とてもつごうよいぼくら

キャッチできるまでボールを投げる。

咀嚼、嚥下。

くちの内のものを飲みこんだがくぽは、箸をそろえると、それをすっと、食卓に戻した。わずかにかちり、箸置きに箸の当たる音がして、伏せられていた目が上がる。姿勢も正され、たわんでいたわけでもない背筋が、さらにぴんと、伸びた。

感情を刷くことがなく、かたく、深く凍りついた花色が、テーブルを挟んで向かいに座るカイトを、切れ長という以上の冷徹で見据える。

「カイト、がくぽに『かっこいい』といってください」

「ぅ、おう?」

――補記するまでもないことだが、この場合、カイトが返したのは了承を意味することば、『応』ではない。呻きだ。意味もなさない、ただの音。

つまり、どうして今だという。

ところは食卓、カイトにがくぽ、マスターまでそろって、家族で囲む夕餉の時間だ。

毎日毎晩、二六時中、かおを突きあわせていても、なにかしらどうしてか話題があるのが、この家族だ。

なんだかんだ、あれやこれやと、次から次に話が浮かんでは消えしているわけだが、それにしても、今のこのがくぽの要望は唐突だった。まるで脈絡がない。

あまりに突然のことだったから、思わず呻いて、ぽかんとして、それからカイトはさっと、マスター:八船-やつふね-へ目を走らせた。

カイトとおなじようなきょとんとした顔を、となりに座るがくぽへ向けていた。

すくなくとも、――推定でしかないが、たぶんきっと、KAITOよりはいろいろ敏いと思われる八船であっても、がくぽのこの話題がどこから飛んできたものか、見定められないらしい。

と、いうことは、だ。

<マスター>の加勢は望めない。もしかして、途中でなにかに思い当たりでもすれば、助け舟を出してくれることもあるかもしれないが――

もともと反応がにぶい、もとい、おっとり傾向にあるKAITOだが、戸惑いもあり、今回はさらに反応が遅れた。

くり返すが、単に戸惑いが勝っただけで、諾否の結果の遅延ではない。

が、がくぽはこれを、カイトからの『NO』、拒絶と取ったらしい。

気を取り直したカイトが、いったいどこからきた話題なのかと、がくぽへまずは問い返そうとした、その、間際。

「わかりました、取り下げます、カイト」

「あいや、がく…」

「代わりにカイト、がくぽを甘やかしてください。がくぽを甘やかして、がくぽに『かっこいい』といってください」

――取り下げるといいながら、がくぽの要望は結局、おなじだ。おなじだが、これはたしかに譲歩でもあった。

初めは脈絡もなく、とにかくとりあえず、『かっこいいといえ』だった。

対して今度は、理由と動機がある。脈絡がないことは変わらないが、とにかくとりあえず、カイトが約束している、がくぽをとことんまで甘やかすというそれに則り、『かっこいい』といってやることで、がくぽを甘やかせと。

とはいえしかし、だ。

ぽかんきょとんの二連打、うっかりコンボが極まってしまったカイトは、本音をさっくり、だだこぼした。

「おれはおまえのそういう、目的のためならなりふり構わないでアタマぶん回すとこ、すっご、てっぺんかわいいと思うんだけど」

真顔だった。ぽかんきょとんとしていたが、類するなら真顔、からかいも茶化しもなしの、まっこう本気。

「カイト、カイト……」

「ぅ、ぅおうー」

食卓を挟んで斜向かい、八船がかるく、眉間を押さえた。大事なことであれば、二度、呼びもしたのだろう。そして万事にぶいといわれるKAITOであっても、さすがにカイトも今回はすぐ、気がついた。

然もあらん。

これでは火に油、揚げ油に水、密閉火事場に新鮮酸素ではないか。

あれが、間際でもいいから気がついて、『かわいい』を『かっこいい』へ、置き換えることができていれば――

食卓に落ちた沈黙は短かったが、ここ最近になく重いものであったことは、いうまでもない。

その重さの主原因であり、ほとんどであり、同時に、感情をうしなったがゆえにもっとも軽いがくぽが、その軽さのため、まず、沈黙を破った。

こっくり、頷く。

「わかりました、カイト」

「いや、なに…待て、がくp」

おろおろとし、思わず腰を浮かせたカイトを、がくぽはいつもと変わらず、まるで感情を刷かない瞳で淡々と見返した。紅を塗らずとも朱に濡れるくちびるが、したたるように開く。

「やり直してどうぞ。今の『かわいい』を『かっこいい』に変えて」

「あ、それでいいんだ?!」

叫んだのは、八船だ。

そう、それでいいのかという話だ。

むしろ、それでいいならこうまで粘る必要もないのではという、話なのだが。

「えっと、あのさ、がくぽ…」

すとんと、落ちるように椅子へ腰を戻し、カイトは片手を上げた。

ぐしゃり、前髪を掻き上げ、改めてといった調子で、まじまじ、がくぽを見る。思わずと開いたくちびるが、感嘆のため息に似た声をこぼした。

「おれはおまえのそういう、なぞの粘り腰ってか、折れてもおられても、目的を達成するまではどこまでも喰らいついてくって、そういう、そういうとこな………――ほんと、掛け値なしにかっくいくって、ホレるんだけど、がくぽ」