どうしてこうなった。
いったいなにをどうした結果、こう――
曲がりくねった道
星の夜-第1話
「ん、ん……っく、ひ……っく、……っ」
抱えこんで肌を弄っていた恋人が、泣いている。
あえて強調するが、『啼いて』いるのではない。
それはもう、憐れとしか言いようがないほど、次から次へと涙をこぼして泣いている。号泣に近い。俗語で言うなら『マジ泣き』か『がち泣き』か。古語で表すなら――
どうしてこうなった。
答えは簡単である。
悦すぎるのだという。
「カイト」
「ひぅっ!!」
耳朶に触れるか触れないかのところにくちびるをやり、切なく募るものを名前に変えて吹きこんだがくぽに、カイトは竦み上がって悲鳴をこぼした。
「ぁ、あ、や……っ、ぁあっ………っ」
かん高い声で啼きながら、カイトは顔を引きつらせ、体を痙攣させる。軽い絶頂だ。
名前を呼んだだけだ、がくぽは。それも、触れるか触れないかのあえかなところで、ただひと言。
それでカイトは絶頂を迎えてしまう。ごく軽いものではあるが、――
軽いものでも、積み重なれば負担は激しい。いわば塵も積もれば、だ。
ましてやカイトは基本、低スペックロイドだ。そこまでの快楽は、処理限界を超えている。
「め、めって……っ、トんじゃ……イっちゃ、からっ………キレちゃ………っぁ、ぇぅううっ!」
「あー……よしよし………」
限界を超えた処理を与えられ続けたカイトは、駆動系が灼き切れ、回路が落ちることに怯えて泣きじゃくる。
イケナイのはこのごっどはんどデスカーデスネーと、がくぽは自分の右手を握ったり開いたりとした。
もちろん、自棄だ。
確かにカイトに比べればそういった知識も豊富で、経験もあるがくぽだが、さすがに『ゴッドハンド』を自称できるレベルではない。
そんな業師スキルを修得していた覚えなどないのだが、――まさかと思うが、事故で喪失した記憶の穴埋め、贖いとばかりに、実は新たなスキルを無為と詰めこまれでもしていたのか。
そしてそのうちのひとつが俗に言うところの『ゴッドハンド』、つまり――!
もちろん、そんなわけはない。
というわけで、問いは初めに返る。
どうしてこうなった。
答えは簡単である。
カイトが過敏なのだ。
紆余曲折の末、がくぽとカイトは想いを通じ合わせ、恋人となった。
ルームシェアで、もとから同居の仲だ。だけでなく、互いのマスターの祝意という名のご配慮のもと、二人だけの個部屋も与えられた。
「朝起きてから夜寝るまで、いいやさ、寝ている間ですら、思う存分にいちゃつくが良いよ、がくぽくん、カイトくん!」
――とは、がくぽのマスターである火狩の言である。補足するならこのとき火狩は、ちょっとした魔王さま気取りで『ぬはははははh』と高笑いしていた。はしゃいでいたのだ。
だからがくぽとカイトが相愛となるまでには結構な紆余曲折があり、その紆余曲折の内情にそれなりにこころを痛めていた火狩は、思いきり反動が出たのだ。心配を掛けた証というもので、愛情の由縁でもある。
が。
「マスター、そこにネジが落ちておった。お主のであろう?締め直してやるゆえ、ど頭を出せ」
「どどど、どたま?!がくぽくん、そんな爽やかやさしい笑顔で、どたま?!あと俺の頭はネジ式ではないので、その落ちてたネジはむしろドコのナニでやばいくない?!」
「十全に知っておる。いわば比喩だ。が、比喩でなくお主は頭を出せ。締め直す」
「ど、どういう意味で?!シメ直すって、どういう意味で?!あとなんでそんな、にっこり笑顔のまんまなん?!にっこりにこにここーーーわーーーいーーーぃいっ!!」
――そうやって苦言を呈したがくぽだったが、マスターたちの配慮には非常に感謝していた。
なにしろがくぽは溺愛傾向が強く、別居であるならともかく同居でありながら部屋が別などというのは、軽く言っても許容限界をはるかに超えて、耐え難い。
それでもごく最近、今朝までは、カイトは自分のマスターである狭曇の部屋で寝起きをしていた。
理由は諸々ある。カイトが依存気味のマスターっ子であるとか、狭曇のほうも甘やかし体質のマスターであるとか――
同居でありながら部屋は別などという状態が、軽く言っても許容限界をはるかに超えて耐え難いがくぽが、今日まで我慢した。とても軽く言っても精神的拷問の極みだったが、今日まで我慢した。
紆余曲折があったのだ。自分の痛みなど軽んじても、恋人の意向を尊重したい程度に。
その紆余曲折も、今日の昼間に叩き折った。もとい、ある程度解消した。
そのうえで、『恋人』としての関係をもう一段進めること、ステップアップさせることが、この紆余曲折を解決する一助になると判断した。
忍耐が切れたわけではない。我慢がいやになったわけでもない。いや、確かにとてつもなく厭だが――
「お主の寝る部屋はこちらだろうが、カイト」
「ぷぎっ?!」
おやすみなさいの挨拶をして、いつも通りに狭曇の部屋へ行こうとしたカイトだ。その腰を捕らえ、がくぽは半ば強引に、ふたりに与えられた部屋へとカイトを連れこんだ。
「ぁく……っ、ます?!」
「はいおやすみカイトー。うん。実のとこ、その状態のがくぽさんといっしょで『おやすみ』できるかよくわからないけど、たぶんきっと無理なんだけど、うん。なので明日の朝は起こさないでおいてあげるから、安心しておやすみー」
「ます……っ!!」
助けを求めるカイトに、狭曇は笑顔で手を振った。しかも狭曇はすぐに、祝杯を求め叫びながら男泣きする火狩をなだめるのに気を向けてしまった。いわばカイトは見捨てられた形だ。
依存先であるマスターからの仕打ちに、カイトはそれなりに落ちこんだ。一瞬だ。
がくぽが共にいて、しかも夜に寝室に連れこんで、他ごとに気を回している余裕など与えるわけがない。
「危機感というのがどういうことか、わかるか?」
部屋に連れこみ、扉を閉めたところで訊いたがくぽの不機嫌な様子に、カイトは毛を逆立てた。腰を抱かれたままながら背を仰け反らせ、精いっぱいに逃げて答える。
「い、いまっ?!」
「良し。では危機管理意識と飢餓感と男の欲求と捕食衝動と……」
「お、多いっ?!いっぱいっ!!」
「うむ、改めて学ぶまでもなかったか――さすがによくわかっておる、カイト。そうだ、俺はもはやいっぱいいっぱいで、堪えがまるで利かん」
「ちが……っ!!」
抗議を回答と取られて涙目となるカイトに腰を擦り当て、がくぽは満面の笑みを浮かべた。少なくとも、笑みを浮かべる努力はしましたという、笑顔になった。
「こ、ら、え、が!まー、るー、で!き、か、んっ!」
「ぷぃい………っ」
――半ば脅迫で、こういった初めはどうなのかという気はがくぽにもあった。
あったが、互いの抱えた紆余曲折を考えるだに、どこかで強引に押し切る必要性があるとも思いきった。
忍耐が切れたわけではないし、我慢ができないわけでもない。いや、もはやとてつもなく限界を突破してはいたが。
駄々を捏ねる幼児にも似た様子の――内容にはまるで幼児の微笑ましさはないのだが――がくぽに、カイトは大きな瞳を潤ませ、揺らがせていた。
けれど、くちびるを寄せてきたのはカイトからだ。揺らぐ瞳を隠すように瞼を伏せ、欲望に猛る雄を赦し受け入れる証しのくちびるを、がくぽのくちびるに当てた。
軽く触れて離れて、見つめるカイトの瞳は潤む色を変えていた。怯えは未だ見え隠れして、けれど過分な熱と甘さと期待とを含み、がくぽを誘う。
誘われるがまま、がくぽはカイトを貪るべく、手始めにくちびるを寄せた。
そして――
「ひ、ひっく……ひっ、ひぅうっ………っぁ、えぅ~……」
「あー、よしよし、よしよし………」
号泣するカイトをベッドに座り、背後から抱えて懸命にあやすがくぽは手詰まり状態だった。
どうしてこうなった。
答えは簡単である。
紆余曲折を乗り越えての初めての行為にがくぽは手加減しきれず、紆余曲折を乗り越えての久しぶりの行為にカイトは過敏状態に陥った。
相乗効果により、こうなったのだ。