「だからそもそも、がくぽは嘘なんてつきませんし」

「そこがもう、ウソだも……っ」

ベッドに転がったおとうとがしらっと言うことに、その腹に跨ったカイトは、えうえぐめそべそとしながら力なくつぶやいた。

うちのおとーとは、ちょっとウソツキです→りべんじ

確かに嘘だ。

がくぽは兄に甘ったれるためなら手段を選ばない。甘ったれるためなら嘘も誑かしも平然とやる。

そうとはいえ、この素直で誠実な兄に対し、できるだけ後ろめたさを抱きたくないというのも心情として大きい。

だから嘘も誑かしも、日常的に頻発はしない。たまにやる程度で、いわば一般人の平均内だ。

「心外です、兄様。兄様はがくぽのこと、全然信じて、んっ、くふっ!」

めそべそしながら、しかも小声での反駁だ。ほとんど聞き取れない。

それでも器用に拾ったがくぽがさらなる反論を重ねようとして、口を噤んだ。代わりにこぼれるのが、わずかに高い鼻声で、笑い声だ。

「兄様、くすぐった……んふっ!」

「んー……っ」

上機嫌に笑うがくぽに対し、カイトは未だ微妙な表情だ。

微妙な表情のまま、肌蹴られたがくぽの胸にちゅっちゅとくちびるを落とす。

いつ見ても、きれいな肌だ。色もそうだが、質感もいい。手で撫でても心地いいし、こうしてくちびるを触れさせても陶然となる。

もちろんきれいなのは肌だけでなく、筋肉の張りもいい具合だ。鍛えすぎてごつごつのぼこぼこにもなっておらず、だからといってだるだるに垂れているのでもない。ちょうどいい漲りぶりだ。

この胸に抱かれると、カイトはいつもうっとりしてしまって、こまかなことがどうでも良くなってしまう。

たとえばがくぽはおとうとで、カイトは兄で、こうやって裸で触れ合うことはいかがなものかという、世間的なあれこれに関しても――

「ん、は、んちゅっ、………んんっ、ちゅっ………」

「ん、にー、さま、んふっ、ふふっ!」

カイトがちゅっちゅと音を立ててくちびるを落とし、触れて、吸うたびに、がくぽは筋肉をぴくぴくと震わせる。こぼれる鼻声は、嬌声というよりくすぐったさを堪えた、つまり笑い声だ。

がくぽがカイトの胸をこうやると、カイトなどは笑うどころか、思い出しても赤面する甘ったるい嬌声を上げてしまうのに――

「むつかしいぃい………」

さらにめそべそとしながら、カイトはつぶやく。じりじりと尻をにじらせ、それとなく、がくぽの男性器のあたりに腰を移動させた。

すでに反応し始めている。服越しでもわかる程度に、カイトの尻の狭間に覚えのある硬さが嵌まった。

――兄様、がくぽのお婿さんで、がくぽは兄様のお嫁さんなんですよねじゃあ、そうしましょう。

なにかの許容範囲がとても広いおとうとはあっさりそう言って、上半身をさっと肌蹴ると、ベッドにごろんと横になってしまった。

――ちが、がくぽ、これ、ウソでね?!えいぷりゆーるのっ!!

慌てるあまりにうまく文にもならないどころか、単語もまともに発せないカイトに構わず、がくぽはとてもご機嫌ににこにこしていた。あたふたしていてまるでノってこない兄の腰を掴むと、やや強引に自分の体に上げる。

そして曰く、今日はカイトが旦那さまなので、お嫁さんながくぽの体を好きにしてくださいと。

なにかの許容範囲が、あまりに広すぎる。

置かれた状況は、いわば据え膳だ。

古くには、据え膳食わぬは男の恥とも言った。カイトも男だ。ここで据え膳を食わねば、男が廃る。

で、その据え膳は、おとうとなのだが。突出した美貌の持ち主で、馴れることもなく、見るたびにうっとりとしてしまうのだが。

溺愛もしているし、体を繋げることが初めてとも言わないが、――おとうとだ。

これでも据え膳化した以上、食わないと恥なのか、男が廃るのか、カイトにはよくわからない。

そもそもかなり頻繁に体まで繋がるきょうだいではあるが、普段は『逆』だ。カイトが下、女役であり、がくぽは上、男役だ。

しかも兄好きをこじらせたがくぽが押せおせと押し倒してくるのに、カイトは甘やかす延長でだだ流されて結果そうという関係で、つまりカイトの側にあまり積極性はない。

拒みもしないが、納得しきっているわけでもない。

微妙に過ぎるほど微妙なのだ。

ためにカイトが行為の主導権を握れと言われても、やはりどこかおずおずとしたものになる。

おずおずと触れられればもちろん、どちらかといえば快楽よりはくすぐったさが勝る。

ましてや普段、がくぽの体はそういう仕込みをされていない。受け手として未熟なのだ。なおさら、快楽への変換が滞る。

「ぅ、んん……っ」

躊躇いから考えに沈み、体の制御が疎かになったカイトは自分の欲求に素直に、こしこしこすこすと、硬い感触の上で腰を揺らめかせる。

切ない瞳で未だ隠されたそこを見つめる兄に、がくぽはちろりとくちびるを舐めた。

「兄様」

「ぁ、がくぽ……っ」

募る興奮に声を上擦らせながら、がくぽは悪戯に蠢く兄の腰を掴む。びくりと震えて我に返ったカイトが、がくぽへ視線を戻した。

湖面のように揺らぐ瞳の中、止められたことを責める色がわずかに窺える。

とても堪えきれるものではなく、がくぽは笑った。チェシャー猫によく似たそれだ。一筋縄ではいかないと、誰もがひと目でわかる。

「がく、」

「兄様、今日、がくぽの旦那さまでしょう反対でしょうこんなこと、したらだめじゃないですか」

「ぅ、……っ」

こんなことで示されることは、カイトもわかる。

がくぽが張り詰めさせているものに擦りつけるあの行為は、女役としてのおねだりだ。

だがいいだろうか。とても重要なことがある。

そもそも『合意ではない』ということだ。

がくぽがカイトの失敗の揚げ足を取っているだけなのだ。兄の思惑などまるで無視して、ならば今日はそれでやりましょうと言って押し通しているだけだ。カイトはやると、首肯していない。

やりませんいやですとも、主張していないのだが。

いつものことではあるが、カイトにはおとうとがよくわからない。

なんだってこうも兄好きをこじらせたのかも不明なのだが、普通、こうも簡単に関係の逆転を赦せるものなのだろうか。

確かにがくぽには、兄がおとうとをかわいいと思ってやらかしたことなら、なんであっても受け入れるようなところは多大にあるが――

「だ、だって、がくぽ……っこわく、ないのっ?!初めて、でしょ?!おにぃちゃんの、あの、その、アレ…っがくぽの、おしりに、いれちゃうんだよ?!いれられちゃうんだからっ!!こわいでしょ?!」

「え、いえ、全然だって処女だろうが、どうせロイドですし?」

「が、がぁあああんっ?!」

がくぽの答えは虚勢でもなく、実にあっさりしたものだった。むしろなんでそんなことを兄が懸念するのか、まるでわからないといった風情すらある。

とはいえ、がくぽの言う通りではあるのだ。

カイトもがくぽもロイド、つまり生物学上の『人間』ではない。

芸能特化型であるVOCALOIDともなれば、有機素体率も高い。極度に派手な外見がなければ人間と見分けはつき難いが、そこまで模してもやはり、人体とまるで同じ構造というわけではない。

ことに性行為においては、苦痛の軽減、ないしは減滅を第一として造られている。女声型に備わる女性器もそうだが、男声型も設定どうあれ、苦痛がないようにと設計されているのだ。

ために、初めてであろうがつまり、『どうせロイドですし?』とはなる。

カイトも理解している――なにせがくぽに初めて押し倒されたとき、未知の行為であればこそ怖かったが、そういった意味合いで痛みはなかったからだ。

そして今だ。もはや未知の行為などではないし、そもそもがくぽはカイトよりその手の知識が豊富だ。理由は問わない。かわいいおとうとがちょっとアレでも、カイトは目をつぶる。盲目的に溺愛するとは、そういうことだからだ。

だがしかし。がしかし。

「がくぽは、兄様ががくぽを欲しがってくださったことがうれしいので、構いませんよだっていつもいつも、がくぽばっかり兄様のことを欲しがっていて」

「ぅえぇえ……っ」

誤解だ。多大に重大に誤解だ。

だからそもそも、オチは間違えたのだと言った。

なにとどう間違えたのかを解説するチャンスを未だに与えられていないのだが、おそらく敏いおとうとのことだ。きっと察しているだろうとは思うのだがしかし、察しているのであればどうしてこっち側に流れるのかと考えるとどうやら察していない。

もとより敏いおとうとだが、自分に都合の良いことには超能力のレベルで敏い甘ったれだ。今日に限ってどうしてとも思うが、突き詰めている場合ではない。

否、もしかして今回の場合、こちらのほうが好都合なのか。

いみじみくも今、言った――兄からおとうとを求めて欲しいと。

だからどうしてきょうだいでこういう求め方をしないといけないのかが、カイトには未だにわからない。謎だ。納得しきれていない。

がくぽが甘ったれの延長として求め、カイトはがくぽを甘やかすのが好きだからだだ流されているが、だとしても受け入れきっているわけではないのだ。

だとしても、だ。看過し難い。

「が、がくぽはね……っほんとは、おばかさんだよねっいい子だし、アタマもいい子だけど、ほんとは、おばかさんっ!」

「うーん。はい。ですね。兄様おばかさんです」

「ぅううっ!!」

追い詰められ、退路を断たれたねずみの風情で喚いたカイトだが、がくぽはひどく優しい笑みで流した。

優しく、儚い。

そして寂しい。

とうとうぷすっとふくれて、カイトは腰に回されていたがくぽの手を振り払い、体を落とした。

「もぉしらないっそんな子、おにぃちゃん、しらないっ!!」

「兄様、っ」

ぷんけぷんけと言いながら、カイトは素早くがくぽの下半身をあらわにする。未だ完全ではないが、張り詰めていたものを取り出すと、大きく口を開けてぱっくりと咥えこんだ。

「ん、んく……っ、ふ、んん……っ」

「に、…さま」

「んーーーっ」

先に胸のあたりをちろちろ舐めていたのと、思いきりと勢いが違う。なにより馴れもある。

いくらロイドで下準備が不要でも、時と場合もある。強請られても、いつもいつも好きなように下半身を与えてやるわけにもいかない。

それでも甘ったれのおとうとは、どうしてもと兄を求めることがある。

そういったときに代替として与えているため、カイトの口淫はことにがくぽ相手に、そこそこ巧みだ。

なにより甘やかし好きの性が幸いして、弱いところや好きなところを見つけるのが上手い。

「んっふ、んんんっ」

「に、さま……、んっ、ちょ、そんな、おいしそーに……っ」

さすがに今度はくすぐったいと笑うレベルではなく、がくぽの表情も募る快楽に引き歪む。

否、体に覚える実際の快楽も強いが、おとうとの雄にしゃぶりつく兄の表情だ。

ずっと見ていたいが、あまりに淫猥過ぎて、それだけですぐにも達してしまいそうな危惧がある。

がくぽはあまり我慢をする性質でもないので、兄が咥えて即出してしまったところで、男としてどうのと気にすることはない。

そういった意味で躊躇いはないのだがしかし、あまりに早く出してしまったら、今のこの、いやらしい兄の顔観賞がすぐに終わってしまう。

「えー………にぃさま、ひど……っ」

悩ましさから詰ったがくぽだが、なにかをとても思いきってしまった兄は聞く耳を持たない。先走りを滲ませ始めた先端をちろちろ舐め、垂らした唾液を手で竿にまぶし、こすりつけて伸ばしていく。

もとよりこなれて気持ちいい兄の手とはいえ、ぬとぬととぬめりながら扱かれればさらに悦い。量を増したがくぽの先走りに、カイトは躊躇いもなくくちびるを当て、勢いよく吸い上げた。

「んちゅ、んちゅぅっ、んちゅぅうっ……んっ、ぁふっ、ぉいひ……っ」

「あー………ぅん。むり。無理だ」

我慢をする性質ではないがくぽは、諦めも良かった。手管を駆使する兄に、敵う道理もない。

滅多になく羽目を外してくれている姿をずっと見ていたい気持ちは強くとも、そのためにこの募る快楽をやり過ごすのも面倒だ。

なによりがくぽは、どちらかといえば旺盛なほうだった。

見たければもう一度、『がんばれ』ばいいだけだ。

自分への信頼感というものもあり、がくぽはカイトの頭に手を伸ばした。ねこのようにやわらかく、さらりとした感触の兄の髪を撫でる。

「兄様、イきますから……」

「んんっ!」

わずかに力を入れて頭を押され、カイトは素直にがくぽのものを咽喉奥へと呑みこむ。大きさもあり、かなり苦しいはずだが、顔を歪めても怒ることはない。

くうっと締まる咽喉の感触に、がくぽはぶるりと背筋を震わせた。

下ももちろん好きだが、上のこの感触もいい。なにより歪む兄の顔だ。これ以上なくそそる。

――が、がくぽが気持ちよく絶頂を迎える寸前で、カイトは押さえる手を振り払い、口を離してしまった。

「ぅっ、え、ちょっ……、にーさま……っ!!」

寸前でずらされた快楽はがくぽの体の中で暴れて、思考回路が堕ちそうになる。

慌てて身を起こしたがくぽの胸を押して止め、カイトはべえっと舌を出した。がくぽがこぼしたものと、誘われて過剰に分泌した自分の唾液とで、見た目からどろりとした舌だ。

ぞくりと湧き上がる凶暴な衝動を堪えるため、すべての動きを止めたがくぽを、カイトは冷たくせせら笑う。

「しらないって、いったでしょ。がくぽなんかもう、しらないの」

「にぃさま」

擦られて艶やかに染まったくちびると、粘液でべたべたに汚れる口周りに、うっすら紅を刷く目元と、熱に潤んでますます湖面のように揺らぐ瞳――

我慢は得意ではない。嫌いだ。ことに兄に関することで、がくぽの我慢は利いたためしがない。

それであっても、今のこの、あまりに凶暴な衝動はさすがにだめだと、がくぽにもわかる。わかるから懸命に自制しているのに、無慈悲な兄のやりようだ。誰のために我慢してやっているのかと喚いて押し倒し、思うさま啼かせてやりたくなる。

ぐっと拳を握り、凶悪な瞳を向けて来るおとうとの限界はわかるだろうに、カイトが態度を翻すことはない。

もしかして乱暴にされたいのだろうかと、そもそも兄はおとうとに乱暴に振る舞われることがむしろ好きだったと、がくぽの思考が危険域に堕ち始めた。

そのがくぽの胸に手を当て、カイトはぐっと押す。退けと命じるしぐさだ。

聞けるものかと瞬間的に反発したがくぽだが、結局は体を傾けた。完全に転がることはないが、兄を受け入れる余地はつくる。

物わかりの良いおとうとの態度に満足げににっこり笑い、カイトは自分が着ていたものをすべて脱いだ。万事おっとりしたKAITOシリーズらしからず、素早い動きだ。

「にー、さま」

急かす声音のおとうとの腰に、カイトは躊躇いもなく跨った。寸でのところで限界を逸らされ、痛むほどに張り詰めているがくぽのものを掴むと、自分の腰を落とす。

「ぁ、は、……っあ」

「ぅ……っ」

くぷりと先端が呑みこまれ、咽喉の粘膜よりよほどにきつい力で締め上げられる。

『どうせロイド』だ。

特に下準備などしていなくとも、滾りきった逸物であるそれも、ぬとぬととぬめりながら受け入れる。

「ぁ、にー、さま……イく……イ、きます、から……っ」

「んん……っ!」

腰を振って仕上げをするまでもない。そもそもぎりぎりだったがくぽは締め上げられる感触だけで限界を超え、カイトの腹の中に堪え性もなく吐き出した。

熱が噴き出す感触にカイトはぶるりと震え、背を仰け反らせて陶然とした表情を晒す。

「ぁ、は……っ、ぁくぽ、の……ぉにーちゃんの、おなかのなか、いっぱい………っ」

入れただけだ。まだカイトは大した快楽も貪っていないが、構う様子はない。腹の中に吐き出されたものを愉しむような間をわずかに置き、それからゆっくりと、腰を揺らめかせ始めた。

「にいさま……」

「ん、うそ、だも……」

ちゅぷちゅぽとあえかな水音を立てながらゆるやかに抜き差ししつつ、カイトはつぶやく。未だ絶頂の余韻冷めやらないところで与えられる刺激に、微妙に苦しむおとうとの表情を愛おしげに眺め、笑った。

「しらない、なんて、うそ………だってがくぽ、おにーちゃんの……だいじなだいじな、だんなさま、だも………おにぃちゃ、ほんとは、がくぽのおにぃちゃじゃ、なくて………およめさ、なんだから」

蕩けた口調で吐き出すカイトに、がくぽはわずかに目を見張り――

「……リビングじゃなくて、お部屋でしたもんね。わかってましたけど」

カイトがきちんと正しく、オチを言えた場合だ。

『がくぽのおにぃちゃんじゃなくて、お嫁さんなの!』となれば、当然おにぃちゃん大好きっ子のがくぽは大喜びしただろう。エイプリルフールのネタだとわかっていても素知らぬふりで、『じゃあ、お嫁さんをかわいがってあげますね』などと言って、こういった状態になったはずだ。

予測するまでもない展開であり、だからこそカイトも前回とは違って、家族の集うリビングで始めず、わざわざ自分の部屋におとうとを連れこんだ。

確かにネタは前回の踏襲ではあるが、カイトもそれなりに学習した。おとうとを驚かすより、悦ばせようと――

それがあまりにも緊張して思考が空転した挙句、最後の最後でしくじった。

なにより計算外であったのは、がくぽがあっさり受け入れてしまったことだ。

だから違うのだ――カイトはがくぽに、がくぽの『お嫁さん』として扱ってもらいたかった。

練りに練った渾身のお誘いで、おねだりだったのに。

「でもそれでも、兄様ががくぽを欲しがってくれたなら、がくぽはやっぱり、どちらでも良かったんですよ」

ようやく叶った望みに理性を飛ばした兄を、その望むように存分に愛おしんでやりつつ、がくぽはささやく。欲に溺れながらも、その表情は滅多にないほどやさしく、やわらかだった。

しかしてあとになってその発言を思い返したカイトといえば、やはりおとうとの許容範囲がわからないと、頭を抱えたのだが。