湖面のような青い瞳が水気を含んで潤み、なおさら湖のように見えた。
「さわったら、だめです」
切れ切れに、しかしきっぱりとカイトは言った。涙の揺らめく瞳は波立つ湖面そのもので美しく、つい見入ってしまう。
だが、その状態も一週間ともなれば、そろそろしゃれにならない。
ベッドに正座して相対し、がくぽとカイトは睨みあっていた。
And you shall be a...-01-
ふたりが寝るのは、同じベッドだ。
夫婦は同じベッドで寝るものという、マスターの先入観という偏見によって、がくぽとカイトはダブルベッドに並んで寝ている。
ダブルだが、成人した男がふたりともなればそれほど広いということもない。必然的にどこかしら、触れあって寝ることになる。
それがいやだと言い出したのは、カイトだ。いっしょに寝だして、四日目のことだった。
さわらないでください、と。
どこか怯えた様子で言われ、自分の寝相が悪くて、乱暴でも働いたかと思った。
だからそのときは、気をつける、と答えたのだ。
だがよくよく考えて、がくぽの寝相が悪いということがあるわけがなかった。
腐ってもロイド、人間とは睡眠のありようが違う。それにだいたいにして――
さらに、カイトが「触るな」というのは、寝ているときだけに止まらなかった。
起きているときでも、なにをしているときも、少しでも触れようものなら手酷く撥ねつけられるようになった。
どこか怯えた顔で、瞳を煌びやかに潤ませて。
「カイト」
苛立ちを隠せずに、がくぽは唸った。
「だめです。さわらないでください」
「そなたな…っ」
なんたる言い種だろう。がくぽはカイトの旦那様なのだ。
それも、渋るがくぽをカイトが押し切ったも同然の形で、夫にしたというのに。
がくぽが渋ったのは、ひとえにカイトのことを想えばこそだ。
→頭がおかしい、と断言されるマスターによって、半ば強制的に夫を取らされるカイトが哀れで、なんとか袖にしようとした。それはそれは苦渋の決断だったのに。
見合うまでは、この自分がどうして、男のロイドの夫とならなければならないのかと、憤りもあった。
だが見合って、気持ちが揺らいだ。
情報として持っていたKAITOシリーズと比べ、目の前に現れたカイトはあまりに浮世離れしていて、儚く、脆くも消え去る夢の佳人のようだった。
要するに、理想ど真ん中の麗人だったのだ。
うたいましょう、と言われて、声を合わせてうたって。
こころが折れた。
これが手に入るなら、マスターのクソミソな命令どおりに、夫として押し入っても構わないと。
欲望がもたげて暴れるのを宥めながら、カイトのために身を引こうとした。それを、カイトが強引に引きずりこんで――
今の、この態度。
「そなたな、仮にも夫に対して」
「…」
不満をぶちまけようとしたら、カイトの瞳はますます潤み、とうとうこぼれた。声も上げず、ただ涙だけを流して泣いている。
「…っ」
激しく頭が痛んで、がくぽは額を押さえた。
マスターの厳命が、プログラムの中で暴れ回って主張している。
曰く、泣かせるな、と。
虐めて泣かせるなよ、と。
虐めていない、と言い張っても虚しい。
がくぽの与り知らぬところで、確かにカイトはなにかに傷ついて、そのうえでの拒絶なのだから。
「…っああもう、わかった。わかった!触らぬ、触ったりなどするものか!」
「…」
大声で宣言し、がくぽは眩暈がしそうなほど痛む頭を押さえながら、ベッドから降りた。
ほんとうは、泣いているなら抱きしめて頭を撫でてやりたい。キスの雨を降らせて、これでもかと甘やかしてやりたい。
しかしカイトは触るなと言うし、プログラムの警告は致命的に痛いし、もうどうにも八方ふさがりだ。
そもそも起動して十日しか経っていないがくぽには、カイトとの付き合いにおける絶対的な経験値が不足していて、なにをどうしたらいいものかがさっぱりわからなかった。
「俺は客間で寝る。布団を分ければ、どうしても触ることなどあるまい。顔も見ずに済めば、せいせいすることだろうよ!」
言い捨てて、答えを待たずに、這いずるように部屋から出た。
頭痛はわずかも和らぐ様子がない。
当たりまえだ、虐めて泣かせて、そのまま放り出したようなものなのだから。
俺がなにをした、と咽喉の奥で唸りながら、がくぽは寝室の向かいにある客間に転がりこんだ。