
「リンちゃん」
「あいさー、ミク姉!」
「む……っ!」
通じ合う妹たちに嫌な予感を覚え、がくぽはさらに踵を引いた。腰を落とし、すぐにも逃亡可能な体勢を取る。
しかし妹たちに敵うはずもなかった。
「要するにこんなもんは慣れだよ、慣れっっ!!」
「そーだよおにぃちゃんっ、慣れればいーんだよっっ!!」
「こらっ、ミク殿、リン殿!!」
「ひっ、ぅわひゃ、ふきゃぁああああっっ?!!!」
ミクが背後からがっしりとカイトを押さえ、リンのほうはがくぽのパーカを開いて体を晒させる。
この場合、カイトが妹に抵抗出来ないのはともかく、がくぽは「リン」に抵抗出来なかった。
ミク以上に小さく細い体つきのリンは、力の強い自分が下手に動くと、すぐにもどこかをぽっきりと折ってしまいそうな気がする。がくぽとしては常に「取扱注意」の札を貼って接している相手なのだ。
ミクなら適当に振り払えたものを、リンでは。
この役割分担はだから、妹たちが兄たちの特性をよくわかったうえでだった。
そのうえで彼女たちは、上半身を晒させたがくぽと、真っ赤になって涙目のカイトを、ぐいぐいと近寄らせる。
「ひ、ひ、ふぁっ………………きゅぅ」
「カイト!!」
「「おにぃちゃん!!」」
真っ赤になって瞳をぐるぐる回したカイトが、とうとう小さく呻いて頽れる。
がくぽは咄嗟に手を伸ばして倒れる体を受け止め、赤く染まったカイトの頬を軽く叩いた。
「カイト、カイト………」
応えはない――オーバーフローで、一時的に回路が遮断されたようだ。
これまでの経験からいって、しばらく休ませれば自動的に回復はするだろうが。
「ミク殿、リン殿………」
いくらなんでもやり過ぎだ、と瞳を険しくしたがくぽは、カイトを抱えたまま、すぐに身を引いた。
がくぽ以上に不機嫌かつ怒りのオーラを纏い、小鬼と化した妹たちが揃って拳を固め、仁王立ちしている。
その尖った瞳には、涙すら滲んでいた――もちろん、悔し涙だ。
「せっかくのプールなのに………!」
「おにぃちゃんと遊ぶの、楽しみにしてたのに………!!」
おにぃちゃん大好きっ子たちの怨みは深く、激しかった。
しかしそもそもは彼女たちが。
そういったことを斟酌する気がない妹たちは、カイトを抱きしめて身を竦ませるがくぽに、びしりと指を突きつけた。
「罰として、がっくんは帰りに、ボクらにかき氷を奢ること!!」
「それから今日、プールでの飲食代は、全部がっくがくの奢りだからね!!」
妹たちの宣告に、がくぽは天を仰いだ。
「俺が悪いのか?!!!」