風呂から出ると座敷に戻り、並べられた酒肴を楽しんだ。カイトは酒を飲まないが、がくぽは元服した年から飲み続けている。
その酌をずっと仰せつかっているから、カイトは手慣れたものだ。
でぃおにそしぁ・あめしすてぃ-09-
肴だけ、つまんで口に入れてもらいながら、がくぽが猪口を空けると徳利を手に取る。
久しぶりに生き返った心地で酒を楽しみ、カイトを膝に乗せて肴を口に入れてやり、そのまま隣の座敷に延べられた布団に二人で転がりこんだ。
これも、いつものことだ。
がくぽが泊まっていくときには、二人は常に床を共にした。
布団を二組敷くことはない。
いや、初めのうち、メイコはきちんと二組、敷いていた。
しかしがくぽがいつもいつもカイトを抱きこんで同じ布団に入るため、自分が無駄な労力を費やしていると、どこかで思い切ったらしい。
ある日から、布団は一組になっていた。
構うこともなく、がくぽはカイトを抱きくるんで眠る。
こうまで安らかな眠りも、久しぶりだった。
腕の中には熱いほどの子供体温のカイトがいて、そっと寄り添っている。間近から香り立つのはカイトの体臭で、甘く鼻腔を通り、肺腑を満たす。
耳には、カイトの安らかな寝息――得難いもの、己が生きる意味、棟梁としてやるべき仕事のすべてが、鮮明に浮かび上がる。
がくぽは上機嫌で寝に就いた――明日の朝もまた、目覚めればカイトがいて、いつものように微笑んで擦りついてくれることを、信じて疑わずに。
***
「ぅ、ふぇ………っ」
起きたカイトは、しばらく呆然と固まってから、泣き出した。
そんなことではいけないと思っても、あまりの衝撃に、泣くことしか思いつかなかった。
がくぽは昨日の深酒の影響か、それとも連日の疲れが出たのか、空が白んだというのに目を覚ます様子がない。
それはそれで助かるが、それにしても、どうしろと。
「ふ、ぇ……っ、ぇく、ぅ、………と、とにかく、めーこに………」
しゃくり上げながら、カイトは自分が頼ることの出来る、唯一の味方に縋ることにした。
布団から這い出て――というより、ほとんどはがくぽの腕から抜け出ることのほうが、難行だったのだが――、再び涙がこみ上げる。
情けない心地で、自分の下半身を見下ろした。
「………も、もぉ、十四なのに………っオトナなのに………っこ、こんな……っ」
久しぶりにがくぽと会えて、共に過ごし、腕の中で眠った。
カイトとて上機嫌で、夢見もすこぶる良かった。
最近は、がくぽが顔を背けているか、背中を向けている夢しか見られなかったのだが、今日の夢では、がくぽはカイトを抱きこんでいてくれて、それどころか――
「ぅ、ぐすっ」
しゃくり上げつつ、カイトは気持ちの悪い感触の下半身を引きずるように、四つん這いになった。そろそろと、座敷を移動しようとする。
「………カイト」
「っひっ」
不機嫌な声に呼ばれて、カイトはぺしゃんと尻を落とした。
固まっていると、背後でがくぽが起き上がる、のそりとした音がする。
「どうした……?」
「……が、がくぽ、さまぁ………っ」
寝起きのせいか、はたまた別の理由か、がくぽの声はすこぶる不機嫌だった。
カイトは瞳を潤ませながら、がくぽを振り返る。
こんなことは、がくぽには知られたくない。
そうでなくても子供扱いで、一向に相手にして貰えていないのに。
しかしがくぽは起き出すと、尻を落としたカイトの腰を掴み、再び布団へと連れ戻してしまった。
「厠でも行きたくなったか」
「っ」
力づくで布団に横にならせたうえでの何気ない問いに、カイトはあまりにあからさまに固まった。
座敷は、まだ薄暗い。
表情はつぶさにはわからないはずだが、がくぽが訝しげに眉をひそめたのはわかった。
「カイト?」
「ぅ、ふぇ………っ」
「おい?」
泣き出したカイトに、がくぽは困惑した声を上げる。
「どうした、カイト……?」
心配そうに、頬を撫でられる。涙を掬われて、カイトはきゅっと瞳を閉じた。
「ぅ、お、ぉねしょ………っ」
「………は?」
「おねしょ、……しちゃいました…………っ」
「…………」
カイトの告白に、がくぽも固まった。
齢十四だ。
おねしょはない。
そもそも屋敷に連れて来た当初から、すでにおねしょ癖は治まっていたカイトだ。粗相をして、二人して冷たい思いで起き上がった朝の記憶はない。
「………したのか?」
「ひぃいん………っ」
がくぽは訝しげにつぶやき、自分の着物を撫でた。
濡れた感触はない。
次いで布団を探り、首を傾げた。
同様。
がくぽはさらに募る訝しさに、布団に転がしたカイトの下半身を見た。わずかに乱れているものの、きちんと着物に覆われている。
「……」
「っひゃっ!」
「………??」
そっと触れてみて、さらにがくぽは困惑した。
濡れていない。
だというのに、カイトはおもらしをしたと泣き、がくぽに隠れて始末しようとした。
「……………」
「ぅ、ぇ………っふぇえっ」
首を傾げてカイトの下半身を眺めていたがくぽは、ふとひとつの可能性に思い至った。
カイトの齢は、十四だ。『姫』として育てているが、体は男。
十四ともなれば、元服をして、一人前の男として扱われる。
もちろんその『一人前』の意味には、そういう意味も――
「まさか、カイト……っ」
「ふぇ………えっ?!!ひ、ゃ、やっ、がくぽさまっ?!!」
がくぽは慌ててカイトの着物を開き、下半身を晒させた。下着に覆われたそこを軽く撫でたが、絞れるほどに濡れたという感触はない。
がくぽは羞恥に身を捩るカイトに構わず、下着を解いて下半身を晒させた。
「ゃ、ゃあっ、がくぽさまぁ…っ」
「………っ」
座敷は暗い。
がくぽは目を使うことをせず、暴れるカイトの足を掴んで割り開くと、そこに顔を近づけた。くん、と鼻を鳴らして、においを嗅ぐ。
覚えのある、独特の臭いがした。
これまで甘いばかりだったカイトからは臭ったことのない、わずかに生臭さを含んだ――
「……ぃや、ぃやぁっ、がくぽさまぁっ」
「………やはり」
直接に性器を弄られて、カイトは悲鳴を上げた。風呂で洗われているのとは、訳が違う。
カイトは懸命に身を捩ったが、武将として日々鍛錬するがくぽの力は強く、足を押さえているのが片手なのに、解けない。
がくぽは探った手についた粘液に、顔を歪めた。
間違いない。
吐精したのだ。
カイトの年なら、ないとは言えない――いや、よくあると言ってもいい。
だから、驚くべきことでもない。普通なら、男に成ったのだと歓ばれて、終わりだ。
けれどカイトは『女』だった。
それも、箱庭に閉じ込めて大事大事に育てた、『姫』だ。
とはいえ体は男なのだから、年にもなれば吐精くらいするだろう。
問題は、そこではない。
問題となるのは。
「………カイト」
「ぅ……っふぇ………ぇぅう………っめんなさい……ごめんなさい、がくぽさま………」
『おねしょ』などをした罰を受けているとでも誤解したのか、カイトは震えて泣きながら謝った。
がくぽは粘つく指を着物になすりつけて拭い、布団に転がしたカイトの上に伸し掛かる。
逃げる気もない体を押さえつけて、上からじっと睨み下ろした。
「………これは、おねしょではない」
「………ふ、ぇ?………え、でも………」
がくぽの言葉にカイトは瞳を見張り、晒されたままの下半身をもぞつかせた。濡れた証拠に、朝の冷気に触れたそこが、不快に冷える。
がくぽは殊更にカイトに顔を近づけ、ささやいた。
「吐精したのだ。………小便ではない。子種を吐いたのだ」
「と………こだ………こ、だ?!」
きょとんとくり返したカイトは、すぐに声をひっくり返させた。
動揺にもがく体を押さえこみ、がくぽはカイトの瞳を間近から見据える。
「な、そんな、あ、え………っ」
「淫らがましい夢を見たのだろう。そなたの年なら、ないではない。いや、遅い」
「み、みだ………っ?!!………っっ」
薄闇にも、カイトの顔が羞恥に歪むのがわかった。
遅いもなにも、大事大事に育てることだけにかまけて、そういった知識をまったく与えないままに、ここまで来たのだ。
淫らがましいの意味は知っていても、体感したことも、見たことすらないだろう。
息を呑むカイトに、がくぽはさらに伸し掛かった。
「………言え。どのような夢を見た。誰を相手にした」
「………っ………ぁ………っ」
がくぽの問いに、カイトは喘いだ。記憶を探るような間があり、ひゅっと息を呑む。
「………っや……」
「カイト」
「ゃ、いやです………言えません、そんな……っそんな、浅ましい………っ」
押さえつけられて自由にならない体で、カイトは懸命にもがき、がくぽから顔を逸らす。
夢なら見た。
今日の夢は久しぶりに幸福に満ちていて、しかも、少しばかり心躍るものだった。
がくぽの膝に抱きくるめられて、だけでなく――
そんな夢を見たのはおそらく、昼間に見た光景のせいだ。
抱き合う男女。
夢中になって、口を吸い合っていた――書物で読んだだけの、愛し合う同士がする、閨ごと。
実際にその光景を見て、その興奮が冷めないままにがくぽが来て――
しかし素直にがくぽに言うことなど、出来るはずもない。
夢に勝手に出した挙句、自分の欲望の処理に使ったなど、浅まし過ぎて身が引き千切られそうだ。
「………カイト」
「ぃやです………お赦しくださいませ……」
震える声で嘆願するカイトに、伸し掛かるがくぽの体から、怒気が噴き出した。