カイトが目を覚ましたなら、がくぽに伸しかかられていた。

「…ぉう」

それでカイトの第一声は、寝起きということだけに因らず、すこしばかり、低くなった。

「いい度胸してるな、がくぽひとのネコミ、襲うとか」

とてもつごうよいぼくら

おひるねから、きもちよく起こす(起こされる)

そう、凄まれたがくぽだ。寝ているカイトに伸しかかっている男。カイトが寝ているというのに、構うことなく伸しかかってきた情人。

感情が刷かれないために凍てつく花色は、下に組み敷いた相手を、やはり冷たく見下ろした。

紅を塗らずとも朱に濡れるくちびるが、感情が乗らないために余計、ひたひたと、凍みた声をこぼす。

「がくぽは寝こみを襲ったりしていません、カイト」

声には感情がうすく、抑揚もなく、よくもそんな厚顔な誤解をしでかせるものだと、言外に嘲られているとしか聞こえない。くり返すが、がくぽの声には感情がほとんど乗っておらず、ゆえに、嘲りもないのだが。

受けたカイトといえば、だ。

鷹揚で、些事を気にせず、あまりに鷹揚で、むしろ大事も気にせずよく流すといわれる、KAITOだ。

「ほう!」

感嘆しているかのような、声を漏らした。

皮肉み、たっぷりの――

ここで一度、状況をもうすこし仔細に、くわしく、見てみよう。

時刻は、昼後、おやつ手前。つまり、まだまだ明るい時間だ。

ところは、かれらの家のリビング。

その窓辺に、カイトはクッションを集めて敷きつめ、即席のおひるねおふとんをつくるとからだを横たえ、仮眠していた。

午後には予定らしい予定もなかったし、なにより今日は、午前中がばたついた。それでも昼間で、まだまだ明るい時間だから、あくまでも仮眠、おひるねとして、ほんの十数分程度――

で、『仮眠』の規定を満たしたところで自然、覚醒し、目を開けたなら、がくぽがすっかり、カイトのうえに伸しかかっていたと。

そう、『伸しかかる』だ。

クッションを敷きつめたとはいえ、ほとんど床に直寝しているにも等しいカイトのからだにまたがって、四つん這いで、二本の手と、二本の足で、カイトの横たわるからだを、完全に四囲いして――

たしかに、がくぽのからだはほとんど、カイトに触れていない。先にも述べたとおり、『囲っている』状態止まりだ。まだ。

まだ』。

「現時刻と、その直前のようすなどから、がくぽはカイトが昼寝モード、あくまでも仮眠であり、短時間で覚醒に至ると判断しました。そして今、つい先に、カイトが寝入った時刻から換算し、そろそろ覚醒に至るであろうと判断したので」

「『伸しかかった』ってななんのために寝起きどっきりか?」

感情もなくただ原稿を読み上げるだけの、音声装置のようながくぽの説明に、カイトはにっこり、笑った。

にっこり、あまりに力が入って、にこにっこり、もはや原義である威嚇に近い。

いっさいの感情を刷くこともなく、乗せることもなく、いっそ冷酷に対応していたがくぽだが、ここでようやく、口を噤んだ。口を閉じたからには当然かもしれないが、しかし感情が浮かばないわりに、そのようすはきちんと、閉口してみえた。

閉口し、凍てついて揺らぐこともない花色をほんのわずか、瞬間にも満たないほどの時間、逃がして、がくぽは人形の諦観とともに、カイトをますぐ――真上から、見据えた。

「がくぽはカイトの寝こみは襲っていません。カイトが起きるまで、完全に覚醒しきるまでは、一指とて、ふれるつもりはありませんでしたし、実際、ふれていませんので」

「起きたらヤる気でカコってる時点で、『ネコミ襲ってる』でいーんだよ、がくぽ!」

およそKAITOとは思えないほどの反応速度で、カイトはがくぽのへりくつをひねり潰した。

同時に、囲われていたからだがやわらかく、しなやかに反り、あるいは捻じりひねられ、四つん這いのがくぽの手足からなる四囲いから、カイトの足が抜けた。

抜けて自由を得た足は、迷うことなく、即座に跳ね上がる。

跳ね上がった足は、がくぽの腹――腰を、巻きこんだ。ぐるりと回ってがくぽの背で組まれたカイトの足は、まるで遠慮なく、がくぽの腰を締める。

強い力で締められ、たまらず崩れるがくぽの腰と、強い力で締めることで、自然、持ち上がらざるを得ないカイトの腰と。

カイトはまた、おなじく抜きだした腕をがくぽの首に回し、これまたおなじく、がくぽを落としながら、自分も近づいた。

「カイト」

抗すべきか、流されるべきか――

今ひとつ判断しかねたのだろう、煮えきらない態度のがくぽへ、カイトは首に回した腕をすこしだけ、ゆるめてやった。

ゆるめて、目をあわせ、笑う。

『にっこり』。

「いっても、おまえが自分で考えて、だれに、なにいわれるでもなく、自分から、おれのネコミを襲う気になったってのが、気に入った。から、『ごほうび』やるよ、がくぽ」

そこまで強気だったカイトの目もとに、ふいに、朱が散った。常から揺らぐ瞳の湖面がさらに揺らぎ、ゆらゆら揺らぎ、あふれるほど。

ちいさく、気弱に首が傾げられ、真上のがくぽの凍てつく花色を、カイトはゆらゆら、覗きこんだ。

「………もらうだろ、がくぽ?」