「抵抗しろ、カイト」
膝に抱いて、きつくきつく腕を回して逃げられないように囲っておいて、がくぽはそんな言葉を吹きこむ。
「たとえ好きでも、きょうだいになど体を開かれたくないと」
きみがいる
「…っ」
一度は閉じた瞳を、カイトは見開く。
驚いて見つめるカイトの頬を、がくぽはそっと撫でた。
「抵抗せねば、俺に開かれるぞ」
「……………がくぽ、俺としたいの?」
呆然と訊き返したカイトに、がくぽは笑う。
「したい。お主の体を組み伏せ、喘がせ、――俺の証を打ちこみたい。俺だけのものにしたい」
「…」
「ずっとだ。願ってきた。お主を俺だけのものにしたいと。兄ではなく、おとうとではなく、きょうだいではなく――俺のものだ」
ふる、と震えたカイトに、がくぽは抱く腕にますます力を込めた。カイトは逃げようとしているわけでもないのに。
「…………がくぽ、いたい………」
カイトが、そっとつぶやく。がくぽは笑って、だが、抱く腕にさらに力を込めた。
「いたい…………」
弱々しくつぶやきながら、カイトはがくぽに腕を回す。自分でもきつく抱きついて、肩口に顔をすり寄せた。
「…………大事だって、いわれてるみたい」
「ああ」
カイトのつぶやきに、がくぽは頷く。
みたいではない。言っているのだ。
緩まない力に、カイトはがくぽの背中に爪を立てる。
「だれにも渡したくないんだって、いわれてるみたいだよ………」
「ああ」
言っているのではない――叫んでいるのだ。
狂おしい想いが募って、がくぽは再びカイトのくちびるを塞いだ。
抵抗しろと言う前から、抵抗することのない体。
抵抗しろと言った後にも、抵抗することのない体。
塞いだくちびるは従順に開かれ、けれど応じ方は覚束ないところが、さらにこころを煽り立てる。
「が、くぽ………」
「愛おしいのだ」
痺れたくちびるでおぼろに呼ばれる名前に、想いが口をついて出た。
「お主が、だれより特別に…………だれとも比べられぬほどに。この腕の中にずっと閉じこめて、離したくない」
ささやくと、カイトはぶるりと震えた。背中に回った手に力がこもって、爪が立つ。
責めるようにも縋るようにも受け取れて、がくぽはカイトの首元に顔を埋めた。
「俺だけのものになれ、カイト。兄ではなく、おとうとではなく、きょうだいではなく」
「…」
カイトが小さく首を傾げて、首元に埋まるがくぽと、頭を触れ合わせる。
「俺は――ちゃんと、がくぽのこと、だいすき、って、言ったよ」
「――」
沈黙するのは、今度はがくぽのほうだった。
カイトは瞳を閉じて、くり返す。
「だいすきって、いった」
「…………」
確かに、言われた。言われた、が。
強張ったがくぽはしばらく黙りこみ、それからやにわにカイトを引き離すと、ベッドへと押し倒した。
「わかり辛いぞ、お主!!」
「えー」
「えー、じゃないわ!!もう少し、それらしう言え!」
「俺が悪いの?!」
押し倒されたままきょとんと瞳を見張ったカイトは、しかしすぐに頷いた。
「うんまあいーや。ごめんね、がく…んん」
謝る途中で、くちびるが塞がれる。
だんだん慣れつつある舌の潜りこむキスに、カイトは一度は引き離された腕を、がくぽの背中に回した。
「謝るな。察せぬ俺が悪い」
「んぅ……」
くちびるが離れても咄嗟に言葉にならないカイトに、がくぽは渋面で告げる。濡れるくちびるを舐めてそのまま辿ると、耳朶を食んだ。
「ぁう………っ」
「いいように解釈して、開くぞ。お主の体に、俺を刻む」
「んぁ………っ」
感覚の尖った体を撫でられて、カイトは言葉らしい言葉も発せずに震える。
それでも懸命に頭を振って正気を掻き集め、がくぽを見つめた。
「がくぽの、好きに、して、いーよ」
吐き出される赦しに、がくぽが笑う。見たこともないほどにうれしそうに、艶やかに。
カイトの声のほうが詰まって、ただ縋りついた背中に爪を立てる。
がくぽは優雅に指を伸ばすと、隠されたカイトの首元を曝け出した。顔を落とし、きつく吸いつく。
「んん………っぁう………っ」
びくりと震えた体を撫で、服を開いて――がくぽは、止まった。
「………………カイト」
「ん……?」
思考が拡散しているカイトを、がくぽは厳しく見下ろす。その手が、開かれた肌をやわらかに撫でた。
「ぁ……っ」
「だれにやられた」
「……?」
カイトは訳が分からず、首を傾げる。
そのカイトを、がくぽは隠しきれない怒りを覗かせて見つめた。
「痣だ。だれがお主に斯様な振る舞いをした」
「あざ…………」
訳が分からないままにくり返して、カイトは開かれた自分の体を見た。
痣だ。
というかむしろ、青痣だらけだ。
「ぅあ……………!!」
思わず呻き声が漏れた。
そうだった。すっかり忘れていたが――がくぽがいない間、カイトは散々に衝突しまくり転げまくり、打ち身と擦り傷を大量生産したのだ。
擦り傷は補修材で消したが、打ち身は自然治癒待ちだった。
メイコにも言われたはずだ――がくぽの前で裸にならなければ大丈夫よ、と。
それが成り行き上、まさかの。
「ええっと………」
「カイト、言え。だれだ」
「いや、あのね、えと………!!」
知らない相手が見れば、暴行の痕だ。
だがこれはすべて、カイトが「ドジっ子」に目覚めていた証だとか。
「転んだの!」
「隠すな!!」
「ほんとだってば!!」
カイトの言葉には案の定、相手を庇っていると見なされて追求が止まない。
頭を抱える難問に、カイトは肌蹴られた服を掻き寄せて、体を隠した。
「ちょっとぼんやりしちゃって………!」
「ぼんやりにも限度があるわ!たかが転げたくらいで、ここまで体中、痣だらけになるものか!!子供のような言い訳をせず、きちんと言え!だれにやられた!!」
「だからほんとに、転んだだけなんだってばぁ!!」
がくぽは誤解しているが、カイトが「転んだ」のは一回二回のことではない。
歩けば転び、座るために転び、振り返れば衝突。
動作のすべてが、転ぶと衝突とのイコール状態。
その結果としての、無残な体だ。それはメイコも、もう動かずに部屋で寝ていろと叫ぶ。
「カイト」
「だって、がくぽがいないから!!」
緩まない追求に、惑乱したカイトは悲鳴を上げる。
「がくぽいないから、俺、すっごいぼんやりしちゃって、なんにもみえなくなっちゃって、なんかいろいろどうでもよくなっちゃって……………っ」
「…」
無残な体を懸命に隠して叫ぶカイトに、がくぽは瞳を眇める。そうやって、狼狽えるカイトをじっと観察した。
嘘、ではない。
だれかを庇って、なにかを隠して、――いるわけではない。
カイトの想いに対しては察しが悪かった自分だが、そこのところの見極めを間違う頭ではない。
だとすれば――
「だから……………んぅっ」
言い募るくちびるを、くちびるで塞いだ。震えて受け入れられたそこをやわらかに舐め、怯えて逃げる舌を呼び出して軽く咬みつく。
「んゃ…………っ」
唾液を啜って離れると、がくぽはカイトの首にくちびるを落とした。
「んぅ………っ」
「済まなかった」
「ぁ……?」
真摯に謝ったがくぽに、カイトは拡散する思考を懸命に掻き集める。
ふる、と首を振ってがくぽへ顔を向けると、なにかひどくさびしそうに、それでいてうれしそうに、微笑んでいた。
「痛かっただろう?」
「………ん……」
カイトはふるりと、首を横に振る。
痛かったとか、そういう感覚すべてを、覚えていないのだ。
世界は曖昧に沈み、ヴェール越しになにもかもが過ぎていった。
潤む瞳にくちびるを落とし、がくぽは顔を歪ませる。
「憐れだと思うのに――それ以上に、うれしく思う俺を赦してくれ」
「…」
カイトは首を傾げて言葉の意味を考え、がくぽの頬へと手を伸ばした。
「うれしいの?」
訊くと、がくぽは歪んだ笑みを浮かべて頷いた。
「うれしい」
はっきり言い切って、花色の瞳を伏せる。
「俺の不在で、そうまで変調を来してくれたのかと思えば、それだけお主の想いの深さが計れるようだ。痛くて辛い思いをしたろうに、俺の不在が原因と聞けば、天にも昇るようにうれしい」
カイトはほんの少しだけくちびるを空転させ、それから小さく頷いた。
「そぉだよ。がくぽのせいだよ……………がくぽが傍にいないから……………さびしすぎて、ヘンになったよ、俺」
「ああ」
「それで今は、傍にいて、すごくしあわせなのに……………やっぱり、ヘンなんだよ」
「カイ、」
なにか言おうとするくちびるに触れるだけのキスを贈って、カイトは笑った。
「寝て起きたらぱあになってそうで、すごくこわい」
「…」
声は軽いが、瞳は揺らいでいる。がくぽの頬に伸びた手が震えていて、その笑顔は今にも泣き顔に変わりそうだ。
がくぽは束の間、花色の瞳を伏せ、それから笑い返した。
「俺こそだ。寝て起きたら、すべてなかったことになっていそうで、こわい」
「うん」
「こわいから――」
つぶやきながら、がくぽはカイトの体に沈みこんだ。
「きちんと、証を残そう。今宵が思い余って見た幻ではないと、朝の光にも消されぬまことだと、目覚めてわかるように」
「ん…………っ」
頷くカイトの首に、がくぽは牙を立てた。