七つの海を股にかけ(推定)、奪った財宝数知れず(推測)、泣かせた女は星の数(推量)、世界にその名を轟かせた大海賊、キャプテン:カイトは打ちひしがれて、床に手をついた。

「よ、よーふく着たほうがやらしいって、どういうこと………?!」

Star The Trickster

――ちなみに、七つの以下略キャプテン:カイトがいるのは、船の甲板ではない。

日本のごく一般的な一軒家の、リビングだ。そこに突如海賊が襲撃――してきたわけでもない。

今年のハロウィン仮装だ。

「例年ですと皆さん、ばらばらのモンスターに仮装するわけですけど、今年はお揃いにしませんか?」

プロデューサでもあるマスターの一言により、今年は全員の仮装を統一することになった。

とはいえ成年から未成年、男に女にと、ばらけた家族だ。なにでどう統一する気かと思えば、マスターが用意したのは海賊の『キャプテン』衣装だった。

海賊のキャプテンの衣装は派手だ。内側のシャツはともかく、その上に羽織る外套が。

体をより大きく見せるために肩が張っているのもそうだし、海風にはためいて実際より膨らんでいるように錯覚させるため、裾丈も長い。

なによりも、陽の照り返し眩しい海上でもすぐさまキャプテンを見つけられるよう、そしてその威と恐怖を丈高に主張するよう、生地の染めはどぎついまでの原色。

目立つことこのうえない。

しかも一人ではなく、家族全員、キャプテンの集団だ。

「だれかがナンバーワンではなく、みんなでオンリーワンキャプテンです!」

「そうだな、マスター。ところで貴殿は、船頭多くして船陸に揚がるということわざを知っているか?」

なにかしら似非臭い文句を、どこかしらから引用してきて高々に告げたマスターに、がくぽは一応ツッコんでおいた。

だからといって、衣装に文句があるわけではない。

むしろほっとした。まともだ。

ズボンも穿くし、外套も着る。カイトが。

――この場合ほっとするのは、カイトのことだ。

こういったイベントとなると燃え上がるのは、マスターだけではない。カイトもだ。

そして燃えに燃え上がった挙句、ミニスカ魔女っ娘と化したりなんだりと、平気でする。そしてその仮装まま、街のハロウィンパレードに参加したりも。

仕事だとしても諦めがたいが、プライヴェートならなおのこと、カイトの肌やあられもない姿を衆目に晒したくないがくぽだ。

同じように、カイトも安堵したらしい。

がくぽはさすがにミニスカ姿になったことはないものの、男きょうだいの中でもっとも肉体美が売れる。

上半身を脱がされることは頻繁だが、カイトは未だに正視できない。

その肉体美への妬みそねみからではなく、『コイビトのハダカ』という、羞恥心によって。

ゆえにどちらかといえば厚着である今回の衣装は、互いにとってこれ以上なく幸い。

――の、はずだったのだが。

「………いやらしいか?」

がっくりと項垂れ、リビングの床に土下座状態の七つの以下略キャプテン:カイトの様子に、七つの以下同文キャプテン:がくぽは、ひとりだけ現代日本人を謳歌しているマスターを窺った。

「どうでしょう………生地の質感ですか?」

首を捻りつつ答えたマスターに、がくぽは自分が着たシャツをつまんだ。

「質感もなにも、俺もカイトも同じものだろう」

「………つまりがくぽさんは、カイトさんをいやらしいと思わないのに?」

「カイトが淫らがましく見えなかったことはない」

さらに首を捻ったマスターに、がくぽはさらりと即答した。

マスターはくるりと瞳を回し、軽く天を仰ぐ。

「マスターとしたことが、愚問でしたよしかしかえって、火がつきました」

言うや、マスターは項垂れるカイトに向かってぱんと高く、手を叩いた。

「カイトさん、たっちです逆襲せずに項垂れるままでは、世界に轟いたキャプテン:カイトの名が廃りますご覧なさい、あなたの海賊旗も泣いているじゃありませんか!!」

「いつどこに、どうやって轟いたあと泣いているという件の海賊旗とやらは、どこにある?」

拳を握って檄を飛ばすマスターに、がくぽは非常に冷静にツッコんだ。しかしもちろん、火のついたマスターと、ノリの良さでは天下一品のカイトに通じるわけもない。

マスターの檄に、カイトははっとした顔を上げた。

「そ、そぉだよね、マスター俺のダッツドクロ旗のためにも、こんなとこで項垂れてるだけじゃだめだよね?!」

「意匠の詳細がわかったが、さっぱり想像がつかんな!」

さらにがくぽがつぶやいたが、これもきれいに聞き流された。

ノリノリになったマスターと、同じくノリノリになって立ち上がったカイトは向き合うと、一度はきちんと着つけた衣装に手を入れ始めた。

「問題はですね、着こなしかと思うのですよ」

「うん。がくぽはもともとかっこいーけど、着こなしでさらに、引き返せないとこにいっちゃうもんね!」

「しかしカイトさん、こと仮装の着こなしという点で言えば、あなたが負けるわけがないのですよ。というわけで」

「イロモノは俺の専売特許で、がくぽになんか負けないんだって、知らしめてやる!」

「その意気ですとも!」

――主に引き返せないところにイってしまうのは自分ではなく、マスターとカイトをペアリングしたときではないだろうか。

どうせ声にしても聞いてもらえないので、がくぽは心の中だけでそっとつぶやいておいた。

がくぽに背を向けたカイトは、マスターと協力して衣装の着こなしになにやら手を入れていっている。

こうまで二人がノった以上、嫌な予感しかしないものの、逃げるわけにもいかない。逃げたところで、相対するまでは追って来られるからだ。

であれば、比較的『傷』が小さくて済む家の中で対面しておきたい。

ついでにどうであれ、カイトの姿はすべて見ておきたい。

主に非常に消極的な理由から、がくぽが大人しく待つこと、十分弱――

「カイトさん、これからあなたの真価が問われます!」

「うんっ………えと、なに?」

衣装に一通り手を入れ終わったところで、マスターは真顔でカイトの頬を挟みこみ、その瞳を真剣に見据えた。

カイトのほうも心持ち背筋を伸ばし、真面目にマスターを見返す。

「いいですか、がくぽさんは敵です」

「がくぽ………が………っ」

悲劇の予感に、背後から見ていてもカイトが大きく震えたことがわかった。

びくりと竦んで足を引いたカイトを、しかしマスターは逃がさない。両頬をがっしと掴んだまま、ごつんと額を合わせた。

狭間から窺える彼女の表情はどこまでも真面目で、むしろ厳しくすらある。

「そうでしょう『キャプテン』同士が出会ったなら、互いが持つお宝を巡り、そこには争い諍いが絶えないものと相場が決まっています。一時的な共闘関係あれ、馴れ合いなどというものはあり得ない。違いますか?」

「マスター………っ!」

カイトの声が、悲痛に震える。

それでも容赦することなく、マスターはさらに厳しくカイトを見据えた。

「がくぽさんからお宝を奪うことがカイトさん、いいえ、キャプテン:カイトに課せられた重大な使命なのです。そこに情けも容赦も存在してはならない海賊の世界とはことほど左様に、非情にして過酷、残酷なものなのです!」

「ぅ………っ!」

「マスター、少しぅ」

がくぽはぼりぼりと背中を掻いた。なぜか痒い。カイトが泣きそうな声を上げていてかわいそうなのだが、なぜか非常に背中が痒い。

おそらくろくでもないことが続くと予見したがくぽは、これ以上の悲劇を食い止めるべく言葉を挟んだ。

しかしもちろん、すべては手遅れだった。

がくぽがそれ以上言葉を挟む隙もなく、マスターは高らかに絶望の宣告を落とした。

「というわけで、いざ行かむ、キャプテン:カイトあなたの魅力を存分に発揮し、色仕掛けでもって、キャプテン:がくぽのもっとも大事なお宝=vハートvを奪ってくるのです!!」

「道理で背中が痒くなる!!」

震撼して叫んだがくぽに、解放されたカイトがくるりと振り返った。

「っっ!」

そのくちびるに浮かぶ笑み、なによりも瞳に灯る光に、がくぽはびしりと音を立てて固まる。

カイトは演技派だ。

詐欺としか言いようがないのだが、仕事モードに切り替わるといつものおっとりぽやんとした空気も、無邪気かつ無垢な性格も、すべて捨ててみせる。

女を騙して手玉に取る人買いをやれと言われれば吐き気を催すほど見事に演じてみせるし、キスも知らない純真無垢な修道女をやれと言われれば、思わず信仰に目覚めかねないほどのものを魅せる。

彼をそう仕込んだのは、マスターだ。

同じく、仕事モードに切り替わると豹変する彼女が、今のような手法で――

「がぁくぽ………」

「ぅ、ぎ………っ」

奥歯を軋らせつつ、がくぽは呻いた。

眼力が違う。声色が違う。間違いなく『カイト』でありながら、滴る毒の蜜にも似た――

陶然と微笑んだカイトは、着崩したシャツの襟元に軽く指を引っかけ、ちらりと胸元を覗かせた。

彼の姉ではない。そうやったところで、やわらかに弧を描く山も、思わず埋まりたくなる谷間もない。

しかし恋人の贔屓目を差し引いても、目が離せなくなる。

絶妙な加減で、そこにある果実は見えないように、でありながら白くぬめる肌の質感だけは淫らがましく映える角度。

覗き込みたいと欲求を掻き立て、吸いつきたいと欲望を募らせずにはおれない。

「ね、がぁくぽ………俺に、ちょぉだいがくぽの………」

「………っっ」

ほんの一瞬、襟元を広げたことで視線を釘付けにしたカイトは、甘い声で囁きながらその手をがくぽへと伸ばす。

自分からは寄って行かない。

がくぽに寄って来いと、欲しいならおまえが跪けと、傲慢に命じるその態度。

カイトは募る欲情と興奮を隠しもせず、赤くぬめる舌をちろりと覗かせた。薄い肉づきながら、きれいに染まったくちびるをとろりと舐める。

「ふ………っ」

横を向き、がくぽは笑った。

腐っても自分は、七つの海を股にかけ(おそらく)、奪った財宝数知れず(たぶん)、泣かせた女は星の数(*ノーコメント*)、世界にその名を轟かせた大海賊、キャプテン:がくぽだ。

三度、名を呼ばれる必要はなかった。

「一寸、後悔という名の反省をしろ、カイト!!」

「んっ、ゃぁああんっ!!」

――三度名前を呼ばれるまでもなく理性をぷっつん切らせたがくぽは、これ以上なく色香に染まった恋人に飛びかかり、リビングの床に押し倒した。

「んゃんっ、め、だめ、がくぽぉ………っ」

「なにが駄目だ、人のことを誘惑しておいてからに………っ」

甘い声で啼き、煽るためのあえかな抵抗を見せるカイトに、がくぽは時も場合も忘れて溺れこむ。

「A-HAあいむうぃなーですわたしはしごとをしました!!」

傍らで、一仕事終えたマスターは高らかに笑い、天へと拳を突き上げた。

その後頭部に、すぐさま張り手が入れられる。

「んたっ?!」

「だれがウィナーで、なにがウィナーなのよ。あんたなんか大人しく、ウインナーでも食べてりゃいいんだわあんたの仕事って、いったいなんなの?」

「ん、メイコさん………と、ミクさんに、リンさん、レンさん」

マスターの頭に張り手を入れたのは、七つの海を股にかけ(確実)、奪った財宝数知れず(確定)、泣かせた女は星の数(確信)、世界にその名を轟かせた大海賊、キャプテン:メイコ――

こと、がくぽとカイトと同じく、海賊のキャプテン衣装に身を包んだメイコと、ミクにリン、レンだった。

なぜかメイコの腰に、ミクとリンとレンが張りつき、盾にしてマスターを窺っている状態だ。

「そういえば、ずいぶん静かにしていましたね?」

今になって気がついた顔で、マスターはお団子状態のキャプテンたちを見た。

そう、もともとリビングには、家族全員が集合していた。

いつもなら、着替えのときには兄たちを追い出す姉妹だが――レンは大抵どんなときでも、リンと共に着替えることをリンに強要される――今日は違った。

リビングで一斉に、着替えたのだ。

諸々理由はあったものの、だからリビングにはずっと彼女たちもいて、一部始終を見ていた。

現状も。

「うん、あのね。たぶんどうせこのオチだろうなーと思ったから、巻きで終わるように、チャチャ入れないで見てた」

「え?」

メイコの腰に張りついたミクが、きらきらと無垢に輝く瞳でマスターを見つめて言う。

固まったのは、マスターだ。

「え?」

「おにぃちゃんががっくがくに萌え萌えしてるだけじゃ、マスター、絶対にナットクしないもん」

「ぜってー、最バカ兄にもにぃちゃんを襲わせたるって、燃え上がると思って」

「え、え……」

続いたリンとレンの言葉に、マスターは動きだけではなく表情までも固まった。

そのマスターをミクとリンは申し訳なさそうに、そしてメイコとレンは呆れたように見た。

「「「「案の定、オチるべきとこにオチたなって」」」」

「が、がびーーーーーーーーーーーーーーーーんっ?」

予想をまったく裏切らない展開だったと告げられて、マスターは半ば反射だけでつぶやいた。

勝利は一瞬にして失われ、力の抜けた体はへたへたと床に頽れる。

「わ、わたし、わた、わたしとしたことが………ッわたしとしたことが、マンネリ………?!」

床に手をつき、あらぬ方を見つめて呆然とつぶやくマスターに、ミクとリンはメイコの腰に張りついたまま、慌てて身を乗り出した。

「あー、ボクはいいと思うよ、マスターおにぃちゃんとがっくんは、やっぱりこうじゃないとそれにほら、胸がなくても胸で誘えるんだって、ボクすっごくべんきょーになったし!」

「そうよぉ、マスターおヤクソクって大事なんだからーそれに女の子はやっぱり、定期的に糖分補給しないと、おなかすいちゃうもん!」

「つか、よく飽きねえよな、にぃちゃんも………にぃちゃんバカでしかないのに、そんなに最バカ兄が好きか………」

「まあ、どうでもいいけど」

懸命にマスターを慰める(一部除外)弟妹を腰にぶら下げたまま、メイコは豊かな胸をこれでもかと張った。

睥睨するのは、力なく床に頽れた、敗者たるマスターと――

「ぁ、あ………っ、ゃ、がくぽ……、おっぱい、咬んじゃや………ん、やさしく吸って………っ」

「なにを、カイト……多少痛くしたほうが、お主はいいように感じるだろう?」

「ゃあ………がくぽ、やさしくしてくれないと、………ぁあんっ」

「………まあ、やさしくしたところで、お主は感じるのだが………吸うだけかこうして………」

「んぁあんっ、ころころ、めぇ………っぁ、もっと……して………っ、きもちぃ……よぉ………っ」

リビングだ。

家族全員、勢揃いしている。

しかし床に転がった上の弟たちは、くんずほぐれつして互いに溺れこみ、さっぱり離れる気配がない。

「ふっ」

メイコは横を向いて笑った。

たとえ全員がキャプテン、全員がオンリーワンナンバーワンであろうとも、彼女がこの家の家長であり、絶対のカシラであることに変わりはない。

腰に弟妹をぶら下げたキャプテン:メイコは、だんと床を踏み鳴らし、潮風にも負けることなくアラクレモノどもを従わせる雷声を轟かせた。

「いい加減にしなさいよ、あんたたちそれ以上ここでいちゃいちゃするなら、簀巻きにして舳先に吊るすわ!」