相対して座り、がくぽは小さく身を縮めているカイトを睥睨した。
「斯様に悪戯ばかりするとは、カイト…………」
「ぅ………」
すているべぃあ・こみゅこみゅ
元々は素直な性質のカイトだ。悪戯をしても、すぐに謝る。
しかし今日のカイトは、かわいいおへそがちょっぴり、明後日向きらしい。小さな体をさらに小さく固めているものの、一向に謝ろうとする気配がない。
いつもは真っ直ぐに見つめてくる瞳も、がくぽから逸れてあらぬ方を見ている。
どうして今日はそうも、頑固な気分なのかといえば――
がくぽは聞こえないほどのあえかなため息をつくと、強張るカイトの体に手を伸ばした。
「っ」
「いくら些細ではあっても、『悪い』は悪いだ。仕置きはせんとな」
「………っっ」
言いながら抱き寄せられ、カイトは怯えた表情でがくぽを見上げる。
実態はどうであれ、カイトの形は愛らしいことこのうえない『姫』だ。
そしてがくぽは、少年ながらもあまりのイクサ上手ぶりに、『幼鬼神』の名を戴く身。
年の差もあるが、体格も身に纏う雰囲気もカイトとは桁違いの風格で、こうなるとどうやって見ても幼子が不利だ。場合によっては、カイトが虐められているようにしか見えない。
招いた幼い体はぷるぷると震えて、いつものように甘く擦りついて来なかった。
心中、苦々しく思いつつも表に出すことはなく、がくぽはカイトを胡坐を掻いた膝の上に抱く。
「………お、おしりぺんぺん、しますか?」
ぷるぷる震えながら訊かれて、がくぽは眉をひそめた。
カイトを住まわせた離れには、誰も寄ることがないようにと厳命している。いるのはカイトとそのめのとであるメイコ、そして『主』たるがくぽだけだ。
さらに現在、この座敷にいるのは、カイトとがくぽの二人きり。
そうではあっても――
「いくらどうでも、『姫』の着物の裾をからげて尻を剥き出しにさせるなど、出来るか」
「………」
苦々しく吐き出したがくぽに、カイトはきょとんとして大きく瞳を見張った。
めのとであるメイコなら、悪戯が過ぎればカイトの着物の裾をからげて尻も叩くかもしれないが、がくぽだ。
形は『姫』でも中身は男だとわかっていても、出来ることと出来ないことがある。
「じゃあ………」
窺うカイトに、がくぽは鼻を鳴らした。
「尻なぞ叩かん。しかし仕置く」
「なにを………っんぁっ?!」
カイトが訊くより先に、がくぽは膝に乗せた体に指を立てた。そのまま、こしょこしょこしょとくすぐり出す。
「ぷぁっ?!きゃっ、んきゃきゃきゃきゃっ?!ゃぁああっ、ぷきゃひゃひゃひゃっ、っひ、ふゃぁああっ!!」
膝の上でじたじたと暴れて笑い悶えるカイトを、がくぽが逃がすことはない。そもそもの体格も違うが、力も違う。
軽々と抱えて、こしょこしょこしょとくすぐりまくった。
「さあ、カイト!体に溜まった『ワルイコ』を存分に吐き出して、言うべきを言おうな?!」
「ひゃぁあんっ、ひっ、ぷきゃきゃきゃきゃぁあああっ!!」
くすぐりながらしらりと吐き出すがくぽに、カイトは悲鳴のような笑い声を上げてもがく。おそらく声など、届いていない。
それでもがくぽはしっかりと抱え込んだまま離さず、カイトをくすぐったさに悶えさせ続けた。
「まだ吐き出しきらんか?言うべきが言えんか?では、もっともっと………」
「ひっ、は、きゃふっ、きゃっ、ぁ、ごめんなさっ!がく、がく、っさまっ、ごめんなさっ!!っもぉしませ、っもぉし……っきゃふぁああんっ」
「……良し」
「は、はふ…………っ!」
とうとう耐え切れずに謝ったカイトに、がくぽはくすぐる手を止めた。
止められても、カイトはすでに笑い過ぎて呼吸が覚束ない。膝の上でくったり崩れる小さな体を、がくぽはやさしく抱き直してやった。乱れた着物も、さらりと整える。
そのうえで、くちびるで覆って当たりをやわらかくした牙で、うっすら汗ばんだ小さな頭に顔に、かぷかぷと咬みついた。
「ん、んんっ、ぁっ」
むず痒い感触に、カイトはくったりしたまま身悶える。構うことなく、やわらかな幼子をかぷかぷ咬んで、がくぽはあやすようにカイトの体を揺らした。
「これからはいい子に出来るか、カイト?もう『ワルイコ』は、吐き出しきったか」
「んんっ、ぁ、んっ、んっ………いい子に、しますぅ……っ!おいたしないで、オトナにしますからぁ………っ」
反省の言葉をこぼしているが、カイトの顔はむず痒さに笑っている。小さな手で、かぷかぷと咬みつくがくぽの顔を撫で辿り、頬をむにむにと引っ張った。
幼いカイトは頬も首もやわらかいが、手もやわらかい。
がくぽはこの年にはすでに剣を持って戦うことを教えられていたから、こうまでのやわらかさはなかった。肉刺が潰れて血まみれで、包帯を巻きながら、固くかたく――
笑い過ぎた余韻で、やわらかな手はしっとりと湿り気を帯びている。
不快なこともある他人の湿気だが、カイトのそれは甘ったるい香りを伴って、がくぽの心をこれ以上なく満たした。
「………良し。では、仕置きはこれで勘弁してやろう」
「んんっ!」
最後にかぷっと鼻に咬みつき、がくぽは『お仕置き』の終わりを宣言した。
大声で笑い、身悶えて暴れた小さな体は、疲れきってくったりとがくぽに凭れる。
その体を丁寧に抱き、がくぽは宥めるように軽く背を叩いてやった。
カイトが拗ねていたのは、ここしばらく、遊んでやれなかった鬱憤が溜まってのことだ。
そうでなくても、元気な盛りの男児だ。力が余って暴れ回りたいだろうに、狭い離れに閉じこめて、庭に下りることすら滅多に赦されない。
遊び相手となる子供もおらず、めのとと二人きり、息の詰まるような生活だ。
がくぽが来たときにのみ、カイトは庭を駆け回ったり、座敷でじゃれ合ったりということが出来る。
がくぽは親の仇で、己を質とした敵だが、カイトにとっては庇護者であり、唯一の遊び相手であり――
「がく、がく、ぽ、さま………ね、ね………?」
「ああ。どうした」
くったりしていたカイトだが、しばらくあやされると、よろよろとがくぽの顔に手を伸ばした。
小さくやわらかな手が、がくぽのくちびるに触れる。
あまりにくちびるに似た感触に、がくぽの心臓は大きく跳ねた。
『オトナ』の心中など知らない幼子は、ふわふわと笑ってくちびるを撫で辿る。
「ね、ね………もういっかい、やってください………カイトに、がぶがぶするの、もういっかい………」
「………あれか?」
強請られたのは、くすぐったあとの甘噛みのことだろう。
ものはわかったものの、がくぽは戸惑いに眉をひそめた。
「………あれは仕置きだぞ、カイト?」
「でも、いいですから………ね、ね………っ。がぶがぶ、してください…………カイトに、がぶがぶ……」
「…………」
熱っぽく潤み、甘く蕩けた声で強請られて、がくぽはため息を噛み殺した。
子供というのは、なにを気に入るやらわからない。
「ね、がくぽさまぁ………カイトに、がぶがぶ………」
「…………ああ」
とはいえ、がくぽにとっても気の進まない遊戯ではない。むしろ、願ってもない。
くちびるを引っ張って強請られて、がくぽはうっすらと笑みを刷いた。
まずは悪戯をする指を、かぷりと咥える。
「きゃふっ!」
笑って竦んだ指は、かりりと舌を掻いた。
すぐさま離してやり、がくぽは期待に輝くカイトへ顔を寄せる。くちびるで覆って当たりをやわらかくした牙で、かぷりとこめかみに咬みついた。
「仕置きが仕置きにならんとは、仕様のない。そんな子は、頭から爪先まで、鬼がすべて食ろうてやろうからな」
「きゃっは!」
ぼやくように言いながら、がくぽはかぷかぷとカイトに咬みつく。
うれしがりの悲鳴を上げて、カイトはがくぽの首に腕を回し、ぎゅっとしがみついた。
「食べてください、がくぽさま。カイトのこと、ぜんぶ。がくぽさまくらい、やさしい鬼さんになら、カイト、ぜんぶぜんぶ食べられても、ちっともかまいませんから」