取っておくべきか、使いきってしまうべきか。
ある意味ひどく悩ましい、使いきりプレゼント――
カォティック・キング
自室に置いた文机の、小さな引き出しの中身を取り出し、がくぽは目の前に掲げたそれに軽く首を傾げた。
一年前、カイトから貰ったプレゼント。
貰ったときには百枚以上あったはずだが、すでに残りわずかだ。
「『キスし放題』に、『だっこし放題』、『おさわりし放題』…………」
三種類の文字が躍る、三種類の手作りチケット。
カイトからがくぽへのプレゼントで、がくぽが使うことが前提だ。もちろん、だれといって、カイト相手に。
しかしこのチケットを渡しても、がくぽからカイトにキスし放題できたり、抱っこし放題できたりはしない。
し放題していいのは、カイトだ。
がくぽがカイトにこのチケットを渡すと、カイトががくぽにキスし放題になり、抱っこし放題になり、おさわりし放題に――
ある意味において、なかなか斬新なチケットだ。
そもそもこのチケットを贈られた当初というのは、二人は付き合い初めの、成り立てコイビトほやほや状態だった。お互いにお互いが、恋人となったらどう振る舞うのかも手探り状態。
カイトにしても家族にしても、「危険」なのはカイトのほうだという認識だった。
無邪気なうえ、デフォルトで挨拶のキスやハグの習慣があるカイトだ。
人目を憚ったり、時や場所を考えて「コイビト」としての振る舞いを我慢できないかもしれない、と。
対して当時のがくぽはまだ、常識と理性に凝り固まった、四角四面な――要するに、カイトに対して人目を憚ることもするし、どちらかといえばシャイに振る舞うだろう、と。
目されて、贈られたプレゼントだ。
がくぽがチケットを渡してくれたら、それはいちゃいちゃしてもいい場所。
渡してくれない場所は、大人しく控えなければいけない場所。
わかりやすいだろう、と。
一年経って結果を見れば、理性がすっ飛んでTPOの再学習が必要なのはがくぽのほうで、カイトのほうがかえって、理性的で常識を弁えていた。
おそらく仕事に対する、プロフェッショナル意識の違いから差が出たものと思われるが、結果はまったく反対だったのだ。
むしろカイトにチケットを渡し、がくぽを一から躾け直す勢いで、構わない。
「……………ふむ」
とはいえ貰ったのはがくぽで、それこそ三種類各百枚を超えていたそれが、一年後にはほんの数枚。
子供から貰った肩叩き券の綴りを一枚も使うことなく、大事に保管しておく親の話なども聞くが、相手は子供ではなく恋人。
がくぽは欲に塗れたオトナだ。
きゃっきゃぅふふと、欲の赴くままに使ったものの、一枚ずつくらいは記念に取っておきたい気もする。
「新しいのを貰う……………と、またそれはそれで、再発行版として取っておきたくなるしな…………」
百枚貰ううちの、一枚ずつだ。再発行版を保存したとしても、それもおそらく一枚ずつ。
大したことはないが、数年続けた場合の枚数は――
「………………?」
がくぽは首を傾げ、眉をひそめた。
キスし放題に、抱っこし放題、おさわりし放題――
これ以上なく自分の欲求を満たしてくれる、いや、満たしてくれていたチケットだ。
だが、なにかが、こう。
足らない?
「なんだ?……………」
考えに沈むがくぽの背後で、とととん、と襖が鳴った。ノックだ。
この家の残念な習性で、ノックをするところまでは礼儀正しいのだが、中にいる相手が応えるより先に扉は開かれる。
今日も今日とて例外ではなく、ノックの音と共に、襖はすらりと開かれた。
「がぁくぽー♪あのねっ!」
「ん、ああ」
手に持っていたチケットを慌ててしまおうとしたがくぽだが、そんな必要のない相手だった。
肝心のチケットの贈り主、コイビトであるカイトだ。
しまおうとした手を止めてチケットを机の上に置き、がくぽはカイトへと体の向きを変えた。
「どうした?」
「んっ!あのね、…………あれ?」
「…………ああ」
跳ねるような足取りでがくぽの傍にやって来たカイトは、机の上に出されたチケットが目に入り、言葉を止めた。
ぺしょんと正座すると、愉しそうにがくぽを見上げる。
「使う?」
「それなのだがな…………残り枚数が」
「え?…………あれ?もしかしてもう、これだけ?」
「ああ」
「ほぇえ…………」
なんとも言えない感嘆を漏らし、カイトは文机の上をまじまじと見た。
そんなにたくさん、使われた記憶もない――とりもなおさず、チケットがあろうがあるまいが、好き放題にいちゃいちゃしていたからだが。
きょとんと首を傾げてから、カイトは再び愉しそうに笑い、腰を屈めると殊更に下からがくぽを見た。
「新しいの、欲しい?欲しいなら、つくって上げる!」
「それが………………………」
「がくぽ?」
なにか言いかけて、がくぽは黙ってしまう。
笑みを浮かべたまま待つカイトを、上から下から、入念に眺めた。
「ん?なに?」
さすがに、わずかばかり居心地悪く身を引いたカイトに、がくぽはこっくり頷いた。
「なるほど」
つぶやくと、きょとんとするカイトの目の前に、残り少ないチケットをかざす。
「カイト、新しいものな」
「うん。何枚?」
「違う」
「ほえ?ちがう?」
否定されて瞳をしぱしぱと瞬かせるカイトに、がくぽはかざしたチケットをひらひらと振った。
「『添い寝券』を追加してくれ」
「そいね…………けん?って、俺ががくぽと、いっしょに寝る券?いっしょのおふとんで、だっこだっこで?」
「ああ」
カイトの確認に頷くと、チケットをひらひら振るがくぽは、あくまでも真顔で続けた。
「とりあえず、365枚」