B.Y.L.M.

ACT4-scene2

「んん、ん、んちゅ……っ、ぁ、はむ、は……っ」

強い酩酊に眩んだカイトの動きは、ためらいが消えたとしてもやはり、覚束ない。

先のような戸惑いや羞恥はなくなり、むしろよほどに熱心に、夢中になってがくぽに吸いつき、舐めしゃぶっているが、ひどい酩酊状態だ。

結果、手にしろ口にしろ、戸惑いと羞恥からためらっていた先と、さほどに動きが変わった感もない。

が、とにかく熱心だ。熱心であり、放埓で、いっそいとけない。

「………なるほど?」

丹念にカイトの変化を観察していたがくぽは小さく頷き、手を伸ばした。くしゃりと、カイトの頭を撫でる。

「ん、んんん、………んふ…っ」

こういったふうにがくぽが幼子扱いをすると、微妙に物言いたげな顔で見返すのが、カイトの常だ。

しかし今は違った。もとより飴玉にむしゃぶりつく子供のような、無心で無邪気な風情を醸していたが、その様子まま、がくぽに笑いかけた。

媚びるのとは、違う。慕って、甘える色がある。

王太子として自分を律するわざに長けたカイトは、こうなって二月を経ても未だ、夫であるがくぽにそうそう甘えてはこない。

がくぽが夜の、あからさまに年下である少年の見た形ならまだそれもわかるが、こうして昼日中、同い年か年上かという、青年の姿であるときにも、そうだ。

カイトより遥かに逞しくなり、丈高くもなった体をもってしても、淀みない会話や思考でもって相手をしてもだ。

カイトはおいそれと、がくぽに寄りかかることはしない。

王子として生まれ、王太子の任を負い、自立せよ、自律せよと、幼少期からそう育てられ、そう生きてきた。

たとえ妻であることを容れたところで、だからと夫に寄りかかることまで良しとはしない。

それが今、向ける笑みはあからさまな甘えに蕩け、無邪気な信頼すら垣間見えた。

そして手にはがくぽの雄を握ったまま、結局口だとて、しゃぶりついたままだ。

普段の、理性が勝つ状態でなら、あまりにはしたなくあさましいと、決してやらないだろう。

「完全に、酔っておられますね」

笑い返し、がくぽはまた、カイトの頭をくしゃりと撫でた。口をつけたままとしても動きの止まったそれを促すように、軽く押す。

「んんっ」

やはり機嫌良く笑って逆らうことなく、カイトはまた、舌で舐めて吸い上げてと、口での奉仕に戻った。

置いた手を退けることなく、やわらかに髪を梳いてやりつつも、がくぽはわずかに眉をひそめた。

「うすうす、予測はしていたが……やはりカイト様は、私の体液で酔うか。単に性交時の感度の問題でなく、催淫効果が強い――のは、私の体液の特性かそれとも私とカイト様の相性か、さてまた『花』の特性か……」

「ん、んぷっ」

どこか研究者然として観察する風合いのがくぽに、カイトは顔を上げた。ふるりと首を振ると、未だ頭を抑えたままのがくぽの手を払う。

押さえていたわけではなく、軽く乗せていた程度の手はすぐに離れるが、言ってみれば拒絶のしぐさだ。

「どうしました?」

ゆえもなく拒絶されたわけではないだろうと、がくぽはことさらにやさしい声で訊く。

懲りることなく戻った手で再び髪を梳かれたカイトといえば、そんながくぽにとろりと蕩けきった瞳を向けた。

こぼした唾液にてろりと濡れ、擦れて朱を刷くくちびるが、おっとりと開く。

「ぁ、くぽ……ぁくぽ、……ねほし……ちょぅ、だい?」

「おや……」

強い酩酊のなかで、眩みながらだ。舌もうまく回らないのだろう。カイトは壮絶に舌足らずな調子で、しかし懸命に強請ってきた。

蕩けきった表情に、瞳の色に、声音に、あるのは甘えだ。なにより信頼だ。カイトが甘えて強請ったことを、夫は決して断らない、きっと容れて、叶えてくれると。

信頼しきって、全身で甘ったれている。

「………っ、ふ、ふっ!」

堪えきれず、がくぽのくちびるからは笑いがこぼれた。懸命に咬み殺そうとはするが、おかげで全身が震える。

「ぁく、ぁくぽ、ぉねが……ん、おねが、ぁ……」

覚束ない手で雄を扱き、先端をくちびるで揉むように甘く食みとやりながら、カイトのあられもないおねだりは続く。

「ぁ、くぽ……」

「ああ、ええ、はい、カイト様」

がくぽは懸命に笑いを堪え、一度は浮いてしまった手をカイトの頭に戻した。やわらかな髪を、さらりと梳いてやる。

「仕様のない方ですね、カイト様……疲れましたか舐めるのはもう、飽きた早く欲しいですかね。おひとりではこれ以上、おしゃぶりができませんか」

「んん……っ」

言っている内容ともあれ、雰囲気全体を取れば、幼子の扱いだ。いったいいくつだと思っているのかと、今日こそ決着をつけようかと、普段ならきっと、基本は鷹揚なカイトの堪忍袋の緒も切れる。

だが、酩酊しきって理性を失ったカイトには、この扱いのほうが心地よい。素直に身を任せることもできるし、なおのこと甘えてもっとと、強請ることもできる。

「ぁくぽ……んっ」

それまで背を伸ばして座っていたがくぽが身を屈め、カイトのこめかみに顔を寄せた。軽く音を立ててくちびるが触れ、同時にすんと、香りを嗅がれる音がする。

手に握っていたものがあからさまに脈打ち、つられるようにカイトの胸も高鳴った。

『おいしいごちそう』を求めて、カイトが放つにおい――花の香に、依存する性質であるがくぽの体がつられているのだ。

花に依存して生きるというがくぽは、この香りを嗅げばすぐにでも勃起状態となるうえ、限界も早い。

極端な話、カイトはほとんど、手を添えているだけ、眺めているだけで、いい。香りを嗅がせているだけで、がくぽを射精にまで至らせることも可能なのだ。

それを避け、きちんと『奉仕』させるべく――『恥じ入りながら奉仕に励むカイト』という絵面を堪能すべく――、今日のがくぽはカイトと対した際に自分が風上となるよう、座った。

手は伸ばしても顔は寄せないようにし、極力この香りを吸わないよう、勝手に反応しないようにとしていたのだ。

カイトもカイトで、がくぽがそう配慮していることはわかっていた。

不慣れも極まる初心者に奉仕を求めるのだから、ちょっとは『助け』があってもいいのではとは、多少、思った。

思ったにしても、心身の健全な反応を完全に無視し、自分の思うがままにすることとなる花の香頼みというのは、カイトとしても気が引ける。なにかしらの矜持や尊厳といったものを甚だしく無視し、だけでなく、蹂躙しているような気さえするからだ。

それはもちろん、がくぽもそうだが、自分に対してもだ。

がくぽにとっては至極当然のことであり、ことさら問題とするようなことでもないらしいが、カイトは違う。性質のこともあるし、生まれ育った環境もある。そうそうすぐと割りきれるものではない。

ましてやがくぽとこういった関係となってから、少なくとも二月近く――まさに言葉通りで夜もなく昼もなく、さんざんに貪ってきた。

貪る身はともかく、貪られる身の負担というものがある。

――そうだとしても、これ以外の方法を取る気はありませんが。

案じるカイトに、がくぽはうすら笑って言いきった。夜も昼もだ。

主に傾倒し、命令には絶対的な隷従が常態の騎士とはいえ、こればかりは決して譲らないと。

がくぽが自身の意志でもって選択し、決めたことだ。体に負担がかかったところで自業自得、カイトの知ったことではないというものだが――

だとしてもカイトは極力、香りに頼むことをせず、成し遂げようとしていた。

求めてしまったのは、強い酩酊に理性が完全に消えたがため、甘えの本能のほうが勝ったがゆえだ。

「……おかわいらしいことだ」

「んっ……っ」

そのまま離れることなく、がくぽはカイトの肩に額を預けるようにした。姿勢の均衡を取ろうとしてだろう、ばさりと、背に負う巨大な翼が羽ばたく。

音と風に呼ばれ、ちらりと視線を投げたカイトだが、見入るとまでは及ばない。

『補助』を強請られたものの、がくぽは体を傾けただけだ。それ以上はしないが、それで十分、十二分でもある。この格好であるなら、あとは息さえしていてくれればいいのだ。

がくぽが呼吸するごとに、手のなかのものがどくりどくりと脈打ち、太く、硬く、漲っていく。

カイトの視線はすぐさま、そちらに奪われた。

「ふぁ……っあ、ぅふっ!」

喜声を上げ、カイトは束の間止めた手をまた、動かし始める。ひとのものを扱くに、未だ手つきが不慣れで覚束ないのは変わらないが、がくぽの反応は見違えるようだ。

「ぁ、ぁふ、ふぁあ……っ」

声のみならず、カイトの表情も笑みにほどけた。

とはいえ、無邪気にあどけない期待に満ちた笑みで、望むものだ。比較するに、醸されるいとけなさとの隔たりが大きく、背徳感まで煽られる。

がくぽはさらにカイトへ顔を寄せ、首元に鼻をつけた。すんと、意識しながら香りを嗅ぐ。

「ここ最近、落ち着いていらしたものを、ずいぶん強く、香らせて……そうまで空腹にした覚えは、ないのですがね体液の作用ですか上からのほうが、効果が強いのか……否、違うか。下でも、ひとたび出したあとは、これに近かかったか……余程の気がかりがなければ、ふたたびめ以降は、こんなものか」

香りを嗅ぎながら紡がれるがくぽのそれは、独白とも取れるし、無邪気に興じるカイトに問うようにも聞こえる。

どちらにしても、今のカイトにその意味は取れないし、答えることもできない。正気に返ったあとに、覚えているかどうかも怪しい。

どうであっても構うことなく、がくぽはすんと鼻を鳴らし、自分を蝕む香りをひと呼吸ごとに体へ入れる。

「とはいえ先走りだけで、こうまで、っ」

――ようやくにして言葉が止まり、がくぽはきりりと、奥歯を軋らせた。それで湧き上がった衝動を一度、なんとかやり過ごす。

「は……」

小さく息をつくと、がくぽはわずかに体を起こした。とろりと滲むもので手を汚し、くちびるを濡らして歓んでいるカイトの頬にくちびるを当てる。

「んっ?」

きょとりとした目を向けたカイトに、がくぽは笑って、軽く顎をしゃくった。

「そろそろです。もうひとたび、そのおかわいらしいお口に含んで、しゃぶっていただけますかよりおいしいものを、もっとたくさん、食べさせて差し上げますよ」

「んんっ……っ」

がくぽの言いように、強い酩酊状態で理性を失っている今のカイトも、さすがに羞恥を募らせた。目元を染め、表情を歪める。

けれど逆らわない。

わずかに拗ねたような風情でくちびるを尖らせたものの、がくぽが促すようにしてにっこり笑いを強めると、その表情はすぐに蕩けた。ともにふにゃりと溶けた体が沈み、限界を訴えるがくぽのものにくちびるをつける。

「んちゅ、ん、ぷ……っ」

ぺちゃぴちゃと、小さな獣が水を飲むにも似た音を立てて先端や周囲を舐めてから、カイトは意を決したように口を開け、漲ったものを咽喉奥へと呑みこんでいった。

「んっくっ……っ」

「ああ、よく思いつきましたね……気持ちいいですよ。よく締まって、……堪えきれない」

「んんっ……、ん……っ」

堪えきれないと言いながら、がくぽの声はまるで限界とは程遠く、やさしい。やさしくとも、カイトが咽喉奥まで懸命に呑みこんだものは確かに脈動し、――

「出しますよ、カイト様。どうかこぼさず、お行儀よくお食べくださいね」

「んく、ぅ………っっ」

やわらかくも、厳然と後頭部を押さえられ、直後に咽喉奥へ噴きだすものがある。

初めてで、不慣れだ。こういった状態で飲みこむ方法も知らない。

押さえこまれて抜くこともできず、噴きだすものを受け止めさせられたカイトの瞳から、ぼろりと涙がこぼれた。喘ぐ体がびくびくと、陸に揚げられた魚のように痙攣する。

それでもこれが、『花』だという証左なのか――ひとの精諸共に、力を喰らうという『花』の。

カイトの体は押しこまれたものをきちんと呑みこみ、腹とともにこころも満たされて、――笑った。

艶やかに、開く花びらが煌くさまが、まざまざと見えるほどに。

「………まあ、なんと言えばいいか悩みますが、ええ。つまり、――こわいですね」

こくりこくりと咽喉を鳴らして飲みこみながら、陶然と蕩けて笑うカイトに、がくぽは苦笑する。

「今はいいんですがね、正気に返られたあとが、………否もちろん、正気を取り戻されてから恥ずかしがり、悶え嘆くあなたもとてもおかわいらしくて、まるで嫌いではありませんよむしろ好き過ぎて、それでこういうことをやってしまうわけですが、ええ………。いくらどうでもやり過ぎだと叱られることも、容れましょう。ですが、ね……ええ。まあ、それでも言うならつまり、――こわい、ですねえ……」