リビングのソファに座るカイトの前にちょんまりと正座したがくぽは、きらきら輝く顔で兄を見上げた。
「兄様、がくぽは兄様のことが、大好きです」
「…」
改まって言いだすのがそんなことで、カイトはきょとんとして瞳を見張った。
うちのおとーとは、ちょっとヘンです→りたーん
改まって、とはいっても、がくぽはうれしそうな笑顔だ。
カイトも笑うと、弟の前髪を梳き上げ、晒した額にキスを落とした。
「おにぃちゃんもがくぽのこと、大好きだよ」
「………兄様」
がくぽが欲しがっている言葉は、それのはずだ。
望みのままにささやいてやったはずなのに、がくぽは至極不満げな顔になった。
髪を梳くカイトの手を取るとぎゅっと握り、心持ち、身を乗り出す。
「兄様。がくぽは兄様のことが、世界でいっちばん、誰よりも大好きです!」
「ん?」
真剣そのもので言う弟がかわいくて、カイトは笑いほどける。
かわいい女の子は周りにいっぱいいるし、モテないわけでもないのに、その誰よりも、おにぃちゃんがいちばん、好きだなんて。
言い切ってしまう弟の無邪気さは、おかしくもあるけれど、総じてかわいい。
かわいいし、くすぐったくて、うれしい。
「うん。ありがと」
握られた手をほどき、カイトはがくぽの頭を撫でてやった。
がくぽはすぐさまその手を取り戻して握りこみ、さらに身を乗り出す。
「兄様、兄様は?!」
焦れた声で強請られて、カイトは瞳を細めた。手は取られているので、首を伸ばしてこめかみにキスをする。
「うん。おにぃちゃんもがくぽのこと、世界でいちばん、誰よりも大好き」
こんなふうに真正面切って告げるのは、少しばかり面映い。くすぐったさに、体がもぞもぞしてしまう。
けれど、がくぽが望むのなら、いくらでも――
「…………兄様……」
「あれ?」
しかしこれだけ言ってやっても、がくぽの表情が浮くことはなかった。愁眉で、ごく不満げにカイトを見つめる。
カイトはきょとんとして首を傾げ、瞳を瞬かせた。
なにが足らないのだろう――ちゃんと、大好きと言っているのに。
それとも、がくぽが言った言葉をそのままに返しているのが、不満なのだろうか。
きちんとカイトが考えた、カイトの言葉で――
「んー……」
恨めしげですらある弟を見つめ、カイトは考えこむ。
だって、『大好き』は本当だ。それ以外の言葉で、それ以上の言葉となると、…………『愛してる』、とか?
「…っ」
カイトはほわわ、と赤くなって、俯いた。
さすがに面と向かって、『愛してる』は恥ずかしい。もちろん、愛しているけれど、それとこれとはまた別なのだ。
そもそも弟に対して『愛してる』では、少し行き過ぎな感がある。
「兄様…」
「ん、あのね…」
がくぽの手がカイトの顎を捉え、自分に向き合わせる。
カイトははにかんだ笑みを浮かべ、まぶしそうに瞳を細めて、弟を見つめた。
「がくぽは、おにぃちゃんの、たったひとりだけ、大事なだいじなおとーと、だよ」
「…」
精いっぱいの想いを込めて、告げる。
がくぽは瞳を瞬かせ、それからがっくりと肩を落とした。可哀想なほどに項垂れて、カイトの膝に懐く。
「………ええ……?」
まただめだった――ようだ。
「がくぽ?」
いったいなにが望みなのかと戸惑うばかりのカイトに、がくぽはがばりと身を起こした。
もう一度カイトの手を掴み直すと、腰を浮かせて、ぐ、と顔を近づける。
「兄様、兄様は、がくぽと結婚してくれますか?がくぽのお嫁さんになってくれますか?!」
「ほえ?」
真剣に吐き出された言葉に、カイトはきょとんと瞳を見張った。
結婚?
お嫁さん??
「え?ええと?」
きょときょとんとして首を傾げるカイトに、がくぽはますます顔を寄せる。握る手に、ぐ、と力がこもった。
「がくぽは、兄様と結婚して、お嫁さんにしたいくらい、兄様のことが大好きです!!」
「え?……………えええ???」
カイトはひたすらに困惑して、弟を見つめた。
***
「なつかしーのだ……」
夷冴沙が、ぼそりとつぶやく。
「にーも昔はいちに、あー言ってくれたものだった………おっきくなったら、いちのことをお嫁さんにすると……」
「……」
恨めしげな声に、餌儀はひたすらにテレビを見つめた。
やっているのは、兄弟もののホームドラマだ。幼いころに生き別れた兄弟数人が、大きくなって、長男の号令一下、ひとつ屋根の下で暮らすようになるという。
ドラマの中、熱血長男のスベり具合たるや、まるで他人事とは思えない。
「にーもさんも、昔は、おっきくなったらいちと結婚すると言ってくれたのに……」
ぶちぶちと、しつこく根暗くつぶやく夷冴沙に、餌儀は眉間を押さえる。桁外れの美貌だ。そうやって懊悩などすると、様になり過ぎてシャレにならない。
悩みの内容がアレなのに、世界的な悲劇でも憂えているように見えてしまう。
「あのね、いちや………現状日本では、きょうだい同士でも、男同士でも、結婚は出来ないんだっていうのを、ご存知ないのかえ、おまえ?」
顔をしかめて吐き出す餌儀を、夷冴沙は大きな瞳を眇めて見る。
未だに学生と間違えられる、童顔だ。しかも体も小さい。
責められているときの罪悪感が子供を苛めたときのそれと同じで、後味が悪いことといったらない。
夷冴沙の声はいつも通りに甘ったるかったが、どこまでも根暗かった。
「ほんとーに結婚しろなんて言わぬ。いくらいちでも、そこまで物知らずではない。いちはただ、にーやさんが、そうやって言ってくれるだけで十分なのに………たとえ冗談でも、そう思ってもらえているとわかるだけで」
「言えるもんかいね」
恨みがましいつぶやきに、餌儀は厳しく吐き捨てた。
夷冴沙から顔を逸らし、テレビ画面を睨んできりきりと奥歯を鳴らす。
「こっちはお遊戯じゃない。本気で結婚して、嫁さんにしたいんだ、いち。なのに出来ないんだ………だものそんなこと、軽々しく言えるもんかいね………っ」
絞り出すと、餌儀は手近なクッションを掴んだ。勢いよく、ソファへと投げる。
「人の目を気におしって、いつも言ってるだろう?!それ以上やるんなら、自分たちの部屋へお行き!!」