けれど、最後に願うことが、ひとつだから。
ああ、これは恋なんだと、納得した。
I wish,I hope...
「あれ」
声を上げてから、カイトは慌てて口を押える。
ぽかぽか、陽射しの差しこむリビング。その三人掛けのソファに、きらきらと輝く紫色の光が散っている。
「…」
口元を押さえたまま、カイトはそっとそっとソファに近づいた。
「……やっぱり」
小さくちいさくつぶやく。
珍しいこともあるもので、がくぽがお昼寝中だ。大きな体をソファに倒して、熟睡している。
それがカイトだというならお馴染みの光景なのだが、警戒心が強く、どこか野生の獣じみたがくぽは、家族の集うパブリックスペースで、こうも無防備な姿を晒すことはない。
ほんの少しだが、馴れてくれたようなうれしさと――
「……っ」
ソファの傍らにへちゃんと座って、カイトは胸を押さえた。
叫ぶ思いがある。
それは、やさしくない。ワガママで、汚い。
がくぽをひとりきり、閉じこめて、孤独に置いて――
自分だけ見て、聞いて、話して、触れて。
(そうじゃないおまえは要らない)
叩きつけるように、引き裂くように、叫んで求める。
こんな感情は、嫌だ。
どうして、ほかのきょうだいを愛するように、やさしくてあたたかい言葉が浮かばないのだろう。
どうして、傷つけるような思いでいっぱいになってしまうのだろう。
「………………やだな」
胸を押さえて、つぶやく。
滲む涙に視界を霞ませながら、ソファに散る紫色の光を見つめた。
儚くも、力強く、高貴に輝く、紫の光。
閉じられた瞼の向こう、まっすぐと前を見つめる瞳は、やさしい花色。
透き通るように白い肌に浮かぶ、緋紅のくちびる。
――カイト殿。
花色が、揺らぐカイトを映して、笑う。
緋紅がなめらかに動いて呼ぶ名前は、やさしく耳をくすぐって。
「……っ」
胸を押さえる手に、ぎゅ、と力が篭もった。
笑う、笑う、わらう――華やかな、笑顔。閃く光は強気で、誇り高く周囲を照らす。
――カイト殿。
笑う――がくぽ。
「……………………うん」
胸を押さえたまま、カイトは頷いた。
叫ぶ思いは消えない。
求めて、欲して、叶わないなら消えてしまえと喚く言葉は、確かにそこにある。
そこにあって、痛いほどに身をこころを苛む。
それでも。
「笑ってる、がくぽがいい」
きちんと、言える。こころから。
醜くて汚い思いも言葉も全部ぜんぶ、苦しいくらいに咽喉に突き上げるけれど――
「がくぽが、しあわせに笑ってるのが、いい」
こころから、そう言えるから。
「…………………………そっか」
ことん、と。
納得した。
これは、好きでいいんだと。
これは、恋なのだと。
納得した途端に、痛いくらいに叫ぶ言葉が消えた。
受け入れた途端に、苦しいくらいに喚く思いが消えた。
カイトは晴れやかに笑って、横たわるがくぽの腹に頭を預けた。
がくぽが起きて、だれかを構えばきっと、またこころは叫びだす。
喚いて地団駄を踏んで、自分だけのものでいろと、自分だけのものになれと。
それでもいいと思った。
苦しくて辛くて痛くても――
「がくぽ。好きだよ」
つぶやいて、カイトは瞳を閉じた。
***
ふと目を覚ますと、妙に腹が重かった。
なんだと思って見てみれば、腹の上にちょこなんと青い頭が乗っている。
「………カイト殿?」
つぶやきに、応えはない。
がくぽはそっと身を起こし、着物に半ば埋もれるカイトの顔を覗きこんだ。
「………寝ておるのか」
床にへちゃんと座りこんで、ソファにもたれて、がくぽを枕にして。
「仕様のない御仁だな」
つぶやく、くちびるは笑みの形だ。
さらさらこぼれる短い髪を梳いて、がくぽは瞳を細めた。
カイトの寝顔は穏やかで――しあわせそうだ。
それもおかしな表現ではある。夢を見ないロイドの眠りは一律で、しあわせも不幸せもない。
ないはずだが、形容するならまさに「しあわせそう」な寝顔。
「良いことでもあったか」
応えはないのを承知でささやき、がくぽは体を完全に起こした。きちんと座り直すと、ずり落ちたカイトの頭を膝に乗せる。
「……」
それも違うな、と思った。
少しだけ考えると、力ないカイトの体を抱き上げ、膝に乗せた。赤ん坊でも抱くように胸に閉じ込めて、頷く。
やはり、このほうが落ち着く。
広げたカイトの首元に顔を埋め、がくぽは瞳を閉じた。