曲がりくねった道
第2部-第2話
「ん、んん……ふ、んちゅ、ふ、ふぁ………」
力強い腕で恋人に抱えこまれ、くちびるを貪られる。
始まったきっかけがなんだったのか、もうすでにカイトの中では曖昧だ。確か、互いのマスターが出かけていて不在で、なんとはなしにふたりともリビングにいて――
話していたと思う。
他愛もないことだ。ソファに並んで座って、カイトの覚束ない言葉を辛抱強く聞いてくれながら、溺愛傾向の強い恋人は、しきりと髪を梳いたり首を撫でたりと触れてきた。たまにツボに嵌まることがあって、くすぐったいとカイトが笑うと、さらにうれしげに触れてくる。
その軽い触れ合いの延長で、くちびるを撫でられ、重ねられた。そして気がつけば会話は置き去りで、互いにキスに溺れこんでいる。
カイトの肉づきの薄いくちびるは何度もなんども吸い上げられ、牙を立てられ、飽かず食まれた。
恋人が貪るのは表面のみならず、口の中にも舌を捻じこまれ、歯列から歯茎から、くまなく探られる。苦しさに追いだそうとするカイトの舌の動きは、障害にならない。むしろ恋人を煽り立てるらしく、さらに夢中になって吸いつかれる。
「ぁ、ふぁ……ぁ……んん」
むずかるような鼻声を上げながら、カイトもまた、恋人のくちびるへと吸いつく。
それなりに節度ある距離を保っていた体は、力強い腕に抱えこまれ、隙間もなく密着した。
だけでなく、溺れ蕩けて崩れていくカイトの体に任せ、伸し掛かられる体勢へと変わりつつある。
「んん、ふく……ぅ」
ロイドというのは――たとえ旧型といえ、こうまで繊細につくりこまれているものなのかと。
激しく濃厚なキスに溺れ、思考を眩ませながらも、カイトは感心する。
カイトはロイドだ。芸能特化型ロイド/VOCALOIDシリーズKAITO――
名前の通り、芸能活動に特化した機種だ。KAITOシリーズはその中でも初期型、ロイド草創期に開発された、いわば『旧式』のロイドとなる。
ロイド草創期の旧式のといった言葉でも示される通り、KAITOというのは一般にスペックが低いとされる。
新型の開発に伴い、KAITOシリーズにも多少の改善は図られているが、機能のすべてを入れ替えているわけではない。
なによりスペックの低さから来る、新型とは違う反応が愛されている面も大きいのが、KAITOシリーズだ。
だから基本的にKAITO――カイトのスペックは、新型ロイドに比べると低く、反応は鈍い。より人間に近いか同等かといわれる新型に対し、人間よりはまだ機械に近いと。
『恋人』ができるまで、カイトもそうだと思っていた。
恋人ができて、少しだけ変わった。
旧式の、旧型の、スペックが低い、反応が鈍い、機微に疎い――
けれど彼が触れることを、こんなにも感じる。
彼に触れられて、これほど多くの感覚が反応する。
およそ恋人がカイトの体で触れなかったところなど、それこそ内臓機くらいのものだが、触れたすべての場所が反応した。感じた。
いや、表面に触れられて、内臓機すら震えた。反応を示した。
ここだってそうだ――
捻じこまれた舌に口の中の粘膜を舐められながら、カイトは震える。
最低限の味覚がある程度、もしくは硬いとやわらかい、熱い冷たいを判別する機能程度だろうと思っていたここが、恋人の愛撫に恐ろしいほど感覚を震えさせる。全身を痺れさせ、蕩けさせる。
「ぁ、ふぁ、ん、んちゅ、ぅぷ………っ」
「カイト」
「ぁ、んーーー………っ」
キスは好きだ――キスが、好きだ。
キスに沈んでソファに崩れたカイトは、もはや完全に伸し掛かる体勢となった男にしがみつく。
名前を呼ばれただけだが、その名前が空恐ろしいほどに蕩けて甘かった。
キスの効能だ。
普段は滑舌も良く、切れ味もいい口調の恋人が、カイトとのキスに溺れて我を忘れた証だ。比較にもならないほど、カイトの舌も咬まれ吸われとして痺れているけれど、恋人もまた、――
「ぁく、ぽ」
「ああ………」
「ん……」
蕩けた舌で拙く呼んだカイトに、恋人は愛おしそうに、うれしそうに応えてくれる。そしてまた、飽くこともなくくちびるに吸いつかれる。
キスはいい。
カイトはまた思う。
キスはいい――それも、できる限り濃厚なやつだ。
なにしろ、こんな繊細なところにまで相手の侵入を赦している、赦されているというのが、言葉以上に雄弁かつ強力な愛の告白だし、だから、そう。
言葉以上に、だ。
キスには、言葉がいらない。
言葉を発する器官である、くちびるとくちびるで触れ合っているのだ。おしゃべりに興じていてはできないのはもちろん、熱烈な愛の口説き文句をどれほど垂れ流していても、この一度のキスの温度に叶わない。
言葉以上に雄弁に、強力に、相手に愛を伝えてくれるしぐさ。
言葉なくしても、相手に愛を伝えられる。
愛が伝わる。
だから、キスが好きだ。キスは、好きだ――
「カイト」
「ぁ、んん、ぁくっ、っ!」
伸し掛かる男の手の動きが怪しくなり、カイトの体を弄る。ほんのわずかにキスが浮き、興奮を募らせた雄が先へと、飢えを満たすべくさらにカイトを喰らおうと、試みる。
伸し掛かる男は、恋人だ。
恋人は、大好きながくぽだ。
肌を求め、手を弄らせるがくぽに、しがみついていたカイトの手も応えて動く。
両手ががくぽの胸に当てられ、次の瞬間には突き飛ばしていた。