「カイト」

「ん?」

リビングでひなたぼっこをしていたカイトの前にやって来たがくぽは、とりあえず手を差し出した。

Tailor's Tale

立てということかと思って見ると、がくぽは手を差し伸べたまま、カイトの前に座る。

「手」

「ん……?」

単語だけで言われても困ると思いつつ、カイトは素直に右手を出した。

がくぽが差し出した手の上に、ぺほんと乗せる。

「『わん』☆」

にっこり笑って、鳴いてみせた。

そうつまり、「お手」完成。

「ん……………」

「んと、がくぽ?」

乗せた手を、がくぽは軽く握って振って、放り出す。

ちょこりと首を傾げると、空いた手を再び、招くように動かした。

「『おかわり』」

「んぇっとぉ………」

淡々と求められて、カイトは思わず自分の手を見る。

流れとしては、お手→おかわり→ち○ち○――

させられてしまうのだろうか、ち○ち○。

その場合、「ヒトガタわんこ」はどうやったら、正解なのか。

少しばかり真剣に悩んでから、カイトは伸べられたがくぽの手に左手を乗せた。

「ん」

「んっと、…………がくぽ?」

「ああ」

答えになっていない答え。

頷くだけで、がくぽは預けられたカイトの手を撫で、指の付け根をくすぐった。

「んん………っ、ゃ…っ」

そんなところまでもれなく「気持ちいい」のは、どうかと思う。

もしかして、――もしかして、自分はものすごくえっちな体なのかもしれないと、カイトはちょっとだけ疑っている。

がくぽはそういうものだと言うし、気持ちいいのが自分が触ったときだけなら、問題ないと言うけれど。

ものすごくえっちなのは、ちょっと嫌だ。怖い。

だってどうなるのか、さっぱりわからない――それでも、がくぽに触れて欲しくなるし、触れたくて我慢できなくなる。

だからなおのこと、自分がものすごくえっちなのかもしれないと思う。

えっちが我慢できないなんて、ものすごくえっちな証拠ではないのか。

「……………がくぽ。ゃ………………」

「………………ああ」

どうしても潤んでしまう声を堪えて求めたカイトに、がくぽはようやく気がついたように顔を上げた。

ほんのりと頬を染めたカイトを見て、ちょうど弄っていた薬指の付け根をきゅっとつまむ。

「んぁんっ……………」

途端に堪えられないかわいい声が上がって、カイトは耳から首から、全身真っ赤に染まった。

「ぅ…………ぅう、ぅぁくぽぉ~…………っ」

「別に、家族もおらんし……」

問題はそこではない。いや、一応彼らがいたらいたで、それも問題だが。

問題は、あまりにビンカン過ぎる自分のカラダ。

ものすごくえっちなのはいやだと思うのに、ものすごくえっちに反応してしまうカラダ――

「……………よしよし」

「んー……………」

言葉にできない訴えを読み取ったがくぽは、カイトの手を解放すると、その手を後頭部へと回して抱き寄せた。

抱っこされるのなら、大好きだ。

子供っぽくても、抱っこされてぎゅうっとされるのが、いちばん安心する。

招かれるより先ににじって、カイトはがくぽの膝に乗った。

拒むことなく膝に上げてくれたがくぽは、さらにぎゅっと抱きしめてくれる。

ぐるぐると。

咽喉を鳴らすねこの気分で瞳を細め、カイトはがくぽの肩口に顔をすり寄せた。

「………………やはりお主は、犬というより、ねこよな」

髪を梳いていてくれたがくぽが、ぽつりとつぶやく。

カイトは顔を上げ、ひどく透き通った笑みを浮かべるがくぽを見つめた。

「『にゃー』?」

「ああ」

鳴いてみせると、がくぽの笑みは深くなり、やや現実感を取り戻した。

髪を梳いていた手が落ちて、マフラーをわずかに緩める。コートの襟も軽く開くと、首へと直接手を這わせた。

「ゃんん………っ」

――首ももれなく、気持ちいい。

カイトはがくぽの膝の上でもじもじと足を擦り合わせ、やわやわと辿られる首が訴える感覚に耐えた。

「んんん………っんんっ」

「カイト、ねこだろう咽喉を撫でられたら、ぐるぐる鳴け」

「むちゃくちゃぁ………っん、んんっ………んゃあん…………っ」

いつの間にそういう「遊び」になったのだろう。

せめて「にゃあ」とでも鳴いてやろうとしたけれど、気持ちよさのあまりにきちんと言葉にならなかった。

がくぽのくちびるからふっと小さく笑い声がこぼれ、首から手を離すと、そこに顔を埋める。

「んぁ、がく……ぅ……………」

「………………犬に首輪をつけるは、当たり前のことだろうだが、ねこに首輪をつけるは、あまりに愚かではないか?」

「んん…………?」

がくぽがなにを言いたいのか、わからない。

くすぐったさを懸命に堪えつつ、カイトは瞳を開き、首に埋まるがくぽを見た。

つむじしか見えない。

がくぽはさらにぐりぐりとカイトの首に擦り寄り、逃げられないように抱きしめる。

がくぽのほうこそ、犬みたいだ。

考えて、カイトのくちびるが笑みを刷いた。

不自由な体でがくぽの背に腕を回すと、ぎゅっと抱きしめる。

抱きしめられて、がくぽの腕にさらに力が篭もった。

笑う、気配。

「愚かでも、首輪をしたいと思う――所有を示したいと。どこに行くでも、すぐにだれのねこか、わかるように」

「んん………」

よくわからないのは、相変わらずだ。

けれどもしかして、カイトをねこと評したのだから、――カイトに首輪をしたいと、言っている?

少しだけ考えて、カイトは笑った。首に埋まるがくぽの頭に、すりりと顔をすり寄せる。

「がくぽなら、いーよ」

「………」

答えに、がくぽはなにも言わず、カイトをひたすらに抱きしめた。

ややして離すと、快晴の外を見る。

カイトへ目を戻すと、いつもの通りにやさしく笑った。

「散歩に行くか、カイト?」

「んっ、わあ!!いくっ!!いくいくっ!!」

ぱっと顔を輝かせたカイトのこめかみに、がくぽはそっとくちびるを落とした。

「では、交通安全三原則を百回唱えろ」

「さん………ひゃく………………っっ?!」

ぴたっと止まったカイトに、がくぽは声を上げて笑った。