きょうだいの仲がいいのはいいことだ。

きょうだいに対して、どこか一歩退いて付き合うがくぽだが、別に彼らが嫌いでそうしているわけではない。

エゴイスティック・マッド

ただ、油断すると果てしなくオモチャにされるというアレな学習をしているために、どうしても警戒心が先立ってしまうだけだ。

単純に均せば、きょうだい仲がいいのはいいことだとは思っている。

思っている、が。

「……………勘弁してくれ………」

「やっはがっくんが音ぇ上げたよ!」

「きゃっはもぉ、がっくがくってほんと、かわぃい~っ!!」

リビングの三人掛けソファの真ん中に座らされたがくぽの両隣を占めるのは、『かわいい』妹たちだ。

きゃらきゃらとはしゃぐ彼女たちは、文句なくかわいい――見た目は。

だががくぽにとっては、中身が悪魔であるとしか感じられない。

これが鷹揚な長男などになると、「ミクもリンちゃんも、全部かわいいよ?」とでも言い切ってしまうのだが。

「頼むから、もう………」

「頼まれた♪」

「頼まれちゃったvv」

――もちろん、妹たちの態度に遠慮がないのは、がくぽにも原因がある。

怒らないのだ。

虐めても弄っても、怒らない。

なにをされようが言われようが、キレて怒鳴ったり、手を上げたりしたことがない。

レンがキレて怒鳴るのとは訳が違う。

体格も良く、力の強いがくぽが少しでも声を荒げたり粗暴な素振りを見せれば、ひどく怖く感じられるはずだ。

しかしがくぽは、ひたすらに弱り果てるだけだった。

長男のことをあれこれとは言うものの、基本的にがくぽも鷹揚と言ってよかった。

「じゃあ、次はねえ」

「加減もせぬか………」

「しないよーvv」

うなだれるがくぽに、リンは明るく笑った。軽い体が膝に乗り上げて、無邪気に首に抱きついてくる。

「あっは、がっくがくってほんと、かわぃいんだからぁ!」

「あー……」

そのまま「いーこいーこ」までされて、がくぽはなんだかいろいろ諦めた。リンを首にしがみつかせたまま、天を仰ぐ。

年頃少女の妹に勝とうというのがそもそも――

「…」

「…っ?」

そこへ、ひょいと覗きこんで来た瞳としっかり目が合ってしまって、がくぽはわずかに動揺した。

湖面のように揺らぐ青い瞳は、いつもとはなにかしら違う感情を湛えて、静かにがくぽを見つめている。

そこに、言葉がある。

けれど、形を掴むことも出来ずに、ただもどかしさばかりが募る――

「カイ…」

「あ、おにぃちゃん!」

「え、おにいちゃん?!」

がくぽの声を掻き消して、ミクが歓声を上げる。誘われて、がくぽの首にしがみついたまま、リンも顔を巡らせた。

「おにぃちゃん、あのねっ、今ね…………?」

いつもなら満面の笑みで妹たちに接するカイトは、妙に静かな表情だった。

穏やかに手を伸ばすと、はしゃぐリンの頭を、そっと撫でる。

「あはっ」

「ん」

笑ったリンに頷き、カイトはその細い腕をやわらかに掴んだ。

いちばん上の兄に対しては抵抗を知らない腕は、なすがままにがくぽから離れる。

「おにぃちゃん?」

「えっと、おにぃちゃん?」

振り向かされたリンと、眺めるミクが怪訝な声を上げる。

カイトはちょこりと首を傾げた。

湖面のような瞳が、ゆらゆら、揺らいでいる。

「だめ」

「………カイト殿?」

きょとんとしたのは、ミクとリンだけでなく、がくぽもだ。

なにが「だめ」だと言うのだろう。

静かな表情のカイトは、ひたすらにリンを見つめる。

「だめ………」

「り、リンちゃん!!」

声を上げたのは、ミクだ。

ソファからわたわたと立ち上がると、まだきょとんとしている妹の脇に手を差しこみ、がくぽの膝からずり下ろしにかかる。

「『おんり』しよう!!」

「ふえ…………っあ、ああ、あ、うんうん!!」

半ば引きずられる途中で、リンも気がついた顔になる。

慌ててがくぽの上から降り、姉とともにその背後に隠れるように身を寄せた。

「?」

わからないのはがくぽだ。

妹たちが遠慮を知っているとはこれっぽっちも思わないから、訝しさを隠しもせずに背後を振り向く。

「どうし」

言いかけて、言葉が消えた。

カイトの手がそっと伸び、がくぽの顔を捉えると、自分のほうへと向き直す。

「カイ……」

「だめ」

静かに、しずかに、カイトは言う。

瞳が、ゆらゆら揺らいで、がくぽを映す。

ゆらゆら、眩暈がして、ゆらゆら、そのまま、ゆらゆら、吸いこまれそうな――

「カイト、殿……」

「…」

呆然とつぶやくと、カイトは首を傾げた。顔を捉えていた手がするりと滑って、がくぽの首に回る。

そのままカイトは身を寄せると、がくぽにぎゅっとしがみついた。首元に顔を埋め、ねこのように擦りつく。

「だめだもん」

いつものハグとは違って、腕は縋りつくようだ。

その理由もわからず、首元に埋まるカイトのつむじを見下ろして、がくぽは瞳を細めた。

誕生日に贈った甘いバニラの香りと、それよりもさらに、甘いあまい――

しがみつく体にそっと腕を回す。

宥めるように背を撫で上げ、後頭部に手を当てた。さらりと冷たい髪の感触は、甘いバニラのにおいも手伝って、カイトの好きなアイスを連想させる。

がくぽは瞳を細めてカイトを眺め、首を傾けた。

仄かに赤い耳朶にくちびるを寄せて、やわらかなそこに咬みつく。

「んっ………」

ふるりと震えたカイトは、さらにきつくきつく、がくぽにしがみついた。