マスターに、兄弟姉妹、そしてなにより大事な恋人である、カイト。

家族総出での、悪ノリと愛情に満ちた盛大な誕生会が終わって、その片付けの時間。

今日の主役なのだから、片付けはしなくていい、と。

当然なのだが、微妙に理不尽な感じで『会場』となったリビングを追い出されるがくぽに、カイトがそっと、耳打ちした。

――部屋で、待ってて。

Love is You

片付けの合間、きょうだいの目を縫っての、ナイショの耳打ちだ。

慌てていて早口だったが、そこには甘さと熱が、隠しようもなく感じ取れた。

「…………とはいえ、な」

言われた通りに自分の部屋で待つがくぽは、わずかに情けない顔だった。

すでに夜も遅く、誕生会が済めば、あとは寝るだけという時間だ。

待っている間に、寝間着に着替えた。さらに布団を敷いた。

これ当然だ。ごく自然。あとは寝るだけ、なのだから。

しかし今日は、これからカイトが来るという前提がある。

寝間着に着替えているのはよしとしても、布団まで敷いてあると、あまりに――これ見よがしな、ひどく期待していたような感じに、ならないか。

「…………否定できんしな」

期待はする。

恋人が、夜に、部屋で待っていてくれと言ったのだ。それも、誕生日の夜に。

もちろんすでに、プレゼントは貰った。京反物の老舗店が出しているという、着物を作ったあとの残り生地を装丁に使った、きれいな小箱だ。

アクセサリーボックスとして使うものらしく、箱の内側には綿が入って当たりをやわらかくしてある。

その内布ももちろん上質の反物で、手触りも良ければ作りも申し分がない。残り生地とはいえ、さすがは老舗。

ただしあくまでも、『小』箱だ。

持っているアクセサリーのすべては入れられないから、どれを『主』にしてやるかが悩ましいと、カイトや家族とともに笑い合った。

――それでもそこに、プラスアルファがあっても構わないではないか。なにしろ恋人だ。恋人なのだ。

「…………ぅ」

呻きながら、がくぽは自分の顔を撫でた。

ひどく――期待してがっついた、みっともない顔をしていそうな気がする。

欲にてらりと光った、浅ましい顔を。

時計を見れば、大して待ったとは言えないが、十分に待ったような、微妙な時間具合だ。

「あー…………」

――じっと待つのではなく、アクセサリーボックスの主にするアクセサリーでも選んでいよう。もしカイトが来るより先に主が決まれば、入れたさまを見せてやって………。

がくぽがそう思い変え、部屋の片隅に置かれた文机に向き直ったところで、襖がとととんと軽やかにノックされた。

「がくぽー」

「っっ」

掛けられた声に、諸々の感情が募り過ぎて咽喉が詰まった。口を開いても、声が出ない。

がくぽは咄嗟に返事もできなかったが、この家の残念な習慣が功を奏した。ノックの後、返事を待つことなく扉は開かれるのだ。

今日も今日とて、返事がない云々以前にする暇もなく、ノックから間断を置かずに襖が開かれた。

「ごめんねっ、がくぽ待った?!」

「………っいや。……………あー、いや」

多少慌てたように、申し訳なさそうに入ってきたのは、待望の恋人――カイトだ。

後ろ手に襖を閉めるカイトを見つめつつ、がくぽは『待っていない』という咄嗟の否定に、否定を重ねた。

『待っていた』と。

余程急いで来たのか、カイトはパジャマにも着替えていない。風呂は食事前にすでに済ませたものの、誕生会だからと、きちんといつもの服に着替えたそのままだ。

心配そうな顔を向けるカイトへ、がくぽは微笑んで両手を広げた。

「待ちくたびれた。ゆえに、カイト………」

「ふひゃっ!」

仲違いする間も、無闇な謝罪に費やす間も惜しいほどに、待ったと。

早く腕の中に抱いて、存分に愛し合いたいと請われて、カイトもまた笑み崩れた。

ぱたたっと軽い足取りでやって来ると、がくぽの前、布団の上にへちゃんと座り込む。がくぽの腕が回って体を抱き寄せるのと共に、カイトもまた腕を伸ばした。

がくぽの首に回すと、きゅうっとしがみつく。

「がくぽ………っ」

「カイト……っ」

互いの名前は半ば、触れ合わせたくちびるに呑みこまれた。

がくぽは待ちくたびれたと言う分だけ、カイトは待たせたと思う分だけ――

やわらかに触れ合う間もなく、貪るように互いを味わう。

「ん、ぁ………ぁ、ふ…………がく…………がくぽ…………っ」

「………っは……っ」

舌を絡め、くちびるを食み、口の中を探る合間にも、カイトはうわごとのようにがくぽの名を呼び続ける。

呼ばれる名前が含む、熱を含んで甘く、もったりと全身に纏わりつくような重さに、がくぽは背筋を震わせて溺れこんだ。

初めのころカイトは、どこか怯えるように、惑うようにキスに応じた。

自分が知る挨拶のキスとはまったく違う、あまりに感情も感覚も揺さぶるキス。

揺さぶられる感覚が不安で、その先にある感情が未知で、こわごわとがくぽに応じていた。

それが、こうして――がくぽが追い上げられて手加減を忘れてしまうほど、夢中で応えてくれるまでになった。

「ん、んんっ…………ん、ぁ、あ…………っ」

「………カイト………っ」

きつく抱き込む腕の中で、カイトが跳ねながらもがく。

――そうやって、最初はこわごわ、怯えているのがわかったから、がくぽもなんとかぎりぎりで自制を働かせていた。

カイトは天然こで、かわいらしい恋人だ。意図しない無邪気な言動で、頻繁にがくぽの理性を飛ばしてくれたが、それでもできるときにはできるだけ、自制していたのだ。

しかしここ最近、カイトは怯えるのではなく、キスに溺れこんでくれるようになった。

くちびるが触れ合う前から記憶で蕩けて、触れ合えば現実の感覚に、さらにとろりと溶け崩れる。

そうやって初心な恋人が行為に馴れたことで、がくぽの気持ちが萎えたり醒めたりすることはなかった。

むしろ、さらにもっともっと、これ以上に蕩かしてとろとろにしてやりたくて、がくぽもまた、キスに溺れた。

そのせいで、馴れていなかった当初よりも馴れた今のほうが、カイトがキスで意識を飛ばすことが多い。

「ん、ん…………んっ、ふ、が…………がくぽ…………ぁ、んんふ………っ」

「…………っ、………カイ………、っ」

自制して、手加減しなければと思うのに、がくぽはカイトに溺れこんで離れられない。

痺れた舌で、それでもカイトを求めて、崩れる体を追い詰めていく。

いつの間にか、ころんと布団に転がされたカイトの手はがくぽの首から落ちて、自分の体を辿る手に添わされていた。

服の中に入りこんで、肌を直接に撫で回る手を制止するように掴んで、けれど制止には及ばない。

かえってがくぽを煽るようにやわらかに指を辿らせると、手首の内側をそろりと撫でた。

「………っ」

がくぽの背筋にぞくりと走ったのは、快楽とともに、歓びだ。

がくぽに一方的に押されているだけだったカイトだが、キスだけでなく、こうしたときに自分の手も伸ばすことを始めた。

恋人が蕩けている姿を見ることで十分に蕩けるがくぽだから、実のところ、カイトが自分に触れることに積極的ではない。

だからどうしても押せ押せでいって、カイトが触れる間を与えない傾向にある。

しかしほんのわずか、些細ではあっても、こうしてカイトが触れるようになってみると、その心地よさには圧倒された。

触れることも、気持ちがいい。

蕩けたカイトを見ることも、このうえなく。

けれど、カイトに触れられることもまた、なによりも――

「…………っカイト」

「っぁ、ん………っ、ぁく、ぽ…………っ」

堪えようもなく煽られて、がくぽは転がるカイトの体を本格的に開くべく、重ねたくちびるを離した。痺れて覚束なくても構わず、まずは筋張った首にむしゃぶりつく。

「ぁあ………っ」

蕩けもつれて舌足らずに、カイトは甘い声を響かせた。組み敷いた体が大きく跳ね、掴まれたままの手首に、きゅっと爪が立つ――

「……………………?」

ふと覚えた違和感に、がくぽは動きを止めた。その正体を確認する前に軽く身を起こして、体の下に転がるカイトを見る。

「がぁくぽ…………」

「っか……ぃ…」

蕩けたにしてもひどく艶やかに咲く、これ以上なくきれいな笑顔ががくぽを見つめていた。

一度こくりと唾液を飲んでから、がくぽは恐る恐ると違和感――カイトが取っていた己の手首へと目をやる。

それでは今ひとつ確信に及べなかったため、カイトから離し、目の前にまで持ってきて、手首をかざした。

その力強さからは意外な、繊細にして華奢ですらある、がくぽの手首。

なめらかな肌が伸びるだけだったそこに、銀色に光る輪が嵌められている。

鎖ではなく、ごくシンプルなリング状のブレスレットだ。

シルバーだが、女性向けでも通じるような細身で優美なデザインだった。細かな造形は施されているものの、男物で連想されるごつさや逞しさはない。

がくぽの造りの繊細さと美麗さを損なうこともなく、きれいに手に馴染む。

「カイト………」

これはなんだと訊こうとしたがくぽの、かざす手に、カイトは己の手を伸ばした。

手首をくすぐりながら辿って、指を絡めてきゅっと握り合う。

添わせた手首が、かちりと鳴った。

「………っ」

凝然と手首に見入るがくぽに、カイトはとろりと蕩けるキスの余韻まま、熱に浮かされたように甘く囀った。

「よーぎしゃ:神威がくぽ………俺のこと、めろんめろんのとろんとろんに蕩かして、夢中にさせちゃったツミで、タイホします………」

「…………っ」

「ぁは」

手首からカイトへ、ぱっと顔を向けたがくぽの花色の瞳は、これ以上なく見開かれていた。

常に涼しく切れているがくぽの瞳だ。どれほど驚いたか、わかろうというもの。

カイトはうれしそうに笑うと、繋がった手首を引いてくちびるを寄せた。ちゅっと小さく、結合部にキスをする。

カイトはがくぽの手首にブレスレットを嵌めただけではなかった。

自分の手首にも、お揃いのブレスレットを嵌めていたのだ。がくぽといつも、繋ぐ手に。

シンプルなリング状のシルバーのブレスレットは、確かに見ようによっては、『手錠』だ。

ハートを盗んで行った『容疑者』と、繋ぐ――

「…………ああ、夏。…………そうか」

「うん」

まじまじとブレスレットを見ていたがくぽは、ふと気がついたことに頷いた。

夏場、カイトは首を晒している。

誕生日にがくぽから貰った、リング付きの『首輪』ができないと、どうにかして身に着ける方法はないものかと、ずいぶん悩んでいた。

ちょっとした意趣返しも含めて贈った『首輪』だったが、そうまで悩ませるならもう少し考えればよかったと、多少反省していたがくぽだ。

その解決策にも、ブレスレットは使われていた。

基本的には手首にぴったりフィットしているのだが、多少の余裕はある。カイトは首輪からリングを外して、ブレスレットに通し直していた。

同じシルバーだ。違和感もなく、ブレスレットの一部のように、リングは溶け込む。

これなら首輪より不自然さもなく、ずっと身に着けていられる。

そしてがくぽのブレスレットにもまた下がっている、カイトからの『アイシテル』の確かな形――

"Love is You."

がくぽは瞳を細めて文字を読み取ると、カイトと繋ぐ手を緩く揉み擦った。

「………貰い過ぎではないか、俺は?」

上質なアクセサリーボックスに始まり、シルバーのブレスレットに、――誓約を告げるリング。

やわらかに言いながら、がくぽは幸福に染まって笑う。

少なくともこれで、悩ましかったアクセサリーボックスの主は確定だが。

カイトも笑い返し、心地よく撫でられる手を引いた。どこまでも気を抜くことなく、造形美の極致を尽くされたがくぽの爪先にくちびるをつける。

「俺のほうが年上なんだもん。やられっぱなしじゃないんだよ!」

「ははっ」

どこか得意そうに、負けん気たっぷりに胸を張るカイトに、がくぽは声を立てて笑った。

『火がついた』のだろう、カイトの、なにかに――がくぽからリングという、確かな『形』を与えられたことで。

繋ぐ手にきゅっと力を込めると、がくぽもまた、そこにくちびるを寄せた。

ごく間近で、横たわる恋人と見合う。

「で、カイト………『逮捕』された俺は、どのように罪を償えば良いお主を蕩かしてしまった罪を、どのように………」

「んん……っ」

絡めた指をやわらかく食まれて舐め辿られ、カイトは小さく喘ぐ。

繋ぐ手に力を込め返すと、おねだりをするときの上目で、伸し掛かる恋人を見つめた。

「………これからも、もっともっと………いっぱい。……俺のこと、とろとろにして。………ずっと、ずっと………」

「そんなことなら」

容易い。

がくぽの答えより先に、カイトは絡める指を自分へと引いた。甘えるねこのように、頬をすり寄せる。

「それで、がくぽのことも…………俺に、とろとろに、させて………俺に、とろんとろんにされて……がくぽ」

「…………」

続いていたおねだりに、がくぽは瞬間、瞳を見開く。

その顔はすぐに、幸福に笑み崩れた。

堪えきれずに恋人へと体を落としたがくぽは、犬のように無邪気に肩口に擦りつく。

「んっ、ふぁっ……っ」

そんなことにも感じて跳ねる、とろとろの恋人をきつく抱き締めると、頷いた。

「願ってもない。願ってもない『償い』だ、カイト………ふたり共に、とろとろに蕩けてしまおう」