向かいに座ってともにさやえんどうのすじ取りをしていたがくぽの顔が、はたと上がる。次いで腰が浮き、踏み出す足の爪先が立つ。
けれど完全には立ち上がりきらない、立ち上がりかけの、立ち上がる途中に。
「たーだいまーーーっ!おつかい、ぶじに済ましたったたっ!」
明るく、まるでうたうように弾む声が響き、<マスター>である八船-やつふね-は、がくぽの反応の意味を遅ればせながら理解した。
いぬだ。飼い主の帰宅を察した。
とてもつごうのよいぼくらは、
鷹の爪とにんにく、オリーブ油で炒める。
もちろん、すなおな感想をばか正直にこぼせば逆に善性を疑われることを八船も理解しているので、思うにとどめ、口にはしなかったが。
さて、かなた、というほどもまったく遠くはない、玄関で上がった、うたうような声だ。
とったとったという、やはりなにかのリズムを――『とたとた』ではなく、『とったとった』という、あいだに一拍挟まるリズムを刻みながら、八船とがくぽのいるダイニングへ近づいてきた。
「あっ!がくぽ…っ、マスターも!たーだいまーーーっ!ほらっ、たまごと牛乳っ!」
――つまりそれはカイトで、それでカイトだ。八船やがくぽの存在をたしかに認め、そこにいると認識し、認知の証として、再度、帰宅の声も上げた。
が、あいだに一拍挟む、ゆったりした歩調はゆったりしたまま進んでいき、止まることはなかった。とったとった、相変わらず規則正しく『とったとった』、必ずあいだに一拍挟みながら、ふたりのいるダイニングをとったとった、過ぎていく。
まるで足を止めることなく、ゆるい歩調をそれ以上ゆるめることすらなく、カイトは過ぎてキッチンへ入りながら、ぶじに済んだと主張するところのおつかいの成果を片手にとって、やなぎの枝のように振ってみせた。
カップ・タイプのバニラ・アイスだった。
ゆったりした歩調だったこともあるが、揺れて振れてもそうだとわかるほどバニラ・アイスであり、つまりどうあってもバニラ・アイスでしかないカップは、持ち主たるカイトとともにとったとった、ダイニングを行き過ぎた。
次いでがたんばたん、目的地であるキッチンの奥、冷凍冷蔵庫の扉を開け閉めする音がつづく。
「やー、もう、まいったね!駅前のとこがさ、たまごがセール日でしょ?じゃあって行ったら、もう、みんな、こういうときばっかり、考えることいっしょなんだから!ちょうど、品切れになったとこで」
距離も遮蔽物もなんのその、キッチンの奥から、ダイニングへ背を向け、カイトはおつかいの顛末を話す。大声で顛末を話しながら、買ってきたものを指定位置に片づけ、――
からになった買い物袋をたたみつつキッチンから出てきたカイトへ、矢も楯もたまらずといったふうにまず叫んだのは、八船だった。さやえんどうのすじを取るので座っていたダイニング・チェアから、半ば腰を浮かしまでして。
「えっと、カイト?たまごと牛乳…まさかほんとうに、あれ?!あれ、バニラ・アイスが、お願いおつかいの、たまごと、牛乳?!」
髪を逆立てそうなほど震撼して問い質す<マスター>へ、そのロイド、カイトが返したのは満面の笑みだった。まるで悪びれない、やりきったという充足感に満ちみちた。
「おめがねにかなってるでしょ?チョコチップとか抹茶とかでもまあ、たまごも牛乳も入ってるんだろうけど。純度の高さはやっぱり、バニラ・アイスだと思って」
笑みだけでなく、やりきったという充足感が、だれにも伝わる口調で、声音だった。
そう、カイトはやりきったのだ。
<マスター>に与えられた、買いだしというお手伝いを、おつかいを、美事、こなしてみせた。
さてところで、カイトが八船に頼まれたのは『たまごと牛乳』だった。
それで、これをほんとうに『こなした』と認めてもいいものなのか?
八船は胸のまえでもどかしく両手を組み、揉みあわせて、腰を屈めた。下から覗きこむ、すがる表情で口を開く。
「でもカイト!バニラ・アイスにはほかに、砂糖とバニラ・エッセンスが入ってる!ベーコン玉ネギもりもりのバター塩味キッシュをまとめる卵液が、砂糖とバニラ・エッセンス入りのアイスクリーム液って」
「カスタード・パイに変更すればいいんだよ」
八船の、つまり<マスター>の抗議をみなまで聞くことなく、まるで耳を貸さず、カイトはあっさりうち返した。
「ベーコンと玉ネギはふっつーのバター炒めにして副菜にするか、コンソメスープに突っこめば、甘いカスタード・パイのいいおともになるでしょ」
カイトの口調も態度も、<マスター>の狭視野をこそたしなめる響きが強かった。反省する/しない以前の問題で、まず反省点があることを認識していない。
「がくぽだってそういう、お口直し的なものがあったら、カスタード・パイがいくら甘くったって、ちゃんとおいしく食べられるだろうし」
あげく、傍らに来たがくぽをちらりと見て、これだ。いかにも考えが深げに、うんうんうんと頷きながら。
この、驕れるロイドに、対する<マスター>だ。この驕れるロイドの、<マスター>たる八船だ。
「天才だよ、カイト!!完璧なメニュウで、レシピだ!!」
感激して、叫んだ。こころの底のそこの底から。
カイトの発想の、この、柔軟性――
この柔軟性と、ゆたかさよ!
頬を紅潮させ、もどかしく揉みあわせていた両手を祈りのかたちに組みかえ、感嘆しきりの<マスター>に、しかし称賛を受けたロイド、カイトといえば、たいして歓ぶこともなかった。
「ええ…?じゃあ、どうしてもっていうなら、そうもできるってだけの、セニハラ話だったんだけど…ここまで乗り気だともう、カスタード・パイ、つくらないといけない感じ?え、しようがないな……どっちみち、牛乳とたまごも買ってきたとこだし…できないことは、ない。か?あとは、えー…と、砂糖?と、バニラ・エッセンス?」
「グラニュ糖はありません、カイト。あるのは黒糖、三温糖です」
傍らに立ったがくぽが即座に返した調味料の在庫状況に、カイトは思いきり顔をしかめた。
「ええ?くどくなりそうだな、それ…おれとマスターは、いいけど。もうほんと、しようがないな。じゃあ、がくぽ、がくぽにはふっつーに、玉ベコのキッシュをつくろう。から、そっちメインで食べな。カスタード・パイはデザートでひと切れ。ま、ひと切れっていっても、ミントとか、輪切りレモンとか添えて、見た目だけはちょっと、華やかげにしてさ?」
「ありが…」
「ちょっっっと待ってっ?!」
困ったしようがない面倒だと、ことばではいいながらも表情は明るく、ひたすらたのしそうに話を進めるカイトに、がくぽは端然と礼を返し、しかし当然ながら、ここで八船が再び叫んだ。
「『たまごと牛乳、買ってきた』っ?!え、カスタードがバニラ・アイスじゃないっ?!」
――再び震撼して問い質す、文法も脈絡もしちゃめちゃな<マスター>を、がくぽは感想もなさげに淡々と、カイトは至極うろんそうに、いわば不可解に見返した。
「マスター、カイトが買ってきたものの内訳は、アイス三個に、牛乳とたまご、各ひとパックずつですが」
「えっ」
「手に持って見せたのは、そのうちのアイスのひとつで、あとは反対側の肩にかけていた買い物袋に入っていたと、がくぽは認識しています」
「え」
「うんだからさ、目のまえで品切れてさ?しようがないから、アイス売り場で時間ツブして補充待って、買ってきたから時間、かかった…あ、そういえばさ、売り場の牛乳の、消費期限?あれもぜんぶさ、声だして読んでみたんだよ。ただ見るだけより、時間ツブれるんじゃないかと思って。でもあれは、なんかあんまり、たのしかなかったな!だいたいおんなじなんだも、書いてあること。もうすこし起伏ってかさ、ドラマ性があってもいくない?」
「え…」
いろいろ、いろいろ、――
去来すること、よぎるもの、身のうちのどこからか、こみあげるなにか。
あまりに多くがいちどきに起こり、渦巻いて、その中心地に置かれた八船は身動きが取れなくなり、ただ、愕然と、呆然と、立ち尽くした。
対して、カイトの傍らに立っていたがくぽだ。
<マスター>の再起動にはすこしばかり時間がかかると読んだかれは、相変わらず感想もなさげに、ひどく無感情な瞳をカイトへ向けた。
「カイト、ふしをつけては?」
「うん?」
なんだと顔を向けたカイトを、がくぽはやはり無感情な瞳で迎えた。
「消費期限の読み上げです」
それで、瞳にふさわしい淡々とした、起伏に乏しく抑揚もほとんどない口調で、カイトへ告げる。
「ドラマ性を求めるのであれば、カイトがふしをつけて読み上げればいいと、がくぽは考えます。消費期限の記載方法変更を所轄行政へ要請するより、カイトはまず、自分がVOCALOIDであることを活かしてはどうですか」
感情がうすく、抑揚もほとんどないことばは冷たく、突き放して聞こえる。あるいは、救いようがないほどののうなし、うすのろと、見下しているかのように。
がくぽの声音に『がくぽの感情』が乗らなければこそ、受け手はそこへ自分の感情を乗せざるを得ず、反映した自らの感情が自らへ、相手のものとして逆輸入される。
さて今回の受け手といえば、カイトだった。あるいは、送信者――
しばらく、ほんのすこし、きょとんとしてがくぽを、紗をかけてもさえざえした花色の瞳を見つめていたかれは、その表情まま、ゆっくりとくちびるを開いた。
「がくぽ、カスタード・パイ――ひと切れじゃなくって、ホールで食べる?」
「…」
感情がうすく、紗がかかったような花色の瞳の奥底のそこの底にぴしりと、ちいさくちいさなひびが走った。
ような。
よほど敏い相手でなければ気がつかないほどの、たとえ神憑りに敏いものであっても、けっして気がつくことはできないほどの。
当然のように、鷹揚さをこそ謳われ、読めないから空気は読まないときっぱり割りきってわだかまりもないKAITO――カイトでは、片鱗すら察することはなかった。
揺らぐ湖面の瞳にゆらゆらと、揺らぐことなくますぐとゆらゆら、見つめられたがくぽは、機敏さをもて囃される機種とも思えないほどゆっくり、ゆっくり、紅を刷かずとも朱に濡れるくちびるを開いた。
「――カイトが、そう、望むのでしたら」
たとえその声音に感情がうすく、抑揚がほとんどないとしてもだ、その回答の健気ぶりにはきっと、咽び泣くものが続出したことだろう。もしもギャラリがいたならばという話だが。
それで、この場では一応、ギャラリの役も担えるかもしれない、カイトだ。そう、健気をまさに、返された側だ。
実のところ、カイトはこの健気な返答のほとんどを、聞いていなかった。いや、――こんなところで飾ったところで、なんのたしにもならない。はっきり、現実を示そう。
まったく、聞いていなかった。
なぜなら、答えを欲して放った問いではなかったからだ。それどころか、そもそもカイトの認識上では、問いですらなかった。
がくぽが答えるさなかには、カイトはにこぱっと、破顔していた。満面の、こころの底のそこの底からの笑みを浮かべ、両手をがばりと開く。
「天ッッッ才だよ、がくぽ!!」
とてもこらえきれない喜色が大音声として溢れ轟き、がくぽは実際のところ、健気な回答の途中までしか口にできなかった。あのあとにはほんとうは、『~がくぽは従います』という、健気というより従属的な、以上に隷属的なことばがつづくはずだったのだが。
カイトは大音声だけで済まさず、タックルでも決めるかのような勢いでがくぽへ組みついた。これでもう、がくぽは完全にことばのつづきを口のなかにしまい、のどの奥に保留せざるを得なくなった。迂闊に口を開こうものなら、衝撃で舌を噛みかねないからだ。
そういう勢いを、なんとか無様を晒すことなく受け止めたがくぽだが、初めの衝撃を耐えきったところでやはり、口を開くことはできなかった。
カイトだ。
カイトはがばりと開いた両手でがくぽを抱きよせ、首にかけて屈ませ、ぴとりと頬を触れあわせた。
それから、首を抑えていた手ががくぽのからだを辿るように動き、かたくひとつに結い上げた髪を、頭を、わしゃわしゃ、大型犬ででもあるかのように、わしゃわしゃ、掻き回す。
「そぉうだよな、おれはVOCALOIDだも♪ふしつけて♪リズムつけて♪なんでも盛り上げるロイド、それがVOCALOID♪そ・れ・が、KAITOだもっ♪」
「ええ、カイト…」
ふしをつけ、リズムを刻み、カイトは高らかに<己>を謳う。
そうしながらもわしゃわしゃ、油断すれば舌を噛みそうな勢いでわしゃわしゃ、がくぽの頭をわしゃわしゃ、掻き撫でる。
振り払うこともせず容れ、がくぽはただ舌を噛まないようゆっくり、返した。
「それでも不足なら、がくぽが手伝いましょう。ユニゾン、ハーモニ、コーラス…がくぽもカイトと同じ、VOCALOIDですから。カイトが望むままに」
相変わらずの感情のうすさで、抑揚もなく、まるで『そう』とは思えない口調ままことばをこぼす、がくぽの口の端。
そのことばが終わりきらぬうち、いいきらせないとばかり、カイトがちゅっと、音を立ててくちびるを当てた。
途端、ぴたりと動きを止め、いや、凝然と、おそろしいほどの眼差しで見据えるがくぽから、カイトはわずかにからだを離した。
おそれたからではない。
表情を、感情がうすく、能面より能面のようながくぽのおもてを、たしかにますぐと見返すためだ。
間近に瞳をあわせ、カイトは実際にきらめいてまぶしいような笑みを浮かべた。
「ごほーびやるぞ、がくぽ?カスタード・パイの増量じゃ、逆ごほーびで、だめだろ。じゃあほかで、おまえ、ほんとには、なにがほしい?」
「キスを」
――がくぽの答えはほとんど、カイトの語尾にかかって発せられた。
カイトがみなまでいうのを待たず、自分はカイトが与えるものに不服を思ったりしないなどという従属的かつ隷属的な弁解にも時を費やさず、カイトがあけた隙間を埋めるよう、腕を回し、身を掻き寄せて。
勢い、立ったまま伸しかかられるような姿勢となってのけぞるカイトは、自然、相手を見上げる。
同じロイド、同じVOCALOID、同じ男声型とはいえ、機種の違いによる若干の身長差で、常にすこし、上にある目線だ。しかし今のこの姿勢は、視線の向きは、それとはまた違う感慨を呼ぶ。
カイトはそれこそ、つくりたてのカスタード・クリームのようにとろりと甘く、熱っぽく笑った。笑いながら、がくぽの顎から頬へ、指先を伝わせる。
「おまえはほんと、高望みだな、がくぽ」
ほとんど音にならないほどの声でささやき、ことりと、がくぽの肩に頭を寝かせる。すりりとすりつき、懐かせ、
「え…っと、つまり?つままつり?カスタード・クリームとバニラ・アイスのあいだに、因果関係は、ない?!」
――ようやく再起動した<マスター>の、呆然とした、ずいぶんとおぼつかないつぶやきに、カイトはがくぽの肩に懐いたまま、横目をやった。
それは単に目線だけやったということなのだが、角度やもろもろから、ずいぶんと温度の低い視線に見えた。
それでつい、反射で、ひょっと首をすくめた八船に、カイトはどこか自堕落でもあるその姿勢まま、くちびるを開いた。
「あのな、マスター?<マスター>のお願いなら、おれはロイドだから、聞くけど…<お願い>であっても、聞かざるを得ないわけだけど」
視線の体感温度にふさわしいような声音でそこまでいって、しかしカイトは一転、からりとした、秋の晴天のようすでつづけた。
「つくれないこたないけど、たしかに、カスタード・クリームとバニラ・アイスの素材って、ほとんどおんなじか知れないけど、でも、バニラ・アイスからカスタード・クリームつくるって、ふっつーに、なまたまごとなま牛乳からつくったほうが、ぜんっっっぜんっ!ラクだし、おいしいからな、マスター!」
「個人の感想です」
「ん?」
「ぇあ?」
語尾にすかさず付け加えられた保険に、現時点のあれこれすべてを包括したあげくに力技でもってうやむやとする補填に、カイトと八船とは、ふたり揃って間隙を突かれたという表情を晒した。
その、いわばまぬけ面を、とりつくろうこともなく、カイトは上げる。
上げた先のがくぽはいつも通り、感情らしい感情もなく、つける主のない能面のうつくしさでカイトを見返した。
「玉ネギとベーコンのキッシュに、カスタード・パイですね?がくぽはカイトを手伝います」
感情もうすく、抑揚もないというのに、頑として通る芯が、譲らないという強い意思が、なぜかあるとわかる。
カイトはきょときょとと瞬き、首を傾げた。力のゆるんだがくぽの腕から抜けだし、――
笑う。
「じゃあ、お手伝い分…ごほーび、積み増ししてやるよ、がくぽ。ほしいもの、いーーーっぱい、考えておきな」
はるかかなたの上から目線で告げたカイトがいたずらに閃かせた舌を、その名残りを、がくぽはしばらく、立ち尽くして眺めた。
カイトがキッチンへ消え、がたばたと動き回る音がするころになってようやく、がくぽは首を巡らせた。混迷の度合いが増したと、あたまを抱えるように椅子へへたりこんだ<マスター>へ、顔を向ける。
紅を塗らずとも朱に濡れるくちびるが開きかけ、止まって、――閉じて、開く。
「考える必要もなく、がくぽがほしいものは、いつでもひとつなのですが」
「合意であるなら、<マスター>は干渉しません」
『許可』を求めるロイドへ、八船が返した答えはすばやく、迷いもためらいもなかったが、だからといって投げやりでもなかった。
ただ、そうであるから『そう』なのだというだけの。
いわば『許可を得た』わけだが、がくぽの表情が動くことはなかった。一度、口を噤み、瞳を伏せ、――
「しかしがくぽはまず、ロイドです。ので、マスターの手伝いをこそ、なにより優先します」
「ん?いや、もう、こっちはそんな…」
健気ではあるが、微妙な問題を孕む展開に、八船は眉をひそめてがくぽを見た。
いつも通り、感想もなさげにその異議を受け、がくぽは紗のかかったような花色を、ダイニング・テーブルへ向けた。
カイトが帰ってくるまで、八船とふたり、向かいあって座り、すじ取りをしていた。
結果の成果物、ざるに山盛りのさやえんどう。
「カイトの立てたメニュウは、たしかに完璧ですが、――マスターが下ごしらえしたさやえんどうも、スープなり、サラダなり、加えてもらえるよう交渉してから、カイトの手伝いをします」
どうあっても感情がうすく、抑揚のない口調で、表情ながら、どうしてか今のがくぽからは、決死の覚悟が透けて見えた。まさに古き時代、流通しない情報量と視野の範囲が比例していたような時代の、サムライの。
「えー…と、ぁ、うん。ありがとう、がくぽ」
気おされた八船は、とりあえずといった風情で、とにかくなんとか、うなずき、礼を返し、さやえんどうを盛ったざるを見た。
八船とがくぽ、ふたりでもくもくと、ひたすらもくもくと、すじを取ってもくもくと盛った、さやえんどうの山。
「…ほんとうはこれでもう、ごほうび積み増し天井レベルだと思うんだけど。がくぽで、カイトだし」
つぶやき、八船は再び、がくぽへ顔をやった。感情を刷くことのない表情だというのに、漲るものが見える気がするロイドへ、その背を押すように、あるいは緊張をやわらげるように、笑う。
「その、交渉…?なんだけど。成功率を上げるなら、がくぽ、『マスターが』じゃなくて、『マスターとがくぽが』って、カイトに伝えるといい。ああ、いや、逆か。『がくぽとマスターが』って。そしたらきっとカイト、おおよろこびで、スープにもサラダにも、使ってくれるし、……ごほうびだって、たっぷり、はずんでくれるから」