B.Y.L.M.
ACT7-scene12
「ぁ、く……っ」
「『旦那様』ですよ、カイト様」
容赦もない快楽に追いこまれ、追い詰められ、ひたすら名を呼ぶカイトに、がくぽは嗤ってつぶやく。
奥所を弄り、拡げていた指を抜くと、カイトの香りと媚態とにさんざん煽られ、硬く張り詰めて漲りきった自らのものを取りだした。
しがみつかれていた体を無理やり引き剥がして浮かせ、これ見よがしに、カイトへ示してみせる。
「欲しいでしょう?腹のなかを押し開き、掻き混ぜ、突き上げ、奥の奥へと、私の精を放って……ねえ?愛おしいあなたが望むなら、なんで与えないことがありましょう。あなたがひと言、求めてくださったなら、それで私はこの身を尽くすにためらいなどない。ご存知でしょう?だから、カイト様………」
「ぉ、まえ、は、っ……っ」
甘く、熱っぽくささやく男に、カイトはぐずりと洟を啜った。
求められるものがこころであるなら、カイトも与えるにためらわなかった。
今なら、罪悪感と快楽とに惑乱しきった今ならきっと、与えただろう。秘して沈め、抑えこみ過ぎて溢れる寸前のそれを。
だが、がくぽが求めたのは正確に言って、『こころ』ではない。即物的で、俗物的なものだ。
その淫奔の性に逆らうことなく、雌として、雄を求めよと、――
求められるわけがない。あまりに浅まし過ぎる。いかに夫に対して罪悪感を募らせても、それとこれとは別だ。
否、罪悪感を募らせる由来が由来であればこそ、この求めに応じるわけにはいかなくなる。
この敏い男が、どうしてわからないのだろうと、カイトは憤りとともにくちびるを噛んだ。
これでカイトが言われる通りに求めたなら、またくり返しだというのに。体だけの、こころの伴わない。
最愛の相手であればどうか、こころもくれよと、血を吐くように求めておいて、どうしてこうなるのか。
カイトが差しだそうとした誠実は、空模様のごとくに目を曇らせた青年には読み取れないようだ。嗤いながら、夫を求めてひくつくところに、先端が擦りつけられる。
「ああ、力加減を少し誤れば、すぐと呑みこまれそうですね?やわらかく、ひくついて、物欲しそうだ。カイト様、おねだりの言葉はお教えしたでしょう?ひと言ですよ。それで、腹が満たされます。私はあなたのものです、いつもの通りにね」
「ふ、く……っ」
言いながら、がくぽはほんのわずか、先端をめりこませる。が、呑みこむというほどではなくすぐに抜き、また表面を擦るだけに戻ってしまう。
浅いところを掻くというものでもなく、ほんとうに入り口を揉みほぐされているに等しい。
頭が眩み、視界が瞬いて、カイトは歯を食いしばった。強過ぎて、奥歯が軋む。
カイトがどれほど誠実を望み、真摯たらんと願っても、がくぽの言う通りだ。
体はすでに、妻として存分にしつけられ、馴らされている。夫がなにも反応していないならともかく、こうして滾り、猛って求めてくれるなら、この体は歓んで、開いてしまう。
それでも気持ちが醒めていれば、いくらでも耐えるだろう。むしろそんな男を、冷笑したかもしれない。気持ちが、こころが、男になければ――
「ぁあ、カイト様……カイトさま。やわらかく、あたたかいあなたに包まれ、きつく、喰い千切らんほどに締め上げられ、求められて、精を放ちたい。あなたの腹の最奥に、私の精を、たっぷりと………放ったなら内襞に擦りつけて、塗りこみ、掻き混ぜて」
「ぃ、や……っ」
陶然と、飢えきって、がくぽはこぼす。実際には垂らしていないが、牙を伝い滴る涎が見えそうな有りさまだ。
それもそのはずで、がくぽに焦らされ、募らされるばかりのカイトの体は、きつく香っているはずだ。
意思に因らず、本能に因る体はがくぽを求め、荒れ狂っている。そこにあるとわかっているものを、見せつけられているものを、なりふり構わず求め、欲して、なんとか夫の理性を瓦解せしめんと、誘淫の香をきつくきつく、香らせているはずなのだ。
花に依存して生きるというがくぽは、この香りに抗するすべを持たないと言っていた。容易く理性を持って行かれると。
夜の少年も、昼の青年もだ。限界を超えて昂ぶり、滾って、衰えるを忘れる。
そのはずが、昼の青年は苦しげに顔を歪めても、未だ耐えている。風を起こして香りを散らしている様子でもないから、影響は強いはずだ。それでもカイトが求めに応じるまではと、耐えている。
このひねくれものがと、カイトは惑乱する頭の片隅でつぶやいた。
ひねくれた夫だ。ひねくれた男だ。
生育環境を考えれば、致し方ない面はある。あるが、敏い男ならばカイトが『今』、抵抗する理由もわかって良さそうなものを、ひねくれたこころが目を曇らせ、判断を狂わせる。
最前、根づいたのどうのというときにもやった、それを――
「カイトさま」
陶然と、がくぽは呼ぶ。飢えきって、餓えて、喰い荒らしたいと欲に満ち満ちて、妻たるカイトを眺め下ろす。
そうでなくとも過ぎ越した美貌が、もはや毒だ。熱を帯びて潤み、でありながら渇望に干上がり、狂わんばかりの強さでカイトを求めている。
いつもはなんとなしに救いとなる異形であることが、今はなお、事態を悪化させた。
欲に眩んで求めるさまが、捻じれ曲がった巻き角と、闇を負ったがごとき黒翼の、悪鬼の異相にぴたりと嵌まるのだ。
もはや笑劇だ。幼いころ、寝物語に聞いた、あるいは古いふるい書物で読んだそれが、まさに目の前にいる。
カイトに夫として求められることを、望まれることを、希い、待っている。
求められるまでは決して、夫として振る舞うことはしないと――
なにがおそろしいといって、なによりおそろしいのは、それでも夫はうつくしいということだ。
陶然と蕩けて見入らずにはおれないほど、カイトの目に、夫がうつくしくしか見えないことだ。
異形であるとは、思う。悪鬼の異相であると。
思うのに、寝物語に聞いたときには、あるいは古いふるい書物で見たときには、ただひたすらおぞましいものでしかなかったそれが、堕するも仕方ないと嘯きたくなるほど、突き抜けてうつくしい。
思考も理性も蕩かされ、抵抗の余地も見出せない、まさに異形の美――
「カイト様」
「ぁ……っ」
呼びかけられると同時に、また、先端がめりこんだ。期待にカイトの胸は躍り、腹が震える。物欲しげにひくついていた場所が、あからさまに吸いつくような動きとなった。
すでに堪えられていないと、思考の片隅が愕然と叫ぶ。そんなことはわかっている。わかりきっている。わかって――
「ぁ、ああ………っ」
先端の、ほんの先の先がめりこんだだけで、またしてもがくぽは腰を引く。雄の香りは、一段と強くなった。きっとカイトの発する誘淫の香もだ。
それでもがくぽは腰を引き、息を荒げながらも、物欲しげに表面を撫でるだけに戻ってしまう。
こんなことは、浅ましい。浅ましい限りだ。どうしてこの夫はこういう、肝心なことを肝心なときに。
焦らされて惑乱するカイトの思考が沸騰し、あとほんのわずかも放り置かれれば、爆発する。
――そういうところだけは機微を読み取ったように、がくぽは切なく瞳を細め、くちびるを開いた。とろりと咽喉を灼く、蜜毒のような声が、滴る。
「カイト様――どうか」
懇願だ。蜜毒のような声で、しかし嘆願だった。
騎士たるものが最後は泣き落としかと、騎士の名折れもいいところだと。
そうまでこの騎士は、追いつめられているのか。追いつめたのか――
誰が――だれ――……………自分が?
――なんと憐れで、憐れに、あわれなこ。
思った直後か、同時かだ。
ぱちんと、なにかが弾け飛ぶ音が響いた。そう、カイトは感じた。
がくぽは夫だ。カイトを愛して望み、能う限り誠実を尽くさんとしてくれる。
傷つけたくない。もう二度と、傷を抉るまねをしたくない。
これ以上、いたぶられなくてもいいはずの相手だ。
がくぽに掛けたままのカイトの手に、力が入った。来てくれとしぐさでも乞いながら、カイトは戦慄くくちびるを開く。
「ぉ、ねが、………ぉねが、ぃ……………だ、んな、さま」
震え、閊え、掠れながら、乞う。
欲に負けた。浅ましく、浅はかで、浅薄な――短慮で、愚考にして愚行の極みであり、恥を知らないにもほどがある。
違うとも、思う。夫を慈しみたいと、いたわりたいと思えばこそ、カイトは折れたのだ。傷つけたくない、いたぶりたくないと思えばこそ、節を曲げた。
けれど否定の根拠も薄い言葉は思考を回り巡り、強い意味を持てばこそ、痛む胸とともに急速に膨れ上がって、――
カイトのこころを破り、裂いた。
その瞬間、戦慄き、苦痛とともに言葉をこぼしていたカイトのくちびるが、へらりと緩む。涙を湛えていた瞳がぶれ、強張り震えていた体からも力が抜けた。
やわらかにほどけきって、カイトは笑う。笑って、伸し掛かる夫を映し、さえずった。
「ぉねが、い、だんなさま、だんな、さま………ぉかして、だんなさま。だんなさまの、で、」
「……カイト様」
ふっと、瞳を見張って言葉を呑みこんだがくぽに、カイトは明るく笑い、放埓に強請り続ける。
「だんなさま、おねがぃ、おか……んんっ」
くり返しさえずるくちびるを自らのくちびるで塞ぎ、がくぽはカイトの腰を抱え直した。もはや快楽を超え、痛みしか感じないほど張り詰めきったものを、宛がう。
「んんっ、ぁ、だんなさま」
「どちらかで良いと、申し上げたのですよ、カイト様」
喜色に満ちて歓声を上げるカイトの無邪気な様子に、がくぽはささやき、優しく笑う。声は恭しく、痛みに満ちて、沈んだ。
「あなたを壊したかったわけでは、ないのですが……ああでも、カイト様?こわれたあなたは、なんといとけなく、愛らしいのか。私をこれほど素直に求めて、…大事なだいじなあなただというのに、なにより守りたいあなただというのに、もっともっと壊したくなる。もっともっと、後戻りも叶わぬほど――これは私が、あれの、っ」
「んん、んっ」
咽ぶような言葉はカイトのくちびるに呑みこまれ、同時に宛がうだけで止まった、焦らされきって痛み張り詰めるものも呑みこまれていく。
狭く、きつく、女の洞とは違う。違っても粘膜であり、襞であり、そして『花』だ。女以上に歓んで、雄を喰らう。
「だん、な、さま、ぁ、だんな、さまぁ……っ」
背を仰け反らせ、びくびくと震えながら、カイトは健気に呼び続ける。締め上げはきつく、下手な動き方をすれば、さすがにやわな内襞を傷つけそうだ。
それでもがくぽは捻じこむようにして腰を押し進め、奥の奥、根元まで呑みこませた。
「ぉく、ぁ、お、なか、ぁ………っ」
「ええ、カイト様……あなたの大好きな『だんなさま』で、いっぱいでしょう?」
「ぁ、んふっ、ん、いっぱ、だんなさ、ま、いっぱ……」
まるで幼子に言い聞かせるような調子のがくぽに、カイトも満足しきった顔で笑う。揺らめく足ががくぽの腰に甘えるように擦りつき、カイトはまたしても、ぶるりと震えた。
「ぁ、ふ、ィく…っ」
つぶやく、カイトの震えは止まらない。一度は緩んだ締めつけがまたきつくなり、がくぽは眉をひそめた。小さく、吐息を漏らす。
「仕方がない。こうなった以上、どうせ一度では終わらせぬでしょう――あなたも私も、互いを貪り尽くさねば」
言い訳のようにつぶやき、がくぽもまた、ぶるりと身を震わせた。苦痛を堪えて、奥歯が軋む。
ほんの束の間のあと、カイトが背を仰け反らせた。
「ぁ、あ、ぉな、か、ぁつ……っ、ぁ、っ」
カイトは驚いたようにつぶやき、身を震わせる。
突きこんで即、欲を吐きだした形になるがくぽといえば、しばらく荒い息をついていた。が、腹に噴きだしたものをカイトが味わい終わる前には、形を取り戻す。
「おいしいですか、カイト様?あなたの夫の味です。好きでしょう?」
がくぽは誑かすように言いながら、カイトの腰を抱え直した。
カイトにもしも理性があったなら、なんということを訊くのかと詰り、羞恥に暴れただろう。
けれど今のカイトに、理性はなかった。瓦解し、崩れて、ただ本能のみままで味わい、貪る。抑えるものとても、なにもなく――
なにも、抑えられようもない。そのはずの。
カイトは、笑い返す。瓦解し崩壊しきってにっこりと、まるで稚気に溢れて。
「ぉ、いし……だんなさま、だんなさま、もっと………もっと。もっと、ぉかし、て?」
愛らしくねだりながら、きゅうっとがくぽにしがみつく。
ねこのように肩口に擦りつかれ、がくぽは小さく息を吐いた。しがみつかれてよく見えないカイトを、それでも複雑な色を含んだ目で、眺める。
ややしてつむじに頬を寄せると、すりりと擦り返した。
「あなたが望むなら、いくらでも。どのようにでも――………今のあなたに、意図することができようはずもない。だから『これ』は偶然か、さもなくば………」
『そういうこと』であるか、どちらか。
問いは言いきることもできず、無邪気に続きを強請るカイトのくちびるに。