6-みちくさの、ゆくえをきくを

しかもだ、ついうっかり発展して、家族会議まで始まってしまった。

「ハチミツ、僕がこんなことを言うのも難だが、大丈夫か、カイト」

「本当に難だよ、てめえ、がくの字。余計なお世話ってか、そこに付けこんでるヤツが言うなとか、ツッコミあり過ぎてパニクるわ。しかもさすがに、まったくこれでいいから大丈夫なんだよとは言えねえとか、悩ましいとこがカイト激オニかわい過ぎて萌えしぬ。堪えられンねえ。もう天使ぱねえだろ誰だよ畜生、こんなかわいいイキモノ造ったのぁ?!責任者出て来い吊るすぁ!!」

「………マスター、だから婚姻届けがすでに受理されて久しいわけだが、これで本当に」

「うーん、この味がわかるとがっくんも、本当にオトナだと認められるんだけど……ちなみにあたしは今、そんなハニーが激オニにツボ過ぎてレベル夏草。はげる。尊いー」

「そうかマスター、僕は一生、子供のままでいると決めた今決めたロイド便利本当便利!」

「ぇあぅうう……っ!!」

――大体いつも通り、始まった家族会議は進行役やまとめ役、もしくは議題そもそもが不在であるために、どこかの彼方へとふらふら、行方不明になられてしまった。

いわば『テンポの速い』、この家族会議もどきがカイト――低スペックで一時大量の情報処理を不得手とするKAITOにとっては、非常に苦手とするところだ。

もはや主眼がどこにあるのか、そもそも主題が生きているのかうやむやに終わったのかすら、まるでわからない。

三人はぽんぽんぽんと軽快にやり取りして臆さないが、カイトは完全にはぐれもので迷子、置いてけぼりののけものだ。

疎外感や諸々、相俟っていく感情からぐすぐすと洟を啜り始めたカイトをちらりと見て、八桂月は一歩出ると手を伸ばし、短い髪をぐしゃぐしゃと撫で掻き混ぜてやった。

乱暴な動きに見えて、手つきはやさしく、カイトが心地よいと感じる触り方を十全に心得ている。伊達に一目惚れした挙句、人生を大転換し、捧げていない。

「ん……」

「ん」

あっさり慰められて機嫌を持ち直したカイトを確認し、八桂月は手を離した。二歩ほど下がり、チェストに腰を預ける。その表情は常と変わらず無愛想を極め、気弱な幼子が見ればべそを掻き出すこと請け合いのものだが、カイトにとってはなによりも安心で安全な、信頼できる『マスター』の顔だ。

「………ふん」

至極不満げに鼻を鳴らしたのはがくぽで、彼は先に宣言した通り、非常に子供っぽい拗ね顔を晒していた。

カイトの様子を仔細に読み取り、即座に最適な対応が取れる――

自分のマスターの『夫』として考えたときには山のように物言いがつく八桂月だが、少なくともロイドの――カイトのマスターとしては合格点、おそらくは優秀な部類にすら、入るはずだ。

付き合いの長さもあるし、それだけ懸けているものがある。

ロイドとして考えれば喜ばしいことではあるが、しかしがくぽの立場からすれば微妙な感は拭えない。

なにがといってこれが立ちはだかる、がくぽがこれから越えなければいけない『壁』で、そうして測るとちょっと眩暈がする程度では治まらないほど、高いたかいそれだということになるからだ。

「ふん」

「ん、?」

もう一度鼻を鳴らしたがくぽは、すっかりもとのほえほえさんに戻ったカイトの肩に、べこりと額を埋めた。驚いたのだろう、カイトはわずかに肩を跳ねさせたものの、そのままずりずりぐりぐりと懐くがくぽに理由を問うこともしなければ、拒絶することもない。

それどころか手が上がって、がくぽの頭をよしよしと撫でてくれた。

慰撫される飼い犬の心地を味わい、がくぽは確信を得た。

「こどもイイ。やっぱり僕は子供のままでいることにする。した」

「そんなヤツに俺のかわいいカイトを任せると思うなら、てめえは脳足りん以前のミジンコ、否、ゾウリムシだ」

「マス、がく……」

話題の方向性が見切れず、カイトはきょとんとしてがくぽと八桂月を見比べた。

そのがくぽと八桂月といえば、カイトを間に挟みながら彼らの『最愛の』相手ではなく、互いを油断なく睨みつけている。

「訊くが、ハチミツ。僕が『大人』だったとして、ならばカイトを任せるに足ると、認めるのか?」

がくぽがとろりとこぼした、滴る毒にも似た冷たい問いを、八桂月は鼻で笑い飛ばした。

「まさかたかがンな程度で、俺のかわいいカイトを任せるに足ると認めるわけぁ、ねえだろが。ンなもなぁな、最低条件のいくつかのうちの、ひとつだ、ひ・と・つ」

「そうだろうな」

完全にばかにしきった八桂月の物言いだったが、がくぽは冷静に、然もありなんと頷いた。

頷いて、顔を上げる。傍らに無防備かつ無警戒に座るカイトへ、ぱっと手を広げた。

「ふあっ?」

「だから僕は」

驚いた声を上げながらも抵抗を知らない体を、まるで等身大ぬいぐるみだとでもいうように自分の胸に抱きこみ、がくぽはにったりと笑った。

「ハチミツなんかに、許可は求めない。カイトが赦してくれれば、それでいい。それでカイトは、きっと子供の僕が好きだ」

「ええと………?」

異議がある。

まるで抵抗もせず背後から抱きこまれたまま、カイトは困惑とともに言葉を思考に転がした。

子供こどもコドモと、先からがくぽは言っているわけだが、がくぽの――『がくぽ』の見た目は二十いくつかを超えた青年のもの、要するに成年、大人だ。

稚気じみた振る舞いが完全に見苦しいという年齢でもないが、なにしろその突出した美貌のこともあるし、むしろカイトの中のなにかがきゅんきゅんにときめいて仕方ないわけだが、そうとはいえだから、設定年齢の問題がある。

そこを無視して子供こどもコドモと主張されても、いやいやいやという。

「ぅー……」

言いたいことは山ほどあれ、どう説明すればいいのかに悩むカイトを、がくぽは抱えこむ上からにこにこと、無邪気な笑みで見下ろした。

「カイト、こう考える。僕に甘えられるのと、僕を甘やかすのと、どっちがいいって」

「え?」

「おい!」

訊かれて、カイトはまたもきょとんぱちくりとし、ことりと首を傾げた。

「あま………あまあまや、か……………あま、え、られる。の……の、ほうが、………いい。い???」

「やだもうカイトちゃん草レベル夏草!!尊い!!」

「おい、ヴィイ……」

額に怒気を宿して一歩踏み出した八桂月の肩を掴んで抑えつつ、有為哉はまたしても爆笑の発作に見舞われている。

がくぽの問いだ。つまりどちらを選んでも、がくぽがカイトに自分を甘やかさせることに変わりはない。

問いのようですでに答えが確定した、いわば罠だ。

些少な違いを言うなら、がくぽが主体となってカイトに甘やかさせるのか、カイトが主体となってがくぽを甘やかすのかという、だがどちらにしてもカイトはがくぽを甘やかすし、がくぽはカイトに甘ったれる。

もちろん、一時大量の情報処理を苦手とするカイトは、複雑な情報処理についてももれなく苦手として、投げる癖があった。余程の事態であれば投げないが、カイトは今の状況を余程のこととまでは思っていなかった。

だから投げた。

そしてうかうかと罠に嵌まってひとつしかない答えを、非常に詐欺的な曖昧さはあれ、答えた。詐欺的で曖昧であっても、答えたことに変わりはなく、答えたのだ。

しかして補記するなら、もしも投げずに厳密に言葉の意味を分析処理したとしても、カイトの答えは変わらなかったのである。

それを知っているのは、カイトの思考の片鱗の片隅だけだったが――