Bo Peep
ベッドに転がったまま天井を眺め、がくぽは考えるともなく考えていた。
つまり、ロイドだ。
ロイドもまた、こうして人間のようにベッドに転がり、寝る。
が、それは人間の『睡眠』とは多少、意味合いを異にしており、半ば強制的なものだ。喩えて言うなら、『電源が落ちる』ような。
そう、『電源が落ちる』のだ。
落ちるので、寝ている間は基本、微動だにしない。いびきもかかないが、寝言も言わないし、なにより寝返りを打つこともない。
はずだ。
「なんだってこう、俺の妻は悩ましいかっ………」
堪えきれず、がくぽは呻いた。
ベッドに寝転ぶがくぽの傍ら、半身には、妻もとい、カイトが寄り添って寝ている。夫婦の寝室はひとつで、夫婦のベッドもこれひとつだからだ。
毎日毎晩、このベッドでがくぽとカイトは二人仲良く並んで寝ている。もちろん、過ぎ越して仲の良過ぎる夫婦ではあるので、単に『寝る』だけではないことも多い。
そして単に『寝る』に止まらず、過ぎ越して仲良くした結果――
最終的にはカイトが意識を失うような形で、先に寝入ることも多いのが、この夫婦だ。
がくぽは甲斐性のあるまめな夫らしく、後始末諸々を済ませたうえで、カイトをきれいにベッドへ横たえ、布団でくるみこみ、傍らに並んで寝る。
そこでロイドの休眠だ。
いくらロイドに新旧の差があっても、ここに大きな差はない。
――から、がくぽの傍ら、ベッドへきれいに横たえたカイトはあくまでも、朝の目覚めのときにもがくぽの傍らできれいに寝ているのが、本来なのだ。寝かせたときの姿勢まま、微動だにすることなく。
が、この奥さん。
まだ思いも通じ合わない新婚時代から変わらず、がくぽの傍らに大人しく並んで朝を迎えたことがなかった。
常に、ゼロ距離。
肩口に顔を埋め、袖を遠慮がちにつまんでいるだけのこともあれば、半ば乗りかかるようにがくぽに抱きついていることもあるし、腕を組んでいることも――
なんにしろ、ゼロ距離だ。節度ある距離など、保っていてくれたためしがない。
だからそもそもロイドで、休眠状態に入ったが最後、規定の時間を満たすまでは途中で目を覚ますこともないし、寝返りを打つこともないはずだというのに。
なぜ距離が詰まっているのか。
なぜ旦那さまにくっついてしまうのか、この奥さん。
「なんっでこう、朝から情け容赦もなく愛らしい……!!」
がくぽは目を覚ましてはいてもベッドに転がったまま起き上がることなく、どころか微動だにすらせず、悶える心の内をただ、つぶやきで吐き出した。
なぜといって、今日も今日とて悩ましい奥さんががくぽの腕にしがみつき、未だ熟睡していらっしゃるからだ。
先に意識を飛ばした――つまり休眠したのはカイトで、通常であれば規定の休眠時間を先に満たし、結果、先に起きるのも、カイトのはずだ。
そうとはいえ夜に無茶をさせればこそ、『意識を飛ばした』とも言うし、意識を飛ばすほどとなれば負荷も大きかったということだ。規定を大幅に超えて寝ることも、おかしくはない。
そしてそうまで疲れさせた奥さんを思えばこそ、甘えられたがくぽは万が一にも起こしてしまう可能性を危惧し、微動だに出来ない。
微動だに出来ないが、正直悶え転がりたい。床を平手で激しく打ち叩きつつ、表記し難い叫び声を上げながら、奥さんかわいいかわいい奥さんと、この募り溢れる心のうちを思う存分に吐き出したい。
吐き出したい――が、吐き出せず、全力を己を抑えこむことに費やした結果、がくぽは朝からすでに疲労困憊だ。
一日はまだ始まったばかり、起きたばかりだ。
しかし疲労困憊だ。一日分の労力はすでに費やしきった。
「ん………」
今日あと残り二十四時間ばかりをどう過ごそうかと、疲労のあまりに霞む思考を空転させるがくぽの耳に、やわらかで甘い声が吹きこまれた。
「んん………」
寝ぼけて甘ったるく呻きながら、カイトはがくぽの肩口に額を擦りつける。眠い瞼をひとの肩でこすって、カイトは緩やかに顔を上げた。
「おはようございます、がくぽ………」
未だ起ききらないのだろう、もつれて舌足らずに挨拶をつぶやいたカイトは、ほんの少し首を伸ばした。天井を睨んで微動だにしない旦那さまのくちびるに、小さく音を立ててキスをする。
キスは一度で終わらず、二度三度と――
小鳥がついばむに似たキスをくり返され、がくぽの中ですべての忍耐が事切れた。一斉にご臨終を迎えられた。
がくぽは眠っている奥さんを起こすまいと、突き上げる衝動や欲情を全力で抑えこんでいたのだ。
だがしかし、これだけ愛らしくキスを呉れる奥さんは、寝ていない。起きている。もはや起こしてしまう心配はない。なぜなら起きているのだから。
ということは、我慢する必要性も――
「カイト、そなたというやつはまったく、朝から容赦のないっ……!!」
「え?あの、が………んんっっ!!」
跳ね起きたがくぽは嘆きつつ、ベッドに押し倒したカイトのくちびるに吸いつき、思う存分に貪った。