乱れた浴衣の隙間から覗く下生えはわずかだが、カイトが確実に下着を身に着けていないことを示している。なによりも、いつもは慎ましやかに布地に収まっているものが、だらりと。
いったいいつから、と言って、寝たのはいっしょの時間だ。
遡っていって、二人が唯一、多少なりともお互いから目を離した――のは。
温泉に行こう!-02-
「カイト、カイト!」
「ん………んん?」
堪えきれずに体を揺さぶったがくぽに、カイトは小さく呻いた。
呻いて、こしこしと瞼を擦り、ゆっくりと目を開ける。
「ん、ぁ………がくぽ、おはよ………」
「おはようどころではない」
「ほえ?」
寝起きからなんの話だと、カイトはきょとんとする。
まだわずかに寝惚けているような顔で、生真面目に覗きこんで来るがくぽを見返した。
「がくぽ?どーし………」
「いつから、穿いておらん?」
「………………」
問いが唐突だ。
きょとんとしたまま、カイトはがくぽが示す場所を辿った。
布団――足――の、際。
「………っっゎ……あっ」
「カイト。いつからだ?」
「ぁ、あ………がく、ぽ………っ」
乱れて露わになっているところに気がついたカイトが、慌てて袷を整えようとする。その動きを、がくぽは伸し掛かって止めた。
朝から垂れ流すものではない、むせ返りそうに濃厚なフェロモンが漂っている気がする。
ぱああっと頬を赤く染めたカイトは、押さえこまれながらも懸命に手を動かし、乱れた袷を出来る限り整えた。
「ぁ、えと、がくぽ………」
「カイト。なあ…………いつからだ?いつから、下着を穿いていない?」
「え、と………」
くちびるで耳朶を辿りながら訊くがくぽに、カイトはこくんと唾液を飲みこんだ。
しばらくくちびるを空転させてから、そろそろと横目にがくぽを見る。
「………おふろ、入ってから………」
「………」
黙って見つめるがくぽに、カイトはさらに肌を赤く染めていった。
「マスターとめーちゃんが、脱衣所のそばで話してるの、偶然、聞いて………っ。『浴衣のときは、下着を穿かないのが本来で、正当なんです』って、マスターが言ってて」
「……………」
おそらくマスターは、メイコをからかって遊んでいたのだ。
強権的家長で、きょうだいに恐怖と服従を叩きこんでいるメイコだが、あれでいて恋愛にはかなり純情だ。
つい最近、実らせたらしいマスターとの関係は、しばしばいつもの彼女のキャラクタを忘れさせる。
長年の『片恋』を実らせたのはマスターとて同じはずだが、こちらはそもそもの性格に、まったく変化がなかった。
以前と変わることなく、実に愉しそうにメイコを構い倒す。
その一環で、「温泉宿に来て、浴衣に着替えたからにはのーぱんになれ」と。
コイビトのかわいいお願いを装いつつ、ばかじゃないの!と突っぱねるメイコに、その由来やら俗説やらなにやら、日々無駄に積み重ねていっている雑学を披露して煙に撒いて、くらくら惑乱する姿を――
性格が悪いの一言に尽きると思うが、メイコはそこもいいところだと言い切るのだから、仕方がない。
恋は盲目、――では、済まないものがあるとは思うが。
「ふーん、そーなんだ、って、………思って。そういえば、がくぽも夜って、下着穿いてないな、って」
「………」
なぜ知っているかと言えば、がくぽがカイトの夜間の下着事情に詳しいのと、理由は同じだ。
がくぽは視線を下ろし、微妙に隠された場所を見つめた。
薄い布地とはいえ、おそらくそうと意識していなければ、異変には気がつかない。
実際、昨日は気がつかなかった。
気がつかず、キスだけ交わして普通に抱き合い、寝た。
「なんたる不覚!!」
「が、がくぽっ?!」
舌打ちするがくぽは、近年になく悔しそうだ。
カイトはぎょっとして、伸し掛かる恋人を見つめた。
がくぽのほうは、問うようなカイトの視線に構わない。ちろりと舌を出してくちびるを舐めると、押さえこんでいた手を緩やかに動かして、浴衣の上からカイトの足を撫でた。
「ぁ、ん………っ、んっ」
堪えきれずに声を上げてから、カイトはわたわたと周囲を見渡す。
家ではない。旅館だ。
多少の防音はされているが、完璧ではない。
ついでに、朝だ。まだ、朝食の時間にはわずかに早いが――
「が、がくぽ」
「寂しい思いをさせたろう?」
「さ、さびっっ」
浴衣の上から撫でていた手は、無防備な布地の下にあっさりと潜りこむ。素肌を撫でる感触は馴れたものだが、それと、なにも感じないことは、同義ではない。
十分に、感覚が煽られる。
「が……くぽっ」
「お主が、せっかく……」
「せ、せっかくじゃ、なくって!!」
カイトは叫ぶが、すでに熱に夢中になった恋人の耳には届かなかった。
――恋人同士の夜のプレイの一環として、下着を脱いでいたわけではない。
マスターが話しているのを漏れ聞いて、これまでの記憶とも突き合わせたうえで、カイトなりの合理性と整合性に基づき、脱いでいただけだ。
キスだけで、ただ抱き合って寝た夜についても、特に恨みがましい思いは――
「っぁ、ゃっんっ」
寝間着の中に潜りこまれると、今日はそれ以上、防御してくれるものがない。
足を辿った手がそのまま、すんなりと局所に触れて、揉みしだく。
カイトは自分の両手で口を塞ぎ、上がる声を出来る限り殺した。
「ん、が、く………」
「……熱いな。大して触れてもおらんのに」
「………っ」
カイトは懸命に、口を塞ぐ。
がくぽは再びちろりとくちびるを舐めると、肌を染めて悶えるカイトを見た。
普段から、寝るときには下着を脱いでいるというなら、大して物思うこともない。いや、少し動けば覗くかもしれない、そのチラリズムにがくぽは治まることもないだろうが、カイトのほうだ。
いつものことなら、物思うこともなく、平然と過ごしただろう。
しかしカイトの「いつも」は、下着を穿いている――穿いていないことは、いつもとは違うこと。
違うことは馴れないこと、緊張することだ。
締めつけがなくて解放され、気持ちよくなる、ということもあるだろう。
だがそれ以上に、緊張していたはずだ。
なにかの拍子に見えるのではないか、形が浮かぶのではないか、恋人に――
緊張して、そして多少、期待もあったはずだ。気がついた恋人が、どう反応するか、と。
「………ほら、もう、濡れておる」
「ゃ、いわな…………っん、んん………っ」
がくぽは体を落とし、じたじたもがくカイトの下半身へと顔を埋めた。
わずかに扱いただけで雫を浮かべるものに、舌なめずりする。
最後の砦を剥ぎ取り、曝け出された性器に羞恥を募らせるカイトも、もちろんいい。
いいが、そもそも「砦」を身に着けておらず、それがいつ恋人に知られるかと緊張しているカイトも、このうえなく。
「ふ………っ」
「ぁ、や、んんんっ」
口に含まれて、一際かん高い声が上がった。
カイトは慌てて、さらにきつく自分の口を押える。
「ん………っんん………っ」
「………」
羞恥ゆえにいつも以上に張りつめるものをぴちゃぴちゃと舐めしゃぶりつつ、がくぽはわずかに眉をひそめた。
声が聞きたい。
きっといつも以上に甘く、高く、心地よく啼くだろうに。
とはいえここは旅館で、隣には宿泊客がいる。カイトの嬌声に馴れきった家族ではなく、赤の他人だ。
朝も早いから寝ているかもしれないが、もし起きていたら――
いや、あまり大きな声が聞こえれば、起き出すかもしれない。
「………仕方ない」
「んんんっっ」
「………………」
つぶやいたがくぽだが、すぐに利点に気がついた。
いつも奔放に上げている声を堪えることで、カイトは体に募る快楽を逃がしきれなくなっている。そうでなくても感度が上がっているところに、逃がしきれない熱。
毎回まいかい我慢させているようでは、カイトが音を上げる以前に、がくぽが音を上げる。
触れる肌の心地よさも重要だが、カイトが上げる甘い悲鳴もまた、なにより重要な要素として、がくぽを昂らせ、幸福に導くのだ。
聞けないようでは、がくぽが耐えられない、が。
ごく、たまになら――
堪えさせてみるのも、いいのかもしれない。
跳ね上がった感度によって、カイトはさらにじたじたともがき、暴れた。
押さえこむがくぽの力が強いために逃げられず、熱は募って追いこむ。
ほどなくして、カイトは多少物足らないほどにあっさりと、頂点を極めてがくぽの口に精を放った。