天まで伸びる声が、見えるような気がする。
膝の間に座らせて後ろ抱きにしたカイトがうたうのは、がくぽのためにうたううただ。
He killed Cock Robin-03-
「……」
詞が尽きて、旋律が収束し、カイトはくちびるを閉じた。その途端、抱きしめていただけのがくぽの手が肌を撫で、明確な意図でもって感覚を刺激してくる。
「んっゃ」
震え上がって小さく啼いてから、カイトは背後のがくぽを振り返った。
茫洋と霞む瞳が、わずかに怒っている。
「がくぽ……」
「きちんと聴いていた」
「……」
笑って答え、がくぽはカイトの肌を辿る。
服はきれいに剥いてしまった。下半身には放り出したコートを掛けて隠してあるが、基本的には肌が晒されている。
「聴いていたが、そなたがこのような姿ゆえな」
「だれのせいですか」
「俺のせいだ」
「反省が感じられません」
反省などしていないから、仕方ない。
がくぽは笑って、カイトを抱く腕に力を込めた。
「服を着る間もなく、うたえとせっついたのはあなたですよ」
「聴きたかったゆえな」
「俺はもう少し、抱かれていたかったです」
「……」
返される答えに、がくぽは瞳を見張った。
茫洋と前を見つめるカイトの顎に手を掛けて、振り向かせる。
「足らなかったか?」
「有り体に言えば、そうです」
カイトの言葉には、よくも悪くも嘘がなく、衒いや躊躇いがない。
言い切られて、がくぽは軽く首を竦めた。
「それは………済まなかったな」
妻を満足させられないとなれば、夫の沽券に関わる。
がくぽは眉をひそめ、カイトの肌を見下ろした。それだけで、咽喉が鳴るような心地がする。
「今からでも構わぬか?」
「いやです」
つれなく言われて、がくぽはわずかに怯んだ。
カイトは顎を掴むがくぽの手を振り払うと、汚れたままの体を軽く撫でた。
「これからお風呂に入るでしょう?…………それで、我慢します」
「………」
普段の風呂は別々だが、事後は共に入る。
カイトが怠くて身動き取れないことが多いからだし、軽く済ませたあとでも、出来ないこと尽くしのカイトには、やはりうまく後処理が出来ないのだ。
その「後処理」と称したあれこれで夫婦の共風呂が長引き、結局奥さんがさらに疲れ切って、旦那様に抱えられて連れ出されるのも、ある意味常態だ。
がくぽは少しだけ考え、カイトの腰を引き寄せた。
「………っがくぽ」
「我慢などせぬで良い。そなたがもう要らぬと、懇願するまで付き合うくらいのことは、俺にとっても悦びだぞ?」
「………っ」
剥きだしの肌に当たる熱があり、がくぽの言葉をそのままに保証している。
カイトは朱を散らして俯き、ややして振り返った。
「でも、もう……」
「?」
言いかけて黙り、カイトはがくぽの頬へと手を伸ばした。くちびるに触れるだけのキスが贈られて、揺らぐ瞳ががくぽを見つめる。
「愛してます、旦那様」
「……」
見つめ返すがくぽに、カイトは微笑んだ。
「俺だけの、愛しい旦那様」
さえずりは甘く、心地よく耳を蕩かした。
「ああ」
頷いて微笑むがくぽにもうひとつ、触れるだけのキスが贈られ、カイトは促すように、抱く腕を叩いた。
「ね、お風呂………入れてください、旦那様」
不満だったと言うのに、今は甘えて風呂に入れろと強請る。
がくぽはしばし考えて意図を察し、くちびるを舐めた。
「風呂、か」
「はい。入れてください」
後処理と称したあれこれが、実際にはその域を超えて、余計なことばかりしているのが真実だ。
疲れ切った体にさらに鞭打つそれを、けれどカイトは抵抗することもなく受け入れる。
がくぽは汚れたカイトの肌を眺め、頷いた。
「丹念に洗うてやろう。隅から隅まで、時間を掛けてじっくりと」
「ん………っ」
吹きこまれる言葉に、カイトは白い肌を朱に染めた。
END