「くじ引きは公正でなければなりません!」

「…」

そう高らかに宣言するマスターが、家族の中ではいちばん、公正とは程遠い存在ではないかと、彼女のロイドたちは思っていた。

安眠おふとん

しかしとりあえず、わざわざ口に出しはしない。この手のことにいちいちツッコんでいると、マスターとの会話は成り立たなくなる。

「というわけでー、♪あっみだっくじー、あっみだっくじー♪」

「♪あっみだっくじー、あっみだっくじー♪」

楽しそうなマスターに、カイトとミクとリンが仲良く唱和する。

本日、夜、家族全員が寄り集まって、みんなで仲良くリビングで寝ようと、マスターが言い出した。

がくぽは一瞬首を傾げたが、この家ではたまにあるイベントらしい。

普段、年頃の少女であることを存分に主張するミクとリンも、兄弟といっしょに寝ることに対して異論らしい異論を唱えることなく、むしろ諸手を挙げて賛成した。

「ボク、マスターとおにぃちゃんの間!」

「やだやだ、ミク姉ずっるいよ超特等席じゃない!」

――という喧嘩防止のために、マスターは、だれがどこに寝るかをあみだ籤で決めようと提案した。

で、冒頭の『公正な籤』宣言だ。

そして、その『公正な籤』の結果。

「「「誰得だよっ?!!」」」

叫んだのは、ミクとリンレン、年少組の三人だ。

ソファやらテーブルやらを片づけて広げたリビングの床に、四組と三組の二列に敷いた布団。

その、四組には年長組――マスター、メイコ、カイト、がくぽ――が、三組には、ミクとリンレンの年少組と、きれいに分かれた。

「こうなるともういっそ、なにかの才能じゃないですか?!」

感激しているのはマスターだけだ。なにごとも前向きに、無意味にポジティブに捉える彼女らしい。

「ペテンの才能なら十分に認めてるから、これ以上磨かなくても大丈夫よ」

「ペテンだなんて、いやね、メイコさん。私は公正にやったわよ?」

寝酒を嗜みながら冷たいツッコミを入れたメイコに、マスターは子供のように胸を張る。

マスターが公正にやったかどうかはともかく、この結果に、がくぽは密かに胸を撫で下ろしていた。

がくぽは四組の布団の端で、隣はカイトだ。姉妹たちに挟まれて寝る可能性もあったので、惨憺たる結末を免れた、上々の結果といえる。

「もぉいいやこうなったら、リンちゃんとレンくんの間に寝てやる!」

「「えええ?!!」」

マスターに抗議することの無意味をよく悟っているミクは恐れ知らずなことを宣言し、三組の布団の真ん中にさっさと潜りこんだ。

「ちょ、ミク姉、そこじゃねえだろ?!」

「まーすーたぁああああ!!」

べそを掻く双子にもまったく構わず、ミクはあっという間に睡眠モードに移行した。

豪胆とか無神経とかいろいろ言いようはあるが、やはりトップアイドルなどという路線をひた走れる根性の持ち主は、考えつくことの悪魔っぷりと、実行への躊躇いのなさがずば抜けている。

泣きつく双子に腕を回して抱きしめてやり、マスターはこっくり頷く。

「あっぱれですよ、ミクさんその心意気、マスターは感動しました!」

「「ますたぁあああああ!!!」」

騒ぐ双子はマスターに任せ、がくぽは自分の寝場所と決まった布団へ行った。

「がくぽー♪」

後を追って、カイトもやって来る。

楽しそうな彼のもうひとつ隣は、マスターだ。ロイドにとっての特等席ともいえるから、不満のあるはずもない。

「おとなりよろしくね。ふひゃ、たのしいねー♪」

「…あー……」

はしゃいでいるカイトには悪いが、返答に困る。

他人がいては眠れないなどと繊細ぶる気はないが、カイトほどに楽しめるかというと。

「あなたたちの未来は、『ひとつの布団にはひとりしか寝られない』という、既成概念を突き崩しその先へと進めるかどうかにかかっています!」

「「その手があったかあ!」」

返答に困っている間に、マスターが拳を突き上げて適当なことを叫び、双子も同意して手を打ち合わせる。

眉をひそめてその様を眺めたがくぽに、カイトの手が伸びた。

「がくぽ」

「っ」

やわらかに呼ばれる。

カイトの意図を察して、がくぽの体が強張った。

「おやすみ。いい夢が見られますように」

「…っ」

甘いささやきとともに、頬に当たるくちびるの感触。

いつもやわらかな瞳が、さらにやさしく細められて、力仕事を知らないきれいな手がさらりと頬を撫でて――

「おにぃちゃんっ、リンもリンもぉ!」

「はぁい」

挨拶のキスの習慣がないために固まってしまうがくぽから離れて、カイトは飛びこんで来たリンをぎゅっと抱きしめる。

普段は反抗ぶっているレンもこのときだけはおとなしくやって来て、双子はそれぞれ額におやすみのキスを貰った。

「っしゃあ、目にもの見せたるわ、ミク姉!」

「鏡音の結束を舐めんな!!」

キスを貰った双子は叫びながら、布団へとダイブする。ふたりで潜りこむその布団は、なぜかミクのところだ。

どうやら『ひとつの布団にひとり』の既成概念を超えて、ひとつの布団に三人で寝ることにしたらしい。

リンとレンで先に寝たミクを挟み、シングル布団にぎゅうぎゅうで収まる。

「朝になったら悲劇よねえ」

主にレンが。

勢いでミクを挟んで同じ布団に入った双子に、カイトの頬にキスを返しながら、メイコがつぶやく。

リンはともかく、レンが同じ布団に入っていて、明日の朝、無事に済むわけがない。リンの布団にレンが潜りこんだのとは、場合が違う。

がくぽも同感で、あれだけ虐げられていても、まったく懲りることを知らない弟にちょっと感心した。

こういうのを被虐趣味というのだろう。

「……いいなあ、あれ」

ぽそりとカイトがつぶやき、本気でうらやましそうに弟妹たちを見やる。

メイコは諦めた顔でカイトの頭を撫でてやり、だからといって要望を叶えてやるでもなく、自分の布団へと潜りこんだ。

「ね、がくぽ…」

「いい年をした大人のやることか!」

皆まで言わせずに遮ったがくぽに、カイトはしゅんとした顔で項垂れる。

ちょっと悪いことをしたかと思う――自分のこの思考傾向が、最近、罠だ。

どうにもこうにも、カイトを甘やかしたくて、甘やかしたくて、仕方ないとか。

それこそ、自分が被虐趣味でも患ったとしか思えない。

だからどうしてカイトだとか。

「え、いいじゃないですか。マスターはやる気満々です!」

「マスター………!!」

うきうきと手を挙げたマスターに、カイトがうれしそうに顔を上げる。そのカイトの頭を乱暴に撫でて、マスターは目を細めた。

「やはり、みんなで寝る醍醐味は、ぎゅうぎゅうにくっつくことですよねというわけで、メイコさんもがくぽさんも!」

「寝ろ、あんたは!!」

がくぽが叫ぶより早く、跳ね起きたメイコが怒鳴ってマスターの頭を布団へ叩き落とす。

「カイトもくっだらないこと言ってないで、おとなしく寝なさい!」

「ふええ…っ」

無敵の家長に厳命されると、さすがのおっとりさんも逆らえない。

慌てて布団に潜りこんだカイトへ、懲りもしないマスターが笑いながら手を伸ばした。

「じゃあじゃあ、せめて、手を繋ぎましょうメイコさんだってがくぽさんだって、それくらいなら聞いてくれますって」

「懲りないわね!」

呆れたように叫びながらも、メイコは諦めて肩を落としてしまった。

無敵の家長は、意外にもマスターに甘い。

そして無敵の家長が折れたら、がくぽに抵抗の術はない。

「………がくぽ」

窺うようにそっと上目使いで見上げられて、がくぽもまた、肩を落とした。

家長が無敵なのは言うまでもないが、長男も無敵だ。彼がやる気になって、抵抗しきれた試しがない。

「手を繋ぐだけならな」

「ふひゃ」

がくぽの答えに腑抜けた笑い声をあげて、跳ね起きたカイトが飛びついてきた。

「だから、手を繋ぐだけだと!」

「うん、ありがと、がくぽ!」

笑って、そのまま、カイトのくちびるが近づいてくる。抵抗の間もない。

感謝のキスが耳元に落ちて、がくぽは天を仰いだ。

「…?」

仰ぎついでに、いやな予感に固まってみる。

「……………カイト、殿」

そろそろと声をかける。応えはない。ただ、重みだけが、ずっしりと。

「すばらしい寝つきですねの○太くんと闘っても勝てますよ、きっと!」

「勝たなくていい、勝たなくて…」

感嘆するマスターに、がくぽは頭痛を堪えながらツッコむ。

わずか一瞬で、カイトは眠りに落ちていた。この唐突過ぎる寝つき方は、幼児に似ている。

ついさっきまではしゃいでいたものが、突如電池切れを起こして、『ばたんきゅう』。

幼児になら、よくある話だ。幼児になら。

「…いくつなのだ、設定年齢………」

「え、いくら兄弟でも訊いていいことと悪いことがありますよ」

きょとんとして言うマスターに、がくぽはますます渋面になる。

「年齢を訊いて悪いとは、どんな兄弟だ」

「じゃあ、メイコさんに」

「寝ろ!!」

どこか怯えの混じったがくぽの怒声とともに、メイコの鉄拳がマスターの頭に降る。

さすがに沈みこんだマスターに、容赦のない拳を払って、メイコはきらきら輝く瞳で、カイトをしがみつかせたがくぽを見た。

「あんたもね諦めて寝なさい?」

「…………オヤスミナサイオネエサマ」

おとなしくつぶやき、がくぽはカイトを抱えて布団に潜りこんだ。

無意味とはわかっていても、少しでも寝心地がいいように整えてやるのは、もう、自分が被虐趣味に目覚めているからだと思うことにする。

抱きしめた体からは、仄かに甘い香り。

「…」

知らず、青色の頭に顔を埋めて、がくぽは目を細めた。

甘やかしたいのは、甘いにおいにつられるからだろうか。

甘いものなど、決して得意ではないのに――

どうしてか、癖になって。

この香りが傍にないと、落ち着かなくて。

寝に入るがくぽの耳に、マスターのどこか感嘆したようなため息が聞こえた。

「カイトさんは、がくぽさんの腕で眠るんですねえ…」

意味を問いただす前に、睡眠モードに移行してしまった。

がくぽの世界には、ただ、カイトのやわらかな感触と、香り。