曲がりくねった道
星の夜-第2話
すべては紆余曲折というスパイスが効き過ぎただけのことだが、それにしても始末に負えない。
初めから、兆候はあった。
誘われてくちびるを重ねた瞬間から、妙にカイトの反応がいいとは、思ったのだ。ただそれは、緊張から反応が過敏になっているだけだろうと――
いやだから、このときすでに『過敏』という言葉は出ていた。
出ていたが、それほど重要なことだとは判断しなかったのだ。
取り沙汰せず、行為に没頭してしまえば緊張もほぐれ、そのうちに解消するだろうと。
半ば押し切るように、先へと進めた。
「ま、って、がく……っ、ぁ、まって……、や、ゃ、……っ!」
「待たん。止まれると思うのか、俺がこれで」
「おもゎ……っ、も、まって、ま……っ!」
――紆余曲折の末、今のカイトはいくつか問題を抱えている。
ひとつには、ボーカロイドという声を生業にするロイドでありながら、発話が困難であるということだ。
これは、決められた台本のセリフをなぞるだけであれば問題がない障害なので、『仕事』という面ではあまり影響がない。
困難になるのはあくまでも、日常生活の中での会話だ。自分で感じたこと、考えたことを、自分の言葉に置き換えて発話するのが、うまくできなくなっている。
ところで今はプライベートであり、恋人との時間だ。
カイトの発話の困難度は、最高レベルにまで上がっている。
いつもなら、閊えてどもり、句読点も文節もおかしいカイトの言葉をがくぽが辛抱強く聞き取って意を汲み取るが、だから『恋人の時間』だ。
今のがくぽに辛抱強さはない。絶無とは言わないが、ない。
ために、喘ぐカイトがいつも以上に自分の感覚を言葉に置き換えられず、いわば『感じ過ぎてくるしい』ということを伝えられずに苦慮しているにも関わらず、がくぽもがくぽで察することができなかった。
そうやって発話に困難を抱えたカイトは、いつもであれば体に物言わせることでなんとか、足りない言葉を補ってきた。
ジェスチュア、もしくはボディランゲージだが、ここにも困難はあった。
カイトの体はカイトの意に因らず、がくぽを拒む。
いや、カイトの想いには従っている。つまり、『初めて』のがくぽに対し、すでに『経験済み』の自分を気後れし、過剰に怯えた結果、拒む動きが出てしまうという。
キスまでは、問題ない。ただしくちびる、もしくは首から上が前提だ。
キスが首から下、ましてや体幹に及ぶような気配を察すれば、カイトはがくぽを突き飛ばして逃げる。
一度『経験』してしまえば、この問題は解消する。
と、がくぽは踏んだ。
カイトの判断基準が、『がくぽはカイトと初めてする』ということに因っているからだ。一度して、『初めて』でなくなってしまえば、容易に乗り越えられる壁だ。
そうだとしても、この問題の発生原因に関してはいずれ、過去の自分と是非にも話をつけたいところだと、がくぽは根深い怨みを自分に刻みつけているところだが――
いずれのことはいずれで、今は今のことだ。
解消する目途が立ち、それは自分にとっても大変都合がいい。なにがとは言わないが、とても都合がいい。
――ので、拒む動きに出ても影響が最小限に止まるよう、がくぽはカイトを背後から抱えて弄った。
ベッドまでは正面から対していたものの、そのまま押し倒すような愚は犯さない。カイトに突き飛ばされ、そうすると自分の意に因らない行動にカイトが恐慌を来し、できるものもできなくなるとあからさまにわかるからだ。
だからさりげなく位置取りを変え、カイトが腕を突っぱねても影響が少ない背後を取った。
それでもカイトの体はある程度暴れ、抵抗したが、あくまでも『ある程度』で治まる範囲だ。がくぽの施す愛撫を止めるには至らず――
そう。
止められなかった。
結果、これである。
体を繋げるところまで、辿りつけもしなかった。どころか、下半身までも到達していない。
上半身を弄る段階で、カイトはすでに息も絶え絶えだった。何度となく訪れる軽い絶頂感の負荷と恐怖とに耐え切れず泣き始め、それでもがくぽが止まりきれずにいたら、最終的には号泣だ。
どうしてこうまでなったかといえば、だから答えは簡単で、複合的に面倒だった。
「カイト、なあ………つまり、お主だが。『して』おらなんだか。俺と別れてから」
「っ!」
「自家中毒という言葉があろう。確かにまあ、俺たちはロイドだが、機能としてあり、行動として、感覚として知った以上、ある程度は定期的に、うむ。まあ、つまり、アレだ。いわば、そう、面倒を見てやらねば、それなりに、な?不自由なものだぞ」
やりにくい話題もあったものではない。
がくぽはすでに寝間着を脱いで裸で、カイトも同じだ。
背後からでも素肌同士で触れ合っていて、これだけ号泣されてもがくぽはカイトを離すに離せない。抱えこんだまま、けれど刺激を重ねると悲鳴を上げながらさらに泣かれるので、ただ抱えこんだまま。
逢瀬に没頭して、あるいは普段の会話でからかい交じりにやるならともかく、この状態でのこの手の話題は、最悪だ。
下手をすれば、そうでなくとも傷ついている相手を、救いようもないほど傷つける。
「で、今のお主だ。つまり、そういうことであろうと、思うわけだが………それで、な。まさかと思うが、俺と別れて以降、今日まで『して』おらなんだとか、言うか。つまり、自分で慰めるとか、ひとり遊びとか言われる、そういうもののことだが……いや、うむ。一度もとは、まあ、さすがに、言わん……が……」
やりにくさに全身から冷や汗を掻く心地のがくぽに、強張っていたカイトが洟を啜った。大きく啜って体を膨らませ、叫ぶ。
「って、ないっ!」
「カイト」
膨らむ体を押さえこむように抱えるがくぽを、カイトは首だけ振り返らせて睨みつけた。
こぼれる涙はそのまま、言い切る。
「いっかいもっ!して。ないっ!!」
「あぁあ………」
カイトなら、ない話ではない。他の男ならともかく『カイト』――KAITOであれば。
そう思いつつも慨嘆をこぼしたがくぽに、体を戻して視線を外したカイトは身を固めた。こぼれるばかりで止めるすべもわからない涙を手の甲で乱暴にこすりながら、吐き出す。
「でき、ない。もっ!がくぽ……っ、じゃ、ないとっ!イ、けないっ!もっ!そう、おしえたっ!!」
「ぁああーーー………っっ」
――がくぽのこぼす慨嘆は、悲痛を極めた。絶望感と脱力感が過ぎて自分で自分の頭を支えられなくなり、カイトの肩に額を預ける。
対照的に、決意はますます強固に、確固とした。
いずれ絶対、必ず、過去の自分とは話をつける。縊り殺す程度では足りない。本当に足りない。不足を補うための料理方法を入念に考え練った、専用のファイルを作る必要がある。
もちろんがくぽも、それが『今』の自分に跳ね返るものだということは、よくよく理解していた。
なぜなら関係が順調に進んだ場合、自分も最終的にはそこに辿りつくからだ。つまり今、カイトが叫んだような――自分が関わらなければ、自慰も満足にできない体にするという。
相手はカイトだ。殊更に初心な相手だ。挙句、素直だ。他の相手を仕込むより簡単に、そこの手ほどきは済んだだろう。
どうすればそうなるか、がくぽの執念深く過ぎ越す独占欲はすべての手順を今すぐに、並べて詳述することができる。
記憶がなかろうと、自分は自分だ。
がくぽが忘れても、カイトは忘れていない。覚えている。そんなところまで、詳細に、すべてを。
無理だ。
堪らない。
「………」
「っぁ、ひっ?!ちょ、まっ……がくっ、ぁくぽっ!めっ!ま、………っ!!」
カイトの肩に頭を預けたまま、がくぽのゴッドハンド、もとい右手が動いた。左手ではもがくカイトの体を抑えつつ、先には辿りつけなかった下半身へ伸ばす。
この数瞬で多少、落ち着きを取り戻していたカイトの男の証を握ると、体と同じほど跳ねまわるそれを撫で上げ、擦り扱く。
「ゃ、がく、ゅるし……っ、はな、めっ、……っ!」
「無理だ。止まらん」
「ぃ……っ!」
懇願するカイトを撥ねつけ、それでも治まらずにがくぽは額を擦りつけていた肩に牙を立てた。飢餓感が満たされる。同時にこれ以上なく加速し、眩暈とともに思考が堕ちていく。
『自分』の手でなければだめなように、もはやカイトは仕込まれているという。
自分、がくぽの手だ。がくぽが関わらなければ、カイトはどんなに求めても極みを味わうことができない。カイトの体だというのに、カイトに絶頂を与えられるのはがくぽだけなのだ。
なんというご馳走か。
なんというご褒美か。
なんという――
がくぽの手が神懸かる必要もなかった。仕込まれた体という以上にカイトは今、過敏状態なのだ。
「ゃ、あ、ぁ、ひ………っぃ、……………っっ!!」
もはや喘ぐことすら満足にできず、カイトは久しぶりにその絶頂感と解放感を味わった。
同時に意識も飛ばしたので、どの程度味わえたものか、がくぽにはわからなかったが――