「そえれね、ちゃっくあけゆと、あめらまいっぱい、こよんこよんってでてくゆの!」
「そうか」
「いちことね、りんことね、ぱいあっぷゆとね、あとね、いっぱい!」
「それは良かったな」
「ね!!」
濡れた頭をドライヤーで乾かされながら、がちゃぽは興奮してしゃべり続ける。
Peter Piper Picked a...-05-
とはいえこれは今に限ったことではなく、家に帰って来てからずっとだ。
今日行った家で、リンとレンにどんなふうに遊んでもらったか、カイトとがくぽにどんなうたを聴かせてもらったか、同じ話を何度もなんども、くり返し話す。
そんながちゃぽをうるさがるでもなく、深月は淡々と話を聞き、何度でも頷く。その合間に、夕飯を食べさせ、風呂に入れ、そして今は脱衣所に置いた椅子に座らせて、濡れた髪にドライヤーを当ててやっている。
なにくれとなく面倒を見てもらう必要があるがちゃぽだが、深月以外の手を受け付けない。
必然的に、すべての面倒を深月が見ていた。
生まれたときから『おぼっちゃま』で、人に面倒を見てもらうことが当たりまえだった深月だが、誰かの世話を焼くことが苦にならない性格だった。昔馴染みの人間ですら引くほどに、こまめに面倒を見るのが深月だ。
よく言われるのが、言動が一致しない、だ。
厳しいことを言うくせに、行動が甘い。
あまりに甘すぎて、相手が恐れをなして逃げ出すほどに。
「………よし、これくらいか」
ドライヤーを止め、深月はがちゃぽの頭を荒っぽく掻き混ぜた。がちゃぽは声高く笑って、うれしそうに深月を見上げる。
「じゃあ寝るぞ」
ドライヤーを片づけた深月は、がちゃぽの体を抱き上げる。首に手を回し、がちゃぽは笑顔で深月を覗きこんだ。
「ぬししゃま、ぬししゃま、がちゃとねゆ?」
「ああ、寝てやる。おまえはまだ、添い寝が必要なんだろう」
「おふとんいっしょれ、がちゃとねゆ?」
「最近はずっと、俺のベッドで寝てるだろうが。飽きたか?たまには和室で寝てみたいか」
深月の答えに、がちゃぽは笑う。笑って、深月の首にしがみついた。
じゃれつかせながら脱衣所から出て、深月は自分の部屋へと行った。
夜ともなると多数いる使用人もほとんど引き払って、広い家は静かなものだ。
そこに、がちゃぽの明るい笑い声が響く。
部屋に入ると、深月はベッドへと向かった。サイズはダブルだが、深月一人専用だ。
今はそこに毎日、がちゃぽが潜りこんでいる。
「ほら、降りろ。俺はパソコンを持ってくるから」
「や、がちゃもいっしょ!」
「わかったわかった」
一度はベッドに行った深月だが、降りないがちゃぽを抱えたまま踵を返し、机の上に置いてあるノートパソコンを取って、再びベッドに戻った。
『子供』のがちゃぽは寝る時間だが、深月はまだ、読みたい資料や書きたい書類がある。
がちゃぽは深月が机に向かっていると、いつの間にかベッドを出て、傍に来てしまう。だから最近は、ベッドに仕事を持ちこむことが普通となった。
「ほら。きちんと肩までくるめ」
「あい」
がちゃぽを厳重にくるんでやり、深月は下半身だけ布団に潜りこませて隣に座る。
膝の上にパソコンを開くと、真剣に画面を見つめた。
「ぬししゃま」
「ああ」
呼ばれて、深月は顔も向けないまま、片手をがちゃぽに渡す。利き手で、ないと不便なのだが、そちら側にがちゃぽがいるから仕方がない。
与えられた片手を、がちゃぽは胸に抱きこむ。きつくしがみついて笑い、パソコン画面に集中する深月を見上げた。
「ぬししゃま、がちゃのこと、なめゆ?」
問いに、深月は画面から目を離さないまま、わずかに眉をひそめた。
「舐めん。おまえは食い物じゃないんだから、舐めてどうする」
放り投げられる答えに、がちゃぽは胸に抱いた腕に擦りついた。
「ぬししゃま、がちゃのこと、なでゆ?」
「あ?」
胡乱そうな声は上げたものの画面から目は離さず、深月はしがみつかれた手を抜いた。その手で、がちゃぽの頭を荒っぽく撫でる。
がちゃぽは声を上げて笑った。
「これでいいか?」
「ぬししゃま、ぬししゃま、じゃあ、がちゃのこと、さわゆ?」
「触ってるだろうが、もう。撫でられ足りないか?」
言って、深月はさらにがちゃぽの頭を撫で、頬を軽くつまんで引っ張った。
ねこか犬をじゃらすしぐさに、がちゃぽは笑ってその手を再び胸に抱きこむ。
無邪気に輝く瞳が、真剣にデータを読みこむ深月を見上げた。
「じゃあぬししゃま、がちゃがぬししゃま、なめゆ?」
問いに、深月は眉をひそめる。
「俺は食い物じゃない。だから舐める必要もない。なんだ、腹が減ったか?だがもう寝る時間だからな。なにもやらんぞ」
「がちゃがぬししゃま、なでゆ?さわゆ?」
即座に返される問いに、深月は空いている手で眉間を揉み、パソコンを閉じた。一時的に休眠状態に落としてサイドボードに置くと、布団の中へと体を滑り込ませる。
「わかった。付き合ってやるから、寝ろ。俺も横になれば、ちょっとは落ち着くんだろう」
「……」
がちゃぽは笑って、深月の腕を抱き直す。
がちゃぽの問いの意味のことごとくを、反転させる深月。
「ほら、目を閉じろ」
言いながら、深月は自分から手本として目を閉じる。
上を向く男臭い顔を見つめ、がちゃぽは体を伸び上がらせた。
「ぬししゃま、だいしゅき」
「……あのな」
軽い音を立ててくちびるに吸いついたがちゃぽに、深月は渋面で瞳を開いた。
「そういうことは好きな奴が出来てから、そいつとやれと言っているだろう」
がちゃぽは無邪気に、首を傾げた。
「がちゃ、ぬししゃましゅき」
「そういう『好き』じゃない」
ため息とともに言って、深月は起き上がるがちゃぽの体を布団の中へと引きずり戻した。
「ぬししゃま、ぬししゃまもがちゃにして。ちゅってして」
引きずりこまれながら強請られて、深月は眉間に皺を刻んでがちゃぽを見つめた。
「俺に挨拶でキスするような習慣はないんだ。諦めろ」
「ぁは」
がちゃぽは笑う。
その小さな体を、深月は少し痛いくらいの力で抱いてやった。あやすように背を叩く。
「これで我慢しろ。おまえが寝るまで、付き合ってやるから」
「…」
がちゃぽは笑い、深月の胸に擦りつく。
静かで、落ち着いた鼓動。
穏やかで、深い呼吸。
背を叩く手はやさしく、リズムが狂うこともない。
「ぬししゃま」
「ああ」
「だいしゅき、ぬししゃま」
つぶやいて、がちゃぽはさらに深月に擦り寄った。
応える声はなく、鼓動も呼吸も深く静かに、安定したまま。
すべてのリズムは落ち着いていて、がちゃぽはやがて、眠気に蕩けて瞳を閉じた。
END