瞳を開いた瞬間に、くらりと視界が歪んだ。
「ぅ………」
小さく呻いて、カイトはもう一度、瞼を下ろす。
懸命に呼吸を整えてから、そろそろと瞳を開いた。
暗い。
でぃおにそしぁ・あめしすてぃ-21-
「………」
どこか呆れて、カイトは小さくため息をこぼした。
起きたときは、間違いなく朝だった。それから、なにかしら思い切ったらしいがくぽに組み伏せられ、喘がせられ、貫かれること、数えきれないほど。
あまりの長丁場に、いつの間にかカイトは意識を飛ばし、ようやく気がつけば、暗い。
これが当夜なのか、それとも翌日にかかっているのか、はたまた――という、判断もつかない。
わかるのは、体が経験したことがないほどに重怠く、咽喉と目が痛み、思考が覚束ないこと。
「ん……」
カイトは小さく身動ぎし、力ない手を布団から出して眺めた。
体は重怠く、自由にもならないが、清潔ではある。終わりの方の記憶を探れば、全身隈なくどろりと汚れていたはずだし、なにより抜かれることもないままに、何度も何度も腹の中に吐き出された。
不快だとは言わないが、最後には苦しくすらあった、腹が膨れた感触もないから、きちんと後始末はされている。
「……………ん?」
ふと、カイトは眉を寄せた。
がくぽが押しこまれ、抜かれないままに、何度も腹の中に吐精された。溜まっていく感触に、そこをさらに刺し貫かれて掻き混ぜられる感触に、カイトは苦しさと、共に在る快楽に泣き喚いた。
昨日ようやく男を知ったばかりだというのに、今日にはもう、男の形を覚えて、その形に変わりそうだ。
そう思うほどに、がくぽはしつこく、ねちっこくカイトの中を掻き混ぜ、貫き、己を押しこんだ。
――一度や二度、男を受け入れたことがあったとて、言わなければわかりやしません。
メイコはそう言っていたが、果たしてカイトの今の体は、誰が抱いても他の男など知らないと言い張れるだろうか。
無理だ、と思う。
いくらなんでもここまでされたら、カイトの体は間違いなく、男に順応し、潔白ではないと知らしめるだろう。
『姫』という売り物としては、商品価値の低いこと甚だしい。
だが、その危惧もどうでもいいのだろうか――きつい快楽の中にあって、思考を奪われ、がくぽがこぼした言葉のほとんどを覚えていない。
覚えていないが、断片のすべてが、がくぽがカイトを所有すると、カイトを決して手放さないと言っていた気がする。
カイトの『男』は、生涯、がくぽただ一人だと――
言っていた気がするのだが、その関連において。
「…………うそ、だよ……ね?」
覚めきっていなかったカイトの思考はゆるゆると覚醒し、血の気の引く思いで、布団の中の自分の体を見る。
いや、見るまでもない――暗がりでは、見ても見えないから、視線をやっても意味がない。
感覚は確かにそうだと言っているし――けれど、それこそ男の形を覚えるほどに貫かれた。もしかしたら、慣れない自分の体が錯覚を起こしているだけとも限らない。
「…………う、そ……」
腹にあるのは、重みだ。筋肉質で、太く逞しい腕が、しっかりとカイトを抱えこんでいる。
背中にはぴたりと張りつく素肌の感触もあるし、またもや、がくぽによって抱かれたまま寝ている、のは、いいとして。
腹にあるのが、腕の重みだけではない。
入っている。
「………っ」
カイトの瞳は、瞬間的に潤んだ。
意識を失ったカイトの体を清潔にし、布団も取り替え、横たわらせた。
そこは理解出来る。面倒をかけて申し訳ないと、竦む気持ちもある。
あるが――意識を失った体に、散々に喘がせ泣かせた凶器を再び納めて、ぐっすりと眠りこむ、その状態。
「……ぅ……っ」
オトナこわい。
今さらながらに震え上がりながら、カイトはそろそろと体を動かした。
動かない。
「………っ」
そもそもが昨夜から、慣れない動きでばて気味だった。そこにもってきて、一日がかり。
しかも、夕食から雪崩れこみ、以降、まともに食事も摂らないまま――に、幾日目かはわからないが、ここまで来ている。
無理な動きに悲鳴を上げる体に、さらに鞭打つ栄養不足と水分不足。
「ふ……っ」
意識をした途端、そこがうねりだしたような気がする。そんなことをすれば、背後で眠るひとを起こしてしまうと思うのに、そう思って焦れば焦るほど、形を確かめるように蠢いてしまう、内襞。
「ひ……っゃ、ぁ………っ」
泣き喚き過ぎて枯れた咽喉は、さらに水分も不足して掠れきり、小さく呻くだけでも痛い。
痛いが、押し入れられたものを抜こうともがけばもがくだけ、かえって弱いところを刺激されて、声がこぼれてしまう。
「……っぅ、ふぇ……っ」
どうしようもなくなって嗚咽混じりになったところで、腹を抱く腕にぴくりと力が入った。
「………」
「……がく………んっ」
がりりと頭を掻いてから身を起こした男は、震えて泣くカイトの顎を掴むと、まずはくちびるを塞いだ。当然のように舌が押しこまれて、乾いた口の中を潤すように舐め辿る。
流しこまれる唾液を思わず飲みこんで、渇いていると思っていた粘膜が自分の予想より遥かに深刻に渇いていることに気がついた。
「ん……ん、けほ……っ、んん………っ」
「………起こし上手なものだな、カイト」
「んん………っは、ぅ………っ」
からかうように言ったがくぽは、押しこんだ自分のものを軽く揺さぶり上げる。カイトは竦んで、懲りることもなく快楽を覚える自分の体に耐えた。
「ぁ、がく………さま、けほっ」
「咽喉が枯れたか?痛むか?」
訊きながら、がくぽはカイトを抱いて身を起こす。膝に抱え上げられて、しかし抜かれることはない。
縛り上げられたまま、吐精を赦されずに責められ続けたカイトだ。最後の最後、意識を失う間際に紐が解かれたような記憶があるが、もうそこから、勢いを増して吐き出すことはなかった。
極めてもだらだらとひっきりなしに蜜をこぼすばかりで、がくぽが勿体ないとかなんとか言いながら――
解かれた安堵感で意識を失ったから、それ以降を覚えていない。
覚えていないが、今は自由を赦されているカイトのものは、またもやゆるりと勃ち上がりかけていた。
どうして、と泣く思いで見つめてから、暗がりであっても間近にあるために、光が見えるようながくぽの瞳へと視線を合わせる。
「ぉ、みず……」
「ああ。咽喉が渇いたか。………然もあらんな。あれだけ泣いて、なにも飲みもせずにいる」
「………っふ……っぅう」
がくぽはカイトを膝に乗せたまま、枕元に用意してあった水差しを取り、茶碗に水を注ぐ。
器用極まりないとしか言えない仕事をこなして、カイトの口に茶碗が宛がわれた。
「ん………っんくっんくっんくっ………っ」
「焦るなよ。噎せるぞ」
「んんっ……んくくっんくっ……」
宥めるように言いながら、がくぽはカイトに水を含ませる。
咽喉を鳴らして飲み干して、カイトの体からわずかに力が抜けた。
生き返る。
「まだ飲むか?」
「はい…」
訊かれて、素直に頷いた。
がくぽは再び、カイトを抱えたままの器用な仕事ぶりを見せて、新しい水を注ぐ。茶碗をカイトに渡すことはないままに口に宛がい、傾けた。
「ん………っふ、んくっんく………っ」
咽喉を鳴らして飲み干して、今度こそカイトは完全に力が抜けて、がくぽへと凭れかかった。
「はふ………」
安堵の吐息をこぼすカイトに、がくぽは小さく笑う。自分もわずかに水を注いで飲み、茶碗を置いた。
大人しく膝の上に抱かれているカイトの腹を撫で、顎を掴んで持ち上げる。
「ん、ぁふ………んんふ」
「………ああ」
再びくちびるを重ねて舌を口の中に押し込み、がくぽは頷いた。
水を飲んで冷えたが、同時にきちんと潤いを取り戻している。
「んん………っ」
男のものを舐めしゃぶって奉仕するやり方は教えたが、口吸いのやり方は教えていない。
がくぽの舌に応じるカイトはたどたどしく、下手をすると呼吸すらも覚束なかった。
「ぁふ………」
意識を飛ばす寸前で、ようやくがくぽはくちびるを離す。間を繋ぐ唾液をちゅるりと啜って、痺れて戦慄くカイトのくちびるをやわらかに舐めた。
「がくぽさま……」
潤っても、啼き過ぎで粘膜が傷んでいる。
甘さはあっても掠れる声で呼ばれ、がくぽはカイトを抱きしめた。再び、腹を撫でる。
「ん、ゃ……っ」
そこには、未だに男が押しこまれたままだ。確実に刺激されて、カイトはびくりと竦んでがくぽにしがみついた。
構うことなく笑って、がくぽは覗く耳朶にくちびるを寄せる。
「腹は空いておらんか。なにか、食いたいものは?」
「ぅ……っぁ………っ」
問いに、カイトはそろそろと顔を上げた。
暗がりにはっきりとは見えなくても、やさしい空気は伝わるがくぽを懸命に見つめる。
腹が空いていないかといえば、限界を突破して、そうと感じる隙がないとしか言えない。
すきっ腹に、異物が押しこまれて誤魔化されているというのもある。
「ぁ……の」
「土産は酒と言うたが、甘いものも求めて来てある。食べるか?」
「あ………」
カイトが答える前に、がくぽは体を倒し、水差しと同じ盆の上に置かれていた菓子鉢へと手を伸ばす。埃よけの布巾を飛ばして、中に入っていた干し果を取ると、体を戻した。
「やわらかいぞ。しかも甘い。そなたは好きだろうと思うてな」
「ん……っ」
小さく千切ったものが、思考を追いつけないカイトの口に入れられる。
ほろりと溶け広がる甘みに、カイトはぶるりと震えた――瞬間に、腹の中を締めつけて、平然と押しこまれたままの男へと意識を戻される。
しかし訊く隙もないままに、カイトの口には新たな欠片が添えられて、飲みこまされる。
「どうだ。好きか?」
「ん、はぃ………んん、おぃひぃ、です………んっ」
なんとか頑張って答える合間にも、口の中に次から次へと突っ込まれる。
身に沁みる甘さに、確かに腹が減っていたことも自覚したが――
「んっ」
「もう一飲みしておくか」
干し果をふたつほど納めてから、がくぽはつぶやいて、水差しを取った。甘く痺れるカイトの口に、冷たい水を湛えた茶碗が宛がわれる。
欲しいものが欲しいときに与えられて、カイトは素直に水を飲み干した。
しかしそろそろ。
「ぁ、の……がくぽ、さまっ」
「ああ、俺なら気にするな。寝る前に腹に入れた」
「ぅ、あ………ぇえと」
それは良かったというか、気がつかなかったのは迂闊だったとか、少しばかり思考が逸らされた。
ところで、カイトはころりと布団に転がされる。
「ぁ………っ?!」
予感に震えるカイトに、体勢を変えて伸し掛かったがくぽがうっそりと笑う気配がした。
「腹ごなしと行くか。ここまで、煽られながら俺もよう耐えたしな」
「ぁ、の……っがくぽ、さまっ?!」
嘘だろうと、カイトは息を呑んでがくぽを見上げた。
暗闇に、男の表情はつぶさには見えない。
見えないが、腹の中には男の分身がいて、言葉になにも嘘がないことをなによりも雄弁に語っている。
だが、信じたくなかった――というより、信じられない。
寝る前、カイトの腹が膨れるほどに吐き出しておいて。
どうして今すぐに、復活を宣言出来るのか。
「がくぽ、さ………っふぁあっ」
慄くカイトの問いを赦さず、がくぽは緩やかに腰を動かし始めた。
忘れる暇もなく立て続けに攻められているカイトは、すぐさまきつい快楽の中に戻される。
掠れた声を張り上げて啼くカイトの耳朶を食み、がくぽは舌とともに言葉を押しこんだ。
「そなたが俺の形を覚え、俺なしでは夜も日も明けぬ体になるまで、攻めてくれようからな」
覚悟しておけ、という脅迫は、快楽のうねりに飲みこまれたカイトの思考に届いたか、届かないか――