真っ昼間だ。
そんな時間からごろ寝をするような、自堕落なひとではない。
きゅあきゅあ・すているべぃあ
「えええ……………っ」
小さな驚嘆の声を上げて、カイトは座敷にへたり込んだ。
目の前には、大の字になって眠る夫――
用事があってちょっと勝手口に行っていた間に、がくぽはすっかりと寝入ってしまっていた。
「ぅそぉ……………っ!久しぶりなのにぃ…………っ?!」
「お疲れなのでしょう」
呆然とつぶやくカイトの後ろに、薄掛けを持ってきたメイコが立つ。
「……妻としての振る舞いは、わかっておいででしょうね?よもや、構って遊べと幼子ままに、起こしやいたしますまいね」
「……っ」
へたんと座り込んでいるカイトに薄掛けを渡しつつ、メイコは諌めるように言う。
途端にカイトは『幼子』ままに、ぶくんと頬を膨らませた。
***
「…………」
悩ましいなと、思う。
午睡から目覚めたがくぽは、身じろぐことを懸命に堪えつつ、激しい懊悩の最中にいた。
がくぽは正室として迎えたカイトのことを、概ね愛らしいと思っている。なによりも、愛おしいと。
これを正室として迎えたからには、今後一切他の体は開かぬと誓って守り通しているし、後悔もしていない。
しかし、悩ましい。
敗戦の拭いで、ごく幼い頃に引き取ったカイトは、がくぽが手ずから育てたと言っても過言ではない、まさに己のための華だ。
その振る舞いにしろ言いようにしろ、世間一般はともかく、すべてががくぽにとって好ましい。
形を歪めた後ろ暗さはあるものの、総じて愛おしい。
が――
「ん、んんぅ…………は、ぁんむ……………ん、ん、ん…………んちゅっ………」
「……………っ」
魂がこぼれるほどのため息を、がくぽはどうにかして飲み込んだ。
ここ一月ばかり、仕事の忙しさのあまり、カイトの元を訪うことが出来なかった。
今日になってようやく、久しぶりの逢瀬だ。
愛おしい夫の訪れに、もちろんカイトは大喜びしたし、がくぽにしても同様だ。
毎日見ても見飽きない、年下の妻の元気な姿を久しぶりに見られて、それはそれは安堵した――
おそらく、ここでがくぽの心が緩んだ。それまでてんやわんやの仕事に追われ、張り詰めていた精神が、ぷっつり切れたのだ。
ごく軽いものながら昼餉をいっしょに摂って、カイトが少しばかり席を外した途端、抗い難いほどの眠気に襲われた。
陽気も良かった。掛け物がなくとも、十分に暖かかったのだ。
座敷に満ちる、カイトの香りと気配と――
愛おしい妻の傍に、ようやくいるのだと実感したがくぽはつい、眠気に負けた。
いつの間にか、座敷にごろりと転がって、うたた寝を。
――して、起きた切っ掛けが、問題だ。
「んん、ん…………んちゅぅう…………は、んむ………んむんむ…………はふっ」
耳に届くのは、ねこが水でも飲むような、ぴちゃぴちゃというはしたない水音。
そして、心から愛して止まない幼い妻の上げる、熱を含んで甘く蕩けた嬌声。
なによりも、己の局所が訴える、計り知れない疼き。
寝ているがくぽの腹に薄掛けを掛けてくれたところまでは、カイトの振る舞いも妻らしかった。
しかしその後なぜか、カイトはがくぽの着物の下を肌蹴ると、夫のものを勝手に取り出してしゃぶっていた。しかも自分の着物も帯を解いて、屈みやすく着崩すという念の入り様。
夢中だ。
旺盛な年頃ではあるし、一月ばかりも不在にした。溜まっているといえば、そうだろう。
だとしても、悩ましいことこのうえない。
夫が起きるのも待てず、待てないから起きろと起こすでなく、寝ている相手に。
「んく、ぁ、………とろとろおしるぅ……、でてきたぁ…………」
「っくっ」
くちびるをつけたままの熱っぽいつぶやきに、がくぽは堪えきれずに呻いた。思わず腰も跳ねる。
「んぇ?」
それまで一切音沙汰なかったがくぽの唐突な反応に、カイトはきょとんとした顔を上げた。
横たわったまま半眼で睨めつける夫と目が合って、さらに無邪気にきょときょとんとする。
その間も、手はがくぽのものを掴んだままだ。顔は上げたが、完全ではない。先端にくちびるが触れている。
しばし見合ってから、カイトは至極意外げにつぶやいた。
「おきちゃったぁ………」
「…………」
睨めつけていた瞳を閉じ、がくぽは兆す頭痛と戦った。
こうまでされて、どうして起きないと思うのか。
確かに疲れはあって、けれどこれで起きないほどではない。
「ぁくぽさ、んぷっ」
「咥えろ。きちんと達かせよ」
「んんんっ」
がくぽはさらになにか言おうとしたカイトの頭を掴み、滾るものを咽喉奥へと押し込んだ。
多少乱暴な振る舞いにはなったが、こちとら寝起きだ。しかもこんな起こされ方での。
一瞬は慌てたカイトだが、そもそも初めて咥えるわけでもない。ある意味でもっとも馴れた行為なので、すぐさま体の強張りを解いた。
「ん…………んんっ、ん…………ぷぁっ、ぁ、はふ………んんちゅ…………っ」
頭から手を離すと、心得たカイトは射精感を煽るように先端をちろちろと舐め、誘うように吸う。
巧みとは言わないが、付き合いも長い。がくぽの癖を心得ていて、的確に刺激される。
「カイト………っ」
堪えることを放り出して、がくぽは募る思いまま、素直に極みに達した。
「んんんー…………っ」
カイトは放たれるものを受け止めるために、できるだけきちんとがくぽを咥えこむ。
ちゅうちゅうと音を立てて啜りつつ、その咽喉がこくりこくりと嚥下に動いた。
「ん、はふ…………っ…………んん………濃ぉい…………」
ちゅっちゅとしつこく名残りを吸い上げながら、カイトはうっとりとしてつぶやく。
久方ぶりのカイトだ。たかが口淫とはいえ、さすがのがくぽも体が芯まで痺れた。
それでもがくぽは懸命に呼吸を整えると、がばりと跳ね起きた。未だに雄を弄んでいるカイトの体を、力づくで膝の上へと抱き上げる。
「んきゃっ?!」
「この、じゃじゃが……!」
唐突な勢いに一瞬は竦んだカイトだったが、がくぽの詰る口調に、逃げようと慌ててもがく。
それも力の差に物言わせて、がくぽはしっかりとカイトを抱きこんだ。
そのうえで、くちびるで覆った牙をカイトの顔に頭に立てて、じゃれるようにかぷかぷと咬みつく。
「夫の寝込みを襲うとは、良い覚悟だな、カイト?どこでそんな心得を学んだ。そなたの物堅いめのとは、斯様な振る舞いを妻としての勤めと、仕込みはすまい?」
「んっ、んんっ、や、やぁっ、んんっ」
詰られながら、顔中に牙が立つ。くちびるで覆われているから痛みはないが、くすぐったい。
しかもがくぽは暴れる体を押さえ込みながら、その手でカイトの弱いところをさりげなく撫でていく。
カイトがまだ小さな頃からの、些細な悪戯に対するがくぽの『お仕置き』法だ。小さな頃は撫でるのではなく、くすぐられて呼吸が出来なくなるほどに笑わされたが。
小さなカイトはすぐに降参して、ごめんなさいをした。自分が悪いこともわかっていたし、がくぽが本気で怒っていないこともきちんとわかっていたからだ。
『お仕置き』とは言うものの、実態はお遊戯。
ひとり寂しさに悪戯に走るカイトを、諌めるように見せて慰めあやす――
今回に関しても、そうだろう。お仕置きを兼ねた、ちょっとしたじゃれ合い。
わかっていたが、カイトが素直に謝ることはなかった。夫に抱えられたまま、『じゃじゃ』そのままに暴れる。
「かい、カイト、悪くないですもんっ、んんんっ!ぁ、ひ、久しぶりなのにっ、がくぽさまがっ、ぁんっ」
「カイト………夫の寝込みを襲うておいて、反省も謝罪もなしか?そなたは疲れた夫を、寝かせておく器量もないのか?」
「がくぽさまが、悪いんですぅうっ!!」
全身をくすぐられるように愛撫され、顔中にやさしい牙が降る。
それでもカイトは拗ねた声と表情で叫び、長く垂れるがくぽの髪を幼子ままにぎゅいぎゅいと引っ張った。
「これ、カイト………」
「か、カイトの傍にいるときは………こちらにいらしたときは、いつでもなにをするのでも、カイトのこと、ぎゅうってしててくださらなきゃ、だめなんですぅっ!お昼寝するのでも、カイトのこと、ぎゅうってしててくださらなきゃいけないのにっ、ひとりっきりで寝てしまわれるからぁっ!」
「…………カイト」
ぐすんと洟を啜りながらの拗ねきった叫びに、がくぽは動きを止めた。
思わずまじまじと、膝の上の妻を見る。
熱にではなく、寂しさに瞳を潤ませたカイトは、動きを止めたがくぽにきゅううっと縋りつく。指が白くなるほどの力でしがみついて、ねこのように擦りついた。
「カイトのこと、放り出したら、いやです………傍にいらっしゃるなら、ずっとずっと、なにをなさるのでも、ぎゅうってしててくださらなきゃ、だめです………」
「………」
言うことは、妻ではない。子供そのものだ。
いみじくも言われたように、疲れた夫をただ穏やかに寝かせる器量は、カイトにはない。
それが結局は、がくぽの育て方であり、カイトに望む姿でもあった。
「ぎゅうってしててくださったら、お昼寝でもなんでも、カイトだって大人に付き合います………っ」
「………ああ」
弱々しく言葉を継ぐカイトに、がくぽは穏やかに頷いた。かぷりと、こめかみに咬みつく。
「寂しくさせた」
「…………ぐすっ」
感情を拾い上げてくれた夫に、カイトは素直に洟を啜った。きゅううっと縋りついて、ますます懐く。
「一寸なのだから、待ってやればよかった」
「そぉです………」
宥めてあやすがくぽに、カイトは小さく頷く。
どうやら激情も去ったらしいと見て、がくぽはくちびるを笑ませた。
改めて、膝の上に乗せたカイトの姿を見る。
着物は肌蹴られて、ぬめるように白い肌が覗いている。
真っ昼間だ。陽気の良さに開け放しているから、光の入りもいい。
その肌のすべてが隈なく、見ることが出来る。
「…………とはいえ、寝込みを襲うのはどうだ、カイト?それほどまでに、我が恋しかったか?」
「っふゃっ!」
やさしい声で諌めながら、伸びたがくぽの手は、ちらりと覗くカイトの恥部に触れる。
『姫』として育て、今は『妻』として置いている。
だからというわけではないはずだが、華奢な身に相応の、愛らしい性器だ。用足し以外には、夫しか触れない場所――
「しゃぶっていただけだろう、そなた?己で慰めてはおらなんだな………それで、こうまで漲らせたか?」
「ゃ、ぁ、あ、ぁんんっ」
愛らしくとも、きちんと『男』として勃ち上がっているカイトのものを、がくぽはからかいながら弄ぶ。
弄るたびに、そこからはくちくちと水音が立った。
がくぽのものを掴んで、己には伸びていなかったカイトの手だ。こうまでなったのは、触れもせず、ただ夫のものへの期待から。
「淫らがましい妻だな、カイト………しゃぶるだけで、こうまでになるとは」
「っんっ、ぁ、あっ、ちがっ、ちがいっ、ますもっ、ゃんんんっ」
がくぽにしがみついたまま、カイトはびくびくと体を跳ねさせる。
膝から落ちないようにと支えてやりつつも、がくぽはカイトのものを弄り回した。堪えきれない笑みに歪むくちびるが、真っ赤に染まったカイトの耳朶をやわらかく食む。
「なにが違う?」
「っぁ、な、なめた、だけじゃ、ないですもんっ!」
問いに、カイトはひっくり返った声で、懸命に訴えた。
「がくぽさまのっ、飲みましたっ。ひ、一月ぶりの、いやらしいお味のっ、がくぽさまが出しただけ、ぜんぶぜんぶ、飲んだんですぅ………っ」
「…………」
そういえばそうだったと、がくぽはカイトを弄る手は止めないままに、わずかに記憶を漁る。
何気なく外へと目をやり、その日の高さを改めて確かめ、さりげなくカイトのものの根元を押さえた。
「んぁあっ、がくぽさ………っ」
「カイト、達く前に答えよ。そなたなにゆえ、我の寝込みを襲った?」
無邪気で、いつまで経っても稚気が抜けないとはいえ、そうまで淫らがましい性質ではない。一月ぶりではあったが、まさか『襲われる』とは思わなかったがくぽだ。
訊いたがくぽに、カイトは膝の上で身を縮める。相変わらず縋りつきながら、ようやく反省したような表情を見せた。
「…………寝ていらっしゃるがくぽさまを見てたら……………いやらしい、淫らがましい気分になってきてしまって………我慢できなくて………」
「…………ふぅん?」
「ひゃぁんっ」
理由となるようなならないような、微妙なところだ。
返答に気もなく頷きながら、がくぽは押さえていたカイトの根元を解放し、やわやわと揉みしだいた。
いつまで経っても幼いままだと、大人の自分に押されて流されているだけだと――そう、思っていたが。
大きく跳ねて啼くカイトを抱いた、がくぽのくちびるが徐々に笑みを刷く。堪えきれずに、悶える体を抱きしめてつむじにくちびるを落とした。
「どうやら発情期だな、そなた」
「んんっ、ぁっ、ひぁあんっ」
吹き込まれると同時に、カイトが極める。
余韻でがくがくと震える体が落ちないように気を配りつつ、がくぽは濡れた手をかざした。口元に運んで、軽く味を見る。
「ああ、やはり、濃い………。こうまでとなれば、夫の寝込みを襲わずにはおれまい。我も気を入れて、存分に付き合うてやらぬとな」
「ぁ、………」
上機嫌で吐き出される言葉に、カイトは息を荒げながら、がくぽにきゅうっとしがみつく。顔を上げると、じゃれるように首を甘噛みした。
そうやっておいて、わずかに心配そうにがくぽを窺う。
「でも、がくぽさま………お疲れなんでしょう?カイトは、こうしてぎゅうってしてていただければ………寝てくださっても」
「…………」
ようやく遠慮と反省が出来るようになったカイトを、がくぽは半眼で見下ろした。濡れた手を舐めつつ、小さくため息をつく。
「そなた、こうなってから我にただ寝よというほうが、いかにかむつかしいことか、わからぬか?そなたより年は上の夫だがな、そうまで耄碌した覚えもないぞ」
「………ぁ」
説かれて、カイトはなにかに気がついたように瞳を瞬かせる。その尻が、もぞもぞと身じろいだ。
逃がすまいと抱え込んで、がくぽはくちびるで覆った牙で、かぷりとカイトの頬に咬みつく。
「寝るなど、憂さを晴らしてからで十分だ。存分に吐き出して落ち着いたなら、次は共に転がろう」
「………はい、がくぽさま」
かぷかぷとやわらかに咬みつかれながら吹き込まれて、カイトは笑み崩れると、がくぽに咬みつき返した。