「アロー、レンくん!!キミが最後の砦だ!!」

「のわっ?!」

湯上がりたまご肌となって気持ちよくリビングに入ってきたレンは、すぐさま情けない悲鳴を上げ、後ろにいたリンに飛びついた。

レジェンダ・トリ

下の姉が、レンへと這い寄って来たのだ。それも一時代前、世界的な流行を巻き起こしたホラー映画に出てきた、悪魔憑きの少女のごとき様相で。

レンの姉は確か、トップアイドルだったはずだ。下の兄から、密かに悪魔呼ばわりされていることは知っているし、レンとしても反論はないが――

「ななな、なんだよ?!!」

「よーしよし、レンー。だいじょぶよーミク姉だからー」

「わかってんだよっ!!」

――男の風上にも置けず、レンはリンを盾にしていた。

その状態では、リンにあやされたところでまったく文句は言えないはずなのだが、レンにもそれなりに言い分があった。

本当に『コワイモノ』であれば、リンを盾になどしない。自分が盾になる。

ミクだからこそ、逆にリンを盾にするのだ――

強権的な姉たちに囲まれて育った末っ子男子らしい、躊躇いも疑問もない言い分だった。

「あのさっ………………いや、その前にいっこ、確認しとこう」

這い寄って来て立ち上がることはないまま、ぺしゃんと床に座りこんだミクは、すっと目を眇めた。

弟は湯上がりたまご肌だ。

妹も。

つやつやぷるるん弟妹。

「お風呂掃除してきた?」

「したよー!」

「ってか、してねえよっ!!」

――元気に手を挙げて答えたリンはともかく、レンは完全に墓穴だった。なにがと言って、ナニが。

床にぺちゃんと座りこんだミクは、ナナメを向いてふっと笑う。

「なんの話さ、レンくん………。キミは自分らの年を、いくつだと思ってんの………?」

「っぐっ!!」

姉の静かなツッコミに、レンも自分が墓穴を掘ったことに気がついた。出来ることならばそのまま、地球の裏側まで掘り進んで逃げたい。

リンを盾にするのみならず、じりじりとリビングの外へにじっていくレンに、きりっと顔を上げたミクはべたべたべたっと這い寄った。

「そんなおばかっぷる代表のレンくんだからこそっ!!最後の砦として、答えるがいいっ!!『朝起きたら、世界にリンちゃんとふたりっきりになっていました』!!→はい、どうする?!!」

「なんだよっ?!!」

そもそもどうして姉は、いつものように立って上から押しこんでくるのではなく、下から這い寄ってくるのか。

上から押さえつけられるのも嫌だが、下から来られるのはそれに輪をかけて、嫌だ。なにをされるかわからない感が、より以上に倍増する。

「えー………ああ。そか。レン、ほら、あれ……」

「ああ?!…………………ああ?」

ミクがどうであろうと、リンは落ち着いたものだ。

周囲を確認し、テレビから流れる映画に気がつくと、ほとんど半べそ状態のレンにヒントとして示してやった。

途中からであっても、一度は観たことがある。話の流れはわかっている映画だ。

ガラ悪く応じたレンも、示されるままにテレビを観て黙った。

下から圧力とともにじじっと見つめてくるミクと画面とを見比べ、わずかに顔をしかめる。

「………ゾンビと戦うのは」

「そこは抜き。世界にリンちゃんとふたりっきり、らぶふぉーえばー状態、そこだけ。→はい!!」

促されて、レンは軽く首を傾げ、天を睨んだ。かりかりと後頭部を掻く。

「あー………別にふっつーに暮らすだろ。生きてる限り」

前向きなような、微妙な表現で答えたレンに、ミクはすっと顔を引いた。目を据わらせて、弟を見つめる。

「ふたりっきりで?」

「………だから、リンとふたりっきりになったっていう、設定なんだろだったら、ふたりで暮らすだろ。わざわざひとりずつ、別々に暮らす必要も…………」

「勝訴!!!」

「なんなんだよ?!!」

拳を突き上げて咆哮したミクに、レンはリンにしがみついて喚く。

リンのほうはといえば、相方にも姉にも構わない。

ちょこんと首を傾げてわずかに考えると、にこぱっと無邪気に笑った。

「んー、でもね。リンはマスターのことは、探しに行くな!」

勝利に湧く姉に言って振り返ると、男の風上に置けなかろうがなんだろうが、もっとも大事な相棒と額を合わせた。

「レンとふたりっきりでもリンは全然いーけど、マスターのことだけは、探しに行くでしょだって朝起きたらイキナリ、ふたりっきりになってるんだよねそんなの意味わかんないもん、こわいからやだ。それにその条件ならもしかしたら、世界のどこかにマスターがいるかもしれないし。レンがいるからあとは、マスターだけ探して見つけられれば、リンはそれでいい」

「……なんですと?!」

勝利から一転、崖から突き落とされた状態のミクが強張るのに構わず、レンも額をつけた相方に同意して頷いた。

「それもそうか………マスターがどんだけアテになるかは別だけど、ヘンな感じのサヴァイバルにだけは強そうだもんな。なにかあった場合のことを考えても、『マスター』だけは探したほうがいいな」

一転したレンの答えに、ミクはアイドルとしての限界を超えて、少女としてやっちゃいけないレベルまで顔を引きつらせた。

「ぁああっちょんぶりけぇええっっ!!」

再び意味不明な呻きをこぼすと、完全なる敗北者は床にばったりと倒れた。