がりくった道

2-16

カイトは知っている。

がくぽがどういう男で、どういう恋人と成るのか、どう面倒で、面倒を避けるためにはどうすればいいのか――

知っている。この男とそれなりに付き合っていたのだから、大体のことはわかっている。

けれど同時に、知らないとも思う。こんな男は知らない、わからないと。

この『男』は、本当に以前、自分が付き合っていた男と『同じ』だろうか。

失ったのは、たかが一定期間の記憶だ。そのたかがの期間は、カイトと出会い、恋人と成り、過ごしたすべての期間ではあるが、がくぽが起動してからの『すべて』ではない。

では地続きのこの男が、大きく変わるわけはない。

案の定で、共に暮らせばすぐ、カイトへと傾いた。好みもツボも変わらないからだ。

狭曇に『もう一度口説けばいい』と慰められ、やる気はあったカイトだが、実際なにをする必要もなかった。

カイトが思いもしない、意図したわけでもない言動で、がくぽは勝手によろめくからだ。しかもごく頻繁に。

まるで以前と同じだ。記憶を失う前と。

そして結局、こうして元の鞘に収まった。

――『元の鞘』だろうか。

カイトのこころには兆す違和感があり、拭えない後ろめたさが常に腹にわだかまって、気持ち悪い。

わだかまるものは、『わるい』ものだ。『わるい』ものだから、気持ち悪くて吐き出したくて、けれど『わるい』から外に出すこともできない。

大好きだ。

違和感も後ろめたさもあって辛いなら離れればいいのに、離れられない。

男の腕に抱えこまれて、あやされる心地よさを捨てられない。

大きな男を胸の中に抱きこんで、甘やかしてやるときの快さを手放せない。

この男が好きだ。

がくぽが好きだ。

この男は、がくぽは、自分のものだ――

「………畜生」

最後に小さく吐き出し、がくぽは口を噤んだ。がくぽの語彙が尽き、気が治まるまで静かに大人しく流していたカイトを、多少恨めしそうに見る。

への字に引き結んだくちびるは、しかしすぐに綻んだ。呆れと諦めを含んで苦い笑みで、がくぽは綻んだくちびるを開く。

「俺が好きか」

「んっ!」

迷う余地もない問いだ。躊躇う必要もない。

即座に大きく頷いたカイトを、がくぽは笑みとともに見つめた。

「『俺』が、好きか、カイト」

「………」

――だから迷う余地も、躊躇う必要もない問いだ。何度訊かれたところで、答えは変わらない。

が、カイトは口を開かず、注意深くがくぽを眺めた。

笑っている。くちびるがかたちづくるのは、笑みだ。けれど目が笑いきれていない。

宿すのは怒りではないが、笑みでもない。歓びやうれしさ、たのしさとも遠く、もっとも近いのは――

「おれ、ね。しってる。の」

「………」

口を開いたカイトを、がくぽは軽く眉を跳ね上げて見た。口は挟んで来ない。聞く姿勢だ。

応援されているような、退路を断たれたような複雑な気分で、カイトは言葉を転がした。

「しってる。の。がくぽの、こと。なにが、すきか………なにで、よろこぶか」

言って、拳を握る。きつく固く、手のひらに爪を刻みこんで、カイトはがくぽを見つめた。

よく知る男だ。

そして、まるで知らない相手。

「でも、ちがう。ことが、ある。『同じ』だけど、おなじ。じゃ、なくて………変わった、……とこ」

「ああ」

がくぽのそれは、相槌だった。閊えてどもり、うまく話すことができないカイトが先を話しやすいようにと、促す。うまく言えずとも理解できているから、案ずるなと。

忍耐強くなった。

辛抱強くもなったし、――もとから過剰にカイトを庇う傾向は見られたが、その傾向がより以上に強くなったと感じる。

罪悪感が拭えないのだ。

事故とはいえ、恋人を忘れたことに――『恋人』を、もう決して思い出してはやれないことに。

そうやって、なにより大事な最愛の相手を、深くふかく傷つけたと、贖いきれないほどの痛みを与えた、与え続けていると――

確かにこれが原因で発話に不自由を抱えてしまったが、カイトにとってそれは存在しない罪だ。少なくとも、がくぽに罪のあることではない。

けれどがくぽはいくら言っても納得しないし、挙句に余計な罪悪感を抱えて苦しむし、カイトよりよほどにスペックも高く優秀なくせに、なんとも不器用な男。

不器用で、けれど全霊を懸けてカイトを愛してくれる男。

愛すれば愛するほど苦しむとわかっていて、それでもカイトを愛することを選んでくれた。

「……………すき」

万感の想いとともに、カイトはそのひと言をこぼした。