幕後-サンジサンジ

「あたしはね、がくぽ。あんたはカイトを『口説く』必要なんてなかったんじゃないかと、思うのよ」

ダイニングテーブルの向かいに座るメイコが突然言い出したことに、がくぽはきょとりと、花色の瞳を瞬かせた。

本日のおやつであるパンケーキを口いっぱいに頬張りながら言われて、言葉が不明瞭で聞き取りにくかったというのも、ある。

が。

「どういうことだ?」

訝しく眉をひそめて問い返したがくぽに、メイコはすぐには答えなかった。ごくりと咽喉を鳴らして口いっぱいのパンケーキを飲み下し、がきがきと皿にフォークをぶつけつつ、次のひと口を分ける。

ちなみにメイコのパンケーキには、たっぷりのメープルシロップがかけられ、クロテッドクリームと、ブラックベリーのソースが添えられている。

がくぽの隣に座るカイトのパンケーキには、どちらが主役かわからない量のバニラアイスが添えられている――いや、『いた』だ。過去形だ。

すでにもう、アイスはほとんど食べつくされて、主役のパンケーキががぽつんと残っているだけだ。

そしていくら『おやつの時間』とはいえ、甘いものが苦手ながくぽの前にあるのは、甘さを控えめにしたパンケーキだ。

添えられているのも、かりかりに焼いたベーコンとチーズ、胡椒を利かせたセロリのソテーで、おやつというより軽食に近い。

ひと口分として満足のいく量が切れたところで、メイコはフォークを立てて振り、話を再開した。

「だって、カイトがあんたをトクベツ扱いしてるのなんて、ミエミエのあからさまだったじゃないの。あんたはだから、ただ、『おまえ、俺のことが好きだろう?』って訊いて、………あとは、そうね。『俺も好きだ』とでも言っときゃあ、とっとと片づいた話だったんじゃないのって」

「………」

がくぽは切れ長の瞳を丸くして、並べ立てるメイコを見つめた。

その可能性はまったくちっとも、露ほども思い浮かばなかった。まさかそんな裏技があったとは、盲点もいいところだ。

驚愕に駆られ、がくぽは隣へ視線を流した。

がくぽの隣に座るカイトは、先からずっと静かで、会話に参加してこない。先までは添え物のアイスに夢中だったからだろうが、アイスは食べきった。

今度はなにに気を取られて――と見れば、ジャムの瓶と格闘中だった。

主役パンケーキの新たな添え物としていちごジャムを選択したカイトだが、その入っている瓶の蓋を開けようとして開けられずに、顔を真っ赤にしてうんうんと唸っている。

カイトがあまりにも非力で、蓋が開かないのではない。がくぽが見るに、回す方向が逆だ。

相変わらず妙なことに嵌まると思いつつ、がくぽは手を伸ばした。

「カイト」

「んっ、うん、えっ?」

一声かけて、がくぽはカイトの手からジャムの瓶を取り上げた。蓋を正しい方向に回す。多少きつくなっていた蓋だが、概ね素直に、きちんと開いた。

――つまり先にメイコが言ったことも、こういうことなのだろう。

おかしな気を回した挙句に、勝手違いな方向へ努力を重ねた。正しい方向――素直に自分の思いをひと言、告げていればそれですべて済んだというのに。

納得しつつ、がくぽは生真面目な表情でカイトを見つめた。

「カイト。そなた、俺のことが好きよな?」

「んうんっ!」

唐突な問いに一瞬はきょとんとしたカイトだが、すぐににっこりと、とてもいい笑顔で頷いた。

がくぽも、こっくりと頷く。

「うむ、カイト………俺も」

「だいすき、がくぽvvv」

「んっ」

がくぽの告白は皆まで聞かれることなく、ちゅっという軽い音とともに、カイトのくちびるがついばんでいった。

がくぽは束の間、瞳だけで天を仰ぎ、すぐさま気を取り直した。

「カイト、俺m」

「んもっと足んないいっぱいいっぱい?」

――がくぽの告白は、さえずりながらちゅっちゅと、軽くぶつけられるカイトのくちびるに、すべてついばまれて消えた。

ややして満足し、離れたカイトは、にこぱっとすてきに笑う。

「がくぽ、だいすきvvv」

ぁああぁんっいやんナニもうこのかわいいイキモノぉおっ!!

――意訳すると概ねそんなようなことを考え、内心激しく身悶えるがくぽを、向かいに座るメイコが嫌気の差した目で睨んでいた。

「あ・た・し・は・ねっ?!今やれって言ったんじゃないのよ、『今・やれ』ってそうやってりゃあ良かったんじゃあないのって、カコバナよカコバナをしたのよ!!いわば反省会ってもんだわ!!」

メイコは凶器――もとい、フォークを振り回して叫んだが、がくぽの耳には届いていないようだった。

なにしろがくぽは、非常に忙しかった。ジャムをたっぷり乗せたパンケーキを、冬眠前のリスよろしく口に詰め込むカイトの変顔っぷりに見惚れつつ、内心だけでじったんばったんと萌え悶えるのに――