テーブルに並べられていく皿の量に、がくぽは初め目を丸くし、それから頭を抱え、最後には笑った。
recipe of the fool
「カイト殿。俺ひとりの腹に、これがすべて収まると思うか?」
笑いながら訊けば、きょとんとして首を傾げたカイトも、にっこりと笑った。
「つくり過ぎちゃった!」
「ようようわかったか」
「ひゃはっ」
笑いながら、がくぽは箸を伸ばす。甘辛い味噌で炒めた茄子をつまんで、口に運んだ。
瞳を細めて、カイトを見つめる。
「美味い」
明るく弾む声で告げると、カイトはぱっと頬を染めた。その顔がほんとうにうれしそうに綻んで、がくぽは束の間、見惚れる。
たかが一言にそうまで喜ばれると、こちらまで照れるのだが。
沈黙はわずかで、カイトは仄かに赤い顔のまま、にっこり笑ってがくぽの向かいに腰を下ろした。
「お相伴する!ね、いいよね、がくぽ!」
「っ、あ、ああ。………ならば、貴殿の猪口を……」
見惚れていたがくぽはどぎまぎと瞳を逸らし、腰を浮かせた。
そのがくぽに、カイトは笑顔はそのまま、首を横に振る。
「俺は飲まない。……ん、うまく出来てる!」
言いながら茄子のカレーサラダをつまんだカイトは、再び頬を綻ばせる。
「……そ、うか……」
落ち着かない心地で腰を落としたがくぽの眼前に、ひらりと箸が舞った。
「ね、おいしーよ」
「……っ」
突きつけられた箸には、サラダがつままれている。
しばし凝然と見つめてから、がくぽは口を開いた。サラダはすんなりと、口に入って来る。
「…」
「…」
にこにこ笑うカイトと、口をもぐつかせながら見合うこと、数秒。
口の中のものを飲みこんでから、がくぽは堪えきれずに笑った。
「美味い」
「ひゃはっ」
カイトは声を立てて笑った。
がくぽは猪口を持つと、かぱりとひと口で空ける。
「あ、注いだげる」
カイトは酒瓶へと手を伸ばし、おかしそうに首を傾げた。
「徳利ないの?なんで瓶のままなの?」
それはひとえに、ステキ姉妹たちの思いやりによるものだ。
徳利に注ぎながらちみちみやっているより、酒瓶から直飲みしているほうがヤケクソ感が盛り上がっていい、という。
しかしそういったもろもろのことは告げずに、がくぽは猪口を差し出した。
「たまには良かろう?」
「ヘンなの」
素知らぬ顔で言うがくぽに、カイトは笑って瓶を傾ける。こぼすこともなく、酒がなみなみと注がれた。
口に運んで舐めて、がくぽはわずかに瞳を細める。
メイコの秘蔵っこだ。もちろん、いい酒で、美味い。
しかしさっきまでは水を飲んでいるようで、大した感興も湧かなかったそれが――今は、ほんとうに美味い。
我ながら、現金なものだと思う。
カイトが笑ってくれて、構ってくれて、注いでくれる。
それだけで、味は何倍も引き立つ。
猪口を置いて箸を取ると、がくぽは茄子の煮びたしをつまんだ。
まずは自分で食べ、それから新たにつまんだものをカイトの眼前に閃かせる。
「美味いぞ」
「ん!」
カイトは素直に口を開く。がくぽはそこに煮びたしを突っこんでやった。
「な?」
「ん!」
問えば、カイトはうれしそうに頷く。
口の中のものを飲みこむと、とりどりに並んだ皿を眺めた。
「我ながらおいしい!ぇへ、俺最近、ナス料理、得意かもっ」
「っ」
酒を含んでいたがくぽは、危うく吹きだしかけて、なんとか堪えた。
懸命に平静を装って飲みこみ、素知らぬ顔で浅漬けの茄子をつまむ。
「………そうだな、なかなかの腕前だ。……………これからもずっとこうして、貴殿の料理を食べたいな」
「……」
ぽつりとつぶやくと、カイトはきょとんとしてがくぽを見つめた。
見返すことはないまま、がくぽは麻婆茄子をつまんで口に運ぶ。
「………こうしてカイト殿がつくったものを、カイト殿と共に食べられる。望むべくもなく、最上の幸福というものだろう」
「………がくぽ…」
きょときょとと瞳を瞬かせたカイトが、戸惑った声を上げる。
「酔った?」
訊かれて、がくぽはわずかに眉をひそめてみせた。
「そんな機能はない」
「だよねえ」
答えに頷いてから、カイトはほわわ、と朱に染まった。箸を置いて両手を組むと、もじもじと弄りながら俯く。
「ひきょーだ、がくぽ………」
「なにがだ」
つられて染まる顔を見せたくないとそっぽを向くがくぽに、カイトは手を伸ばした。垂れる髪を掴んで、引っ張る。
「これ」
仕方なく顔を向けたがくぽを、カイトは朱に染まっていながらも、真剣な表情で見つめた。
「ずっと、食べてくれる?」
「……」
「俺のつくるもの、ずっとずっと、食べてくれる?」
わずかに瞳を見開いてから、がくぽはくちびるを空転させた。
食べさせたいと、食べて欲しいと、願われる。
願ってもらえる。
「………たまに、失敗とかするけど」
「失敗したものも」
応えないがくぽに気後れしたように俯いたカイトに、なにを考えるでもなく言葉が出た。
「失敗したものも、試作品も、なにもかも、食おう。貴殿がつくったものなら、すべて。いつまでも、ずっと」
「……」
今度、瞳を見張って黙るのは、カイトだった。
くちびるが空転して言葉を探し、それから笑いほどける。
「うん」
小さく、頷かれる。
「食べてね、がくぽ」
「ああ」
そのカイトに頷き返しながら、がくぽは少しだけ思った。
料理の腕を、磨こう。
カイトのつくってくれた料理を食べることも、もちろん愉しいししあわせだ。
しかし、自分がつくったものをカイトが食べて、「おいしい!」と笑ってくれることもまた、しあわせなことだ。
そうやって、互いに互いを求め合って、与え合って。
「ね、がくぽ。これもおいしーよ」
「ああ」
ひらりと眼前に閃いた箸に、がくぽは素直に口を開いた。