がりくった道

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「ん、んん……ふ、んちゅ、ふ、ふぁ………」

力強い腕で恋人に抱えこまれ、くちびるを貪られる。

始まったきっかけがなんだったのか、もうすでにカイトの中では曖昧だ。確か、互いのマスターが出かけていて不在で、なんとはなしにふたりともリビングにいて――

話していたと思う。

他愛もないことだ。ソファに並んで座って、カイトの覚束ない言葉を辛抱強く聞いてくれながら、溺愛傾向の強い恋人は、しきりと髪を梳いたり首を撫でたりと触れてきた。たまにツボに嵌まることがあって、くすぐったいとカイトが笑うと、さらにうれしげに触れてくる。

その軽い触れ合いの延長で、くちびるを撫でられ、重ねられた。そして気がつけば会話は置き去りで、互いにキスに溺れこんでいる。

カイトの肉づきの薄いくちびるは何度もなんども吸い上げられ、牙を立てられ、飽かず食まれた。

恋人が貪るのは表面のみならず、口の中にも舌を捻じこまれ、歯列から歯茎から、くまなく探られる。苦しさに追いだそうとするカイトの舌の動きは、障害にならない。むしろ恋人を煽り立てるらしく、さらに夢中になって吸いつかれる。

「ぁ、ふぁ……ぁ……んん」

むずかるような鼻声を上げながら、カイトもまた、恋人のくちびるへと吸いつく。

それなりに節度ある距離を保っていた体は、力強い腕に抱えこまれ、隙間もなく密着した。

だけでなく、溺れ蕩けて崩れていくカイトの体に任せ、伸し掛かられる体勢へと変わりつつある。

「んん、ふく……ぅ」

ロイドというのは――たとえ旧型といえ、こうまで繊細につくりこまれているものなのかと。

激しく濃厚なキスに溺れ、思考を眩ませながらも、カイトは感心する。

カイトはロイドだ。芸能特化型ロイド/VOCALOIDシリーズKAITO――

名前の通り、芸能活動に特化した機種だ。KAITOシリーズはその中でも初期型、ロイド草創期に開発された、いわば『旧式』のロイドとなる。

ロイド草創期の旧式のといった言葉でも示される通り、KAITOというのは一般にスペックが低いとされる。

新型の開発に伴い、KAITOシリーズにも多少の改善は図られているが、機能のすべてを入れ替えているわけではない。

なによりスペックの低さから来る、新型とは違う反応が愛されている面も大きいのが、KAITOシリーズだ。

だから基本的にKAITO――カイトのスペックは、新型ロイドに比べると低く、反応は鈍い。より人間に近いか同等かといわれる新型に対し、人間よりはまだ機械に近いと。

『恋人』ができるまで、カイトもそうだと思っていた。

恋人ができて、少しだけ変わった。

旧式の、旧型の、スペックが低い、反応が鈍い、機微に疎い――

けれど彼が触れることを、こんなにも感じる。

彼に触れられて、これほど多くの感覚が反応する。

およそ恋人がカイトの体で触れなかったところなど、それこそ内臓機くらいのものだが、触れたすべての場所が反応した。感じた。

いや、表面に触れられて、内臓機すら震えた。反応を示した。

ここだってそうだ――

捻じこまれた舌に口の中の粘膜を舐められながら、カイトは震える。

最低限の味覚がある程度、もしくは硬いとやわらかい、熱い冷たいを判別する機能程度だろうと思っていたここが、恋人の愛撫に恐ろしいほど感覚を震えさせる。全身を痺れさせ、蕩けさせる。

「ぁ、ふぁ、ん、んちゅ、ぅぷ………っ」

「カイト」

「ぁ、んーーー………っ」

キスは好きだ――キスが、好きだ。

キスに沈んでソファに崩れたカイトは、もはや完全に伸し掛かる体勢となった男にしがみつく。

名前を呼ばれただけだが、その名前が空恐ろしいほどに蕩けて甘かった。

キスの効能だ。

普段は滑舌も良く、切れ味もいい口調の恋人が、カイトとのキスに溺れて我を忘れた証だ。比較にもならないほど、カイトの舌も咬まれ吸われとして痺れているけれど、恋人もまた、――

「ぁく、ぽ」

「ああ………」

「ん……」

蕩けた舌で拙く呼んだカイトに、恋人は愛おしそうに、うれしそうに応えてくれる。そしてまた、飽くこともなくくちびるに吸いつかれる。

キスはいい。

カイトはまた思う。

キスはいい――それも、できる限り濃厚なやつだ。

なにしろ、こんな繊細なところにまで相手の侵入を赦している、赦されているというのが、言葉以上に雄弁かつ強力な愛の告白だし、だから、そう。

言葉以上に、だ。

キスには、言葉がいらない。

言葉を発する器官である、くちびるとくちびるで触れ合っているのだ。おしゃべりに興じていてはできないのはもちろん、熱烈な愛の口説き文句をどれほど垂れ流していても、この一度のキスの温度に叶わない。

言葉以上に雄弁に、強力に、相手に愛を伝えてくれるしぐさ。

言葉なくしても、相手に愛を伝えられる。

愛が伝わる。

だから、キスが好きだ。キスは、好きだ――

「カイト」

「ぁ、んん、ぁくっ、っ!」

伸し掛かる男の手の動きが怪しくなり、カイトの体を弄る。ほんのわずかにキスが浮き、興奮を募らせた雄が先へと、飢えを満たすべくさらにカイトを喰らおうと、試みる。

伸し掛かる男は、恋人だ。

恋人は、大好きながくぽだ。

肌を求め、手を弄らせるがくぽに、しがみついていたカイトの手も応えて動く。

両手ががくぽの胸に当てられ、次の瞬間には突き飛ばしていた。