「………?」

がくぽの膝の上で、カイトはもぞりと身じろいだ。不安そうな表情になって、自分の足元――がくぽに薬を塗られた場所へと視線を投げる。

あんじぇあ・くあまん-02-

………?」

そこは未だ襦袢に覆われていて、つぶさに様子を観察することはできない。裾をからげて見るにしても、場所が場所だ。いくら幼い言動が多発するカイトでも、そこまで無邪気ではない。

しかも今は、新しく夫と成ったひとがいる。昔馴染みで気安く、カイトの奇矯な振る舞いに慣れているにしても、やっていいことと悪いことの区別くらいはつく。

だからあくまでも、襦袢の上から眺めるだけなのだが――

…………???」

がくぽの首に腕を回してしがみついたまま、カイトはきょときょとと不安に瞳を瞬かせ、もじもじと足を蠢かせる。

おかしい。

これまでに、こんなことなどなかった。薬を塗られた後に、塗られた場所が――

「………ぁ、ふ………っ、ぅ…………?!」

「………カイト?」

「ぅ、ぁ、え、えと、ぅくぅ………っ」

堪えきれずに喘ぎが漏れたところで、盃を口に運んでいたがくぽが顔を向ける。

慌てたカイトは、羞恥から一気に体が火照るのを感じた。

そもそも、薬が馴染むまでは始めないという過保護な夫の主張に従って、時間潰しに酒を飲んでいた。適度に回った酒精で、体はすでに熱を帯びている。

そこに持って来て羞恥など募れば、さらに――

「ええ、ぁ………っや、なにっ?!」

言い訳を吐こうとしたカイトのくちびるから実際にこぼれたのは、不可解さに怯える悲鳴だった。

――薬を塗った場所が、疼く。

どうにも先から、そこが微妙な掻痒感を訴え始めていた。

傷めた当初は確かに、塗った薬が沁みて、しばらくは違和感があったものだ。

けれど状態も落ち着いて、惰性で塗っているような気がしている最近は、特に違和感を覚えることもなくなった。

煽られた体が疼くことが辛いくらいで、だからといって、今のようなものでは――

「ぁ、あ………っゃ、ぁあ………っ」

「………効いてきたか」

膝の上で泣きべそを掻いて身悶えるカイトに、がくぽはぽつりとつぶやく。

盃を置くと、惑乱のあまりに己を傷つけることがないように、カイトの手をきっちりと掴んで押さえた。

「がく、が、がくぽ、さま………がくぽさま?!」

「怯えるな。薬を塗ったろうが」

怯えて呼ぶカイトに、押さえこむがくぽはしらりと告げる。

カイトは潤む瞳を大きく開き、動じる気配もない相手を懸命に見つめた。

「塗り、塗りました、けどっ!」

「それでどうして怯える」

「どうしてって!」

これまで、薬を塗られた後にここまで疼いたことはない。それも、叫びたくなるほどに、激しく。

疼くというよりもはや、息が止まりそうだ。時間を追うごとに、どんどんひどくなる。

惑乱して暴れる体を、がくぽは体格と力の差に物言わせて、布団に転がした。うつぶせにさせると、疼きの中心を襦袢の上からなぞる。

「ひぃっ、ぁああっ!」

その瞬間にカイトのくちびるからは悲鳴のような声が迸り、やわらかな背がねこのように反り返った。

「ゃ、ぁ、あ………っ、がくぽ、さま………がくぽさま………がくぽさまぁ………っ」

「………薬を塗ったと、言ったろう、カイト」

怯えて泣きながら、疼きに追い立てられてカイトは腰を悶えさせる。

今までにない感覚にその動きはひどくなまめかしく、こなれていないにしても、男を煽るに十分だった。

舌なめずりしながら、がくぽは苦しいと悶えるカイトに伸し掛かる。薄い襦袢を剥ぐと、行燈の仄明かりですらわかるほどに染まる肌を曝け出させた。

「この間は俺も焦って、用意することなくそなたを貫いてしまったが………ゆえにああも、事後が辛かったであろう?」

「ぁ、ぁあう、……っひ、がく、………さま……っぁ……っ」

カイトはすすり泣き、悶えながら、懸命にがくぽの言葉に耳を澄ませた。

どうにも、齟齬がある。

がくぽは、薬を塗ると言って、塗った。カイトはそれを、いつもの傷用の軟膏だと思った。

薬が馴染むまで待とうと言われたときにも、確かにすぐさま貫いて擦ってしまうようでは、せっかく塗った薬が粘膜に沁みる暇もないと、考えた。

だが、どうにもそもそもの最初から、なにかが違う。

激しく齟齬を起こして、疎通が図れていない。

疼いてはしたなく口を開閉させる場所に、がくぽは再び軟膏を盛った指を近づけた。

「が……がく………っぅ、ぁっ」

「……本来はな。貫く前に、こういった軟膏を使う。男のここは、女のものと違うて濡れが少ない。ゆえにこうして潤いを足してやり、引っ掻き回して傷つけることを防ぐ」

「ぁ、んんんっ、んっ、ゃああっ」

説明しながらも、がくぽは指を差しこんで軟膏を塗り広げる。入れられた瞬間に体に走る感覚は凄まじく、カイトは強請るようにがくぽへと腰を突き出した。

「………まあ、こんなものはな。一度二度、中に出してやれば、十分に代わりが効くが――その一度二度はやはり、厳しい。世話にならざるを得ん」

「ん、んく……っ、ぁ、ぁああん………っ、ぁ、も、も……っめ、だめぇ………っがく、がくぽ、さまぁ……っゃああ、カイト、カイト、がくぽさまの、欲しいですぅ………っ指じゃなくて、がくぽさまのぉ……っ」

「……………」

とうとう話を聞くことを放り出し、カイトはあられもないおねだりをこぼした。

処女を散らす以前からがくぽはカイトの体を仕込んだが、それによってカイトは快楽に馴れるどころか、そういったこと全般への感度をいや増しに増し上げられた。快楽を堪えようもない。

そうでなくても、神経の尖りがいつもと違う。

がくぽは、出会ってから十数年、カイトがずっと想い続けてきた相手だ。

姫として扱われようとも、カイトは紛れもなく男だ。妾として気紛れに飼われることはあっても、妻として迎えられることはない――

諦めていた相手との祝言で、『初夜』なのだ。

腰を振りながら懸命に強請るカイトを眺め、がくぽは堪えきれない欲に渇くくちびるを舐めた。

「とはいえ、普通は滑りを良くするだけのものなのだがな」

もはやどう言おうとも、カイトに言葉は届かないだろう。

がくぽはカイトへと伸し掛かり、短い髪から覗く耳朶を食んだ。

「――最前な。そなたは初めてであったにも関わらず、我はずいぶんと無茶をしたろうまったく堪えも利かずに攻めたが、後々になればなるほど、まずかったと思うてな――そなたはきっと、怖かったろうと、な」

がくぽはカイトの痴態と、組み敷く体への期待から、触れることもないうちに反り返った己のものを取り出した。

華奢な相手に捻じ込むには、かわいそうな代物だ。

しかしがくぽは躊躇いなく、カイトが欲しいと強請る場所にそれを宛がった。

「ぁ、ぁああ……っ、は、ぁ………っ、がくぽ、さまぁ………っ」

押さえこんだ体が、期待と興奮に痙攣をくり返す。

よくよく解けた場所ではあったが、がくぽはゆっくりと慎重に己を押しこんだ。

その最中にも疼き過ぎる体は何度も限界を迎え、カイトはひとり極みに達した。いくら装っても男であることを証立てるかわいらしい性器から、勢いよく体液を吹き出して濡れる。

先回に四日立て続けで覚えさせたとはいえ、それから日数も経った。カイトはまだ、押しこまれるだけで達するような、そこまでこなれた体ではない。

あからさまに、感覚が過ぎる。

「ぁ…………ぁあ………ぁあ…………んんっ………」

「………そなたが我を望んでくれる想いを、否定もせんし、甘くも見ん。それでもな、カイト………こういうことは、理屈ではない。いくら愛おしくとも、怖いものは怖い。心と裏腹に、体が怯えて拒む」

瞳を極限まで見開いて、激しい快楽に痙攣するカイトに、がくぽはひどくやさしく微笑んだ。濡れる頬をやさしく撫で、くちびるを落とす。

出会ったころ、そこのやわらかさに夢中になった。いつまでもくちびるで触れていたかったが、そうもいかない。

指でつまんで、弄ぶのがせいぜいだった。

今はあの頃ほどの、やわらかさはない。

それでも心地よさは格別で、がくぽは存分にくちびるで撫で辿り、その感触を愉しんだ。

「………だが拒まれたところで、今さらもう、そなたが解けるのを待つことは出来ぬ。我はそなたの体を知り、覚えた。そなたが我の体を知り、覚えた以上に――」

「ぁ………あ、がく………がくぽ、さま………っ、がくぽ、さまぁ………っ」

「ああ。いるぞ。そなたを貫いているのは、我だ」

呼ばれて応えてやり、がくぽはカイトに体を添わせる。抱きしめるふりで手を前に回し、つぷりと尖る胸の先端をつまんだ。

「っぁああっ」

「カイト。世の中にはな、媚薬と言うて――人間の体を無理やりに、亢進させる薬もある。薬湯として飲ませるものもあれば、これ、このように…………塗りこめるものも」

わずかに腰を揺さぶり、がくぽはカイトの中に自分を収めきった。

蠢く粘膜に包まれる心地よさに浸り、それがなによりもカイトのものであることに、さらに興奮が募る。

どれほど、待ち望んだことか。

薬を塗りこめるたびにカイトが上げる甘い声に煽られ、会いに行くたびに物言いたげに見つめる瞳に、想いを掻き立てられ――

「……体温が上がると、疼く仕組みでな。触れながら募らせてやっても、良かったが……」

酒を飲ませて早々に体温を上げさせた、と。

内訳を吐き出して、がくぽはゆっくりと腰を抜き差しし始めた。そこは薬の効果によって、きつくはあってもやわらかに解けてがくぽを受け入れ、求める。

背を仰け反らせたカイトがかん高く甘い声で啼き、がくぽを呼んだ。

首筋から肩甲骨へとくちびるを辿らせて、がくぽは浮く骨にかりりと牙を立てる。

「――これからは、十全に蕩かしてやって、悦かった記憶だけ植えつけてやろう。そうしてそなたの体が、心が、傷を忘れ、俺を本当に受け入れるようになったなら、もはや薬になど頼らぬ。指の一本、舌のひと舐めで、解けて欲しがるようにしてやろうから」

「っぁああ、がく……がくぽ、さま………ぁ…………っイっちゃ………カイト、カイト、イっちゃぁあ……っ」

「………ああ」

言いながら、カイトはすでに極めている。そろそろ抑えてやらないと、達し過ぎたかわいい雄が痛いと、泣きだすだろう。

がくぽはくちびるを笑ませると、髪を括っていた綾紐をしゅるりと解いた。

祝言は、あと数日続く。

昼間まで、新妻の床に忍びたいとは言えない。けれど日没さえ迎えれば、席を立つことができる。

日没から、カイトが蕩けて原型を失くすまで――

「毎晩、そなたを蕩かしてやろう。慰みの姫ではなく、我の妻として………存分に」

ささやくと、がくぽは解いた綾紐で手早くカイトの雄を括り上げた。