うちのおとーとは、とっても凝り性です。
弟の好物といえば、なによりアイスだ。
だが、アイスという甘いものが好きなせいなのかどうか、スイーツ全般に関しても、歓ぶ傾向にあった。
食べられないとは言わないものの、がくぽは微妙に苦手なのだが、カイトはプリンでもケーキでも、本当においしそうに、うれしそうに食べる。
ロイドががくぽひとりだけだったときは、ランチのついでにカフェでたまにつまんでくる程度のマスターだったが、カイトが来てから、なんだかんだとスイーツを買って帰るようになった。
――いっしょにおいしいって食べてくれる相手がいると、おいしさ倍増だから。
いつもいつも、どうしてこんなことに、と頭を抱えるようなおとこぎに溢れるマスターだ。しかし、カイトといっしょに甘いものをつまみながら閃かせた笑みは、年相応の女性らしく、ひどく可愛らしかった。
嗜好は仕様がないし、彼女が責めているわけでもないのだが、そこまで歓ぶのならがくぽとしては、少しばかり悪いことをしたなと、思わないでもない。
とはいえ、今さらだ。
がくぽに出来るせめてものことといえば、雑誌やらテレビやらで有名店や隠れた名店などをチェックし、近くに出掛けた折に、忘れずに二人への土産とすることくらいだ。
そんなこんながあって、がくぽは食べもしないのに、スイーツについてちょっとばかり詳しかった。
「『とろけるなまぷりん』!!」
「ああ」
「一日限定百個のれあれあ!!」
「ああ」
「おひとりさま二点まで!!」
「ああ」
「朝十時に開店して、十分で売り切れるマボロシの!!」
「………ああ」
「「っきゃーーーーーーーーっっ!!!」」
「………」
二十代の女性であるマスターと、カイトのノリがまったくいっしょだった。
シンプルながら愛らしい、洋菓子店の紙袋を提げたがくぽはリビングで立ち尽くし、手を取り合って踊るマスターとカイトを眺める。
最近話題になった店だから、もしかしてと思って買って来てみたが、予想以上だった。
いつものおとこぎはどこへ行ったとばかりに、マスターが女性に見える。いや、紛れもなく女性なのだが。
そして弟――は、男なのだが。
「………っと、待て、カイト。二個ということは」
「ん?なに、マスター?」
ぴたりと踊りを止め、マスターが難しい顔で紙袋を睨む。
きょとんと首を傾げるカイトに、リビングにいる人数を指差し数えてみせた。
「私、カイト、がくぽ…………」
「あ」
「…………カイト」
ぱ、と気がついた顔になったカイトに、マスターは深刻な顔を向ける。
「おまえ、『さんひくにー』は、出来るか…………?!」
「………」
訊かれて、カイトは一瞬、ひどくまじめに考えこんだ。反射で両手が出て来て、指を折る。
それからはたと我に返り、顔を赤くしてマスターを睨んだ。
「ちょっと、マスター!!いくらなんでもカイトのこと、ばかにし過ぎだし!!『さんひくにー』ぐらい、カイトでもカンタンに出来るよ!!」
至極まっとうな反論だったが、マスターが愁眉を解くことはなかった。
「じゃあ、いくつだ?」
「え…………えっと、………」
深刻な顔のまま訊かれ、カイトは口ごもった。
身を引き、視線だけをリビングに巡らせて人数を数え、指でプリンの数を折る。
それでも即座に立ち直り、んんっと咽喉を鳴らすと、マスターに向かって立てた指を突きつけた。
「『いち』だよ!!」
指は五本全部立っていた。
思うに、リビングにいる人数とプリンの数が足されている。
しかし口に出して言った答え自体は、合っている――がくぽは微妙に眉間を揉みつつ、放っておくと延々と天然漫才を続けるマスターとカイトの間に割って入った。
「俺のことなら気にするな、二人とも。そもそも、甘いものが得意なわけでもない。二人が歓ぶだろうと思って、買って来たものだ。二人で食べてくれれば、それでいい」
「そうは言うが、がくぽ」
「そうだよ、にーに!」
がくぽが甘いものが苦手だということは、この二人も重々承知している。
それでも『おいしいもの』を食べるときに、家族ひとりだけがはぐれるという状況は、即座には納得しがたい。
「『とろけるなまぷりん』だよ?すっごいすっごい、れあれあなのに………」
「そうだ。そもそも苦労して買ってきた、おまえ本人が食べられないのは………」
「あー………」
カイトにしてもマスターにしても、がくぽより遥かに小柄だ。がくぽを見るときに、目線がどうしても上目遣いになる。
それで二人並んでうるうると見られると、迫力が倍々。
大体にして、がくぽのことを思って大事にしてくれてのことだ。くすぐったいしうれしいし、妙に気恥ずかしくもある。
がくぽは微笑んで、プリンの入った袋を目の高さに掲げると、軽く揺さぶった。
「では、ひと口ずつくれ。それにほら、早くなんとかしないと、温くなってまずくなるぞ。いいのか?」
「「だめ!!」」
慌てて叫んで、マスターとカイトは顔を見合わせた。こくんと、頷き合う。
「ひと口だな」
「ん、ひと口!!」
確認し合ってから、カイトがぱたぱたと走って、キッチンへスプーンを取りに行った。
待つ間に、マスターは頬を掻き、がくぽを見上げる。
「…………おいしかったら、遠慮なく言うんだぞ。やるから」
「………」
年齢設定的なものを言うと、マスターががくぽより年上かどうかは微妙になる。
しかし、『マスター』ではある。がくぽの庇護者だ。
精いっぱいに『おねーさん』ぶるマスターに、がくぽはまた笑い、その頭をよしよしと撫でてやった。
「こら」
「マスター、スプーン………あーっ、にーに!!カイトも、カイトも!いーこいーこしてっ!!」
「よしよし」
マスターは微妙に迷惑げだったが、同年代のはずのカイトは瞳を爛々と輝かせて寄ってくる。
がくぽは苦笑に変わって、弟の頭もよしよしと撫でてやった。
「さて、では……」
「にーに、座って!」
「ん?」
スプーンを分け合ったところで、カイトはがくぽの座椅子を指差す。
首を傾げながらも座ったがくぽの膝に、プリンの容器を持ったカイトが勢いよく座った。
「カイト?」
もぞもぞと蠢いて居心地を追求するカイトに応えてやりつつも、がくぽは一応、訝しい声をかける。
カイトにも、きちんと自分用の座椅子というものがある。マスターもそうで、彼女はきちんと自分の場所に座った。
どうにか満足する形に落ち着いたらしいカイトは、にんまりと笑って兄を見上げる。
「やっぱりサイコーのおやつは、サイコーの場所で食べなきゃ!!」
「………」
「なるほど、カイトは凝り性だな。確かに味は、シチュエーションにも左右される。いくらおいしいものでも、食べる場所と状況は重要だ」
黙ったがくぽに対し、マスターは納得して頷いた。
しかし、最高の場所――が、兄の、膝の上?
それでいいのかと口ごもるがくぽのくちびるに、とろりとしたプリンを乗せたスプーンが差し出される。
マスターのプリンカップからひと匙掬ったカイトが、満面の笑みでがくぽを見ていた。マスターも、真剣にがくぽを見つめている。
疑問その他は脇に除けて、がくぽはとりあえず、スプーンを咥えた。おそらく、まずはがくぽに食べさせなければ、二人が食べだすことはない。
口に入ったプリンは、通常のものよりさらにやわらかく蕩け、それでいながらきちんと、プリンの感触もあった。
風味も申し分ないし、なにより甘さが心地よく調えられている。甘いものが苦手ながくぽでも、純粋においしいと思えた。
くちびるから抜き出されるスプーンの行方を追って、がくぽは微笑んだ。
スプーンを持つのは膝の上に乗ったカイトで、今度は自分のプリンカップから、ひと匙掬う。プリンよりもさらに蕩けるように甘く微笑んで、スプーンを口に運んでくれた。
「………なるほど」
頷いて、がくぽは差し出されるスプーンを咥えた。
きっとこのプリンは、普通に食べたとしても評判に違わない、とてもおいしいプリンだ。
だがそれを、最愛の弟が膝に乗って、甘い瞳で見つめながら食べさせてくれると――
「美味い」
掛け値なしに本気で言って、がくぽは笑った。
見つめてくるマスターとカイトに、頷く。
「食べてみろ。美味いぞ」
「ぁは!」
「いただきます」
笑顔二つを眺め、がくぽは支えとしてカイトの腰に回した腕に、わずかに力を込めた。