だぼだぼ、ぼだぼだと。
無表情のがくぽが、無表情のまま、鼻から血滝をだだこぼす。
とてもつごうのよいぼくらは、
あまり賢者に向いていない。
片手を当ててはいるものの、気休め程度だ。滝と評するほどの量と勢いのある血をまるで受け止めきれず、指のすきまから、手のひらの端から、だらぼたと――
そうまでの量の血を、止められるすべもなく鼻からだだこぼしながら、がくぽはいつもと変わらない。苦悶にしろ恥辱にしろ、なんの感情も刷くことなく、その表情は無で、いうなら、うつろだ。
「……………けっこう、シュールな絵面だよな、これ?」
しばらく眺めていたカイトだが、ようやく感想が整ったらしい。そう、こぼした。
どこを見ているのか、よくわからなかったがくぽの瞳が、きしきしと蠢く。きしきし、軋りながら蠢き、きしきし、カイトを見下ろした。
「ひとごとですか、カイト」
鼻のすぐ下にあるくちびるは、これだけの量の垂れる液体の弊害を受けないわけにいかず、おそろしいほど血まみれだ。
実際、話したことで、がくぽのくちの内にはいくばくか、血が入った。通常であれば、その味や香りに眉をひそめ、あるいはむせて、まともにしゃべれなくなるものだが、がくぽにはそういったこともない。ただ、無闇とくちの内まで赤い。
カイトは見下ろす男を、ゆえに見上げ、首をかしげた。
「おれが悪いのか?」
気を悪くしたようすもなく、問い返す。ひどく無邪気な声音で、どこかおもしろがるふうでもあった。
対して、がくぽだ。かれもまた、気を悪くしたふうではなかった。気分が良くなったようでもなかったが。
「カイト、がくぽは良い/悪いの話はしていません。『ひとごとなのか』と、訊いたんです。当事者意識はないのかと」
「トゥジーシャ・シキ」
まるで理解が及んでいないと、わかる声音と表情でおうむ返しにしたカイトに、がくぽはこくり、頷いた。
「『当事者意識』です、カイト。がくぽの鼻血ももとはといえば、カイトの発言が引き金です。つまり、カイトが」
ここでがくぽは一度、ことばを切った。いい加減、くちの内が血まみれで話しにくくなったのが理由ではなく、モード・チェンジのためだ。
それで、次にくちを開いたとき、がくぽがこぼした声は【がくぽ】のものではなかった。
KAITO――カイトの。
そこまでして再現して、いわく、
「『がくぽ、ぬいちゃ、だめ…いれっぱなしに、して?』」
すこし掠れていながら、濡れ感と粘度のある声音。なにより強く香る、甘えと熱。
そして、カイトの声で、口調。
姿かたちはがくぽで、顔もがくぽで、表情も――表情のなさも、すべて、なにもかも、がくぽでありながら。
「………………………やっぱ、シュールだろ?」
ベッドのうえ、横たわったまま、カイトはそう、ぼそりとこぼした。
ベッドに転がるカイトに伸しかかったままのがくぽは、未だあふれて止まるようすのない鼻血を、カイトのからだに溜めていく。
あふれる鼻血で、カイトの肌をぬるりとぬめる、朱のうみに。
それだけの血をだらぼだと鼻から垂れ流しながら、がくぽの表情に苦悶はなく、苦痛も、あるいは羞恥、恥辱、ないし、あせりもとまどいも、なにもない。
ただ、ただ、だだ流す鼻血。
『こと』の終了に当たってカイトがうっかりこぼした本音、熱に浮かされて吐きだしたざれごとに、――昂奮?して???
「シュールだ」
三度目。
つぶやいて、気が済み、カイトはにっこり、笑った。
未だ、治まる気配もなく鼻血をだだこぼす、がくぽの首へ手を回す。相手を引き寄せつつ、自分の半身も起こし、そこももれなくぬめる朱をまとうがくぽの鼻のあたまへ、ちゅっと、くちびるを当てた。
同時に、足が上がる。ここまで、なんだかんだ、カイトの『おねがい』をきいてくれていたがくぽの、その腰に、からみつかせた。
いや、正直、さすがに、熱は引いた。
ゆめうつつという気分は、きれいさっぱり、醒めたのだけれど。
現実に立ち返って、それでも、この男がかわいいから。
むしろいっそう、この男がかわいくて、仕様がないから。
半身を起こしたことで、カイトの胸に溜まっていた血うみがとろりと腹へ、脇へ、流れる。微妙な掻痒感に瞳を眇めつつ、カイトはこつんと、がくぽの額にひたいをあわせた。
「トジシャーキシは、よくわかんないけどな、がくぽ――おまえがおれのこと、だいすきなんだってことは、わかった。から、ごほうび、やるよ。もらうだろ?」