「ミク、じゃない、お屋形さまっ!」
「いえっす!!」
はたと我に返った顔で叫んだカイトに、乱入者、忍び装束に二つに分けて括った長い髪を揺らす少女は、力強く畳を踏み鳴らした。
大江戸夢噺-10-
緑なす長い髪を揺らすこの少女こそ、誰あろう、カイトの属するねずみ小僧一族の一派、くりねずみ一家のお屋形様、ミクだ。
「助けに来たよ、おにぃちゃん!!」
「お屋形さま、って、んんっ」
身を乗り出すカイトは痛いような力で、がくぽによって後ろに引き戻された。
そのうえ、乱暴にくちびるを塞がれる。咄嗟に抵抗しようとした体が両手で押さえこまれ、口の中を激しく荒らされた。
「んんぁっ、ぁ、がく、っ」
「ぃっきゃあああああああっっ、おにぃちゃんてらもえすっっwww」
びくびく震えるカイトに、ミクが意味不明な叫び声を上げる。
くりねずみ一家に伝わる隠語の一種だが、カイトは隠語が苦手で、こういうときに咄嗟に意味が掴めない。
素っ頓狂な叫び声を上げてから、ミクは激しく足を踏み鳴らした。
「って、そうじゃないっっ!!こら、この色情狂!!おにぃちゃんを離せ!!」
「がくぽさま!」
がくぽは無言で手を伸ばし、再びカイトの奥を弄る。
抵抗もやすやすと封じて強引に割り入り、弱いところを容赦なく揉んだ。
「ゃ、だめ………っ」
「あああああああああっ、ちょぉねんりょぉほきゅうぅううううう!!」
カイトの哀願の声に、ミクの叫びが重なった。
「って、だからそうじゃないっての!!ちょっときみ、ボクのこと舐めてるの?!この時代にでじかめもしゃめもないのをわかっていての、その狼藉なんだろうなっ?!ボクに今すぐ筆と墨で高速模写でも始めろと言う気かっっ!!」
悔しそうなミクの叫びに、がくぽはようやく顔を向けた。カイトの中から指は抜かず、険しい顔でミクを睨む。
「騒がしい小娘だ。わかってはいるが一応訊くが、張り番がいたろう。如何した」
訊かれて、ミクは胸を張った。
「一撃必殺!!一目瞬殺!!ねずみ小僧一族が一派、くりねずみ一家のお屋形の実力を舐めないでほしいね!」
「くりねずみ………」
がくぽがつぶやく。
「…………漢字で書くとリス…………」
「がくぽさまっ!!それは言っちゃだめっっ!!」
中を弄られて必死に堪えていたカイトが、それでも慌てて叫ぶ。
体を反して取り縋られて、がくぽはわずかにうれしそうに瞳を細めた。
「そうなのか?」
「そうだとも、この色ボケ侍!!」
応えたのはカイトではなくミクだ。
がくぽはうんざりした顔で、ミクを見る。
「そこはツッコんじゃいけないと、掟の第二百五十二条に定められている!!」
「…」
胸を張っての宣告に、がくぽは軽く天を仰いだ。
それから、身を捩るカイトをさらに抱き寄せ、つんと天を向いた胸の突起をつまむ。
「ゃうっ」
「ねずみ小僧一族の話なら聞いたことがある。悪徳なる輩からその財を奪い、貧民に配り歩く義賊だったか」
「……くぽさまっ」
責める声に、がくぽはつまんだ突起をさらに弄ぶ。
カイトはがくぽの手に手を添えるものの止める術もなく、くちびるを噛んで震えた。
「ちょっと違うね!ぎがもえwwwwいいぞもっとやr!!」
叫び、ミクは胸に手を当て背筋を伸ばした。きりりとした顔になる。
「ボクたちねずみ小僧一族が一派、くりねずみ一家の稼業はあくまで微迷惑無法慈善行為!!義賊を名乗るつもりはさらさらない!」
堂々宣言。
がくぽはしたり顔で頷いた。
「自覚しておるのだな。ならば特に言うことはない」
「余計なお世話じゃっ、あほんだらぁっ!!」
自分で言っておいて、なにかしら傷ついたらしい。
涙目で叫び、ミクは足を踏み鳴らした。
「っていうか、いい加減ほんとにおにぃちゃんを離せ、この色欲魔人!!ボクは十七歳だぞ!!十七歳のおんなのこに見せていい淫画だと思っているのか!!そのまま押し倒せ!!」
「わかった」
「違う!!」
そこだけ素直に頷いたがくぽに足を踏み鳴らし、ミクは短刀を取り出した。
びしりとがくぽに突きつける。
「おにぃちゃんは里に連れて帰る。掟を破った以上、もはや江戸には置いておけない」
「……ぁ、お屋形、さま……っ」
「ごふっ!!」
がくぽに責められている余韻で甘く呼ばれ、ミクは畳に膝をついた。
口から飛び出した魂を、必死になって戻す。
がくぽは瞳を尖らせて、カイトを見た。
「掟?」
訊かれて、カイトは俯く。
「………………くりねずみ一家は、女系一家で……………ねずみ小僧として活動するのは、女性でないといけないっていう掟があって…………」
「………………もしや、そなたが娘の形をしていたのは………」
「はい」
カイトは悄然と頷く。
カイトはくりねずみ一家の長男として生まれたが、女系一家であるために、お屋形として立つことは出来なかった。
すでに姉がいたということもあるが、その姉が江戸に恋仲の相手を見つけて里を出奔した形になっても、カイトに出番はなかった。
姉――メイコが出て行って跡を継いだのは、妹のミクだった。
そういう理由で、カイトは本来であればねずみ小僧としても活動出来ず、一家のゴクツブシとなる運命だった。
だが、生来の器量の良さと、能力の高さから、娘に扮装しているなら、という条件でゴクツブシを免れて、こうして里から出て働いていたのだ。
「……………で、女性だから、当然……………その、貞操とか、そういうところで…………掟があって」
「…」
そこまで言って黙りこんだカイトを、がくぽはじっと見つめる。
そうやっても、カイトのくちびるは空転するばかりで、言葉を紡げない。
代わって、無事に魂を戻せたミクが再び立ち上がって、短刀を構えた。
「くりねずみ一家のねずみ小僧は、処女でなければならない。貞操を奪われたなら速やかに里に戻り、以降、決して里から出てはいけない」
「…っ」
「…」
カイトがびくりと震え、その手がわずかにがくぽにしがみつくように動いた。がくぽのほうはあからさまにカイトを抱く腕に力が篭もる。
眉をひそめ、がくぽはミクを見据えた。
「………添わせないのか。場合によっては、恋仲のこともあろう」
「もちろん、あるよ」
ミクは頷き、束の間障子の外を見やった。
そこに、そういう相手を見つけて出奔した、メイコの姿を見透かすかのように。
カイトが捕らわれたことを教えてくれたものの、掟に阻まれて、もはや会うことも叶わない姉。
「相手が、こっちの事情も込みで受け入れて、一生添い遂げるって誓ったなら、里には戻らなくていい。…………ううん、違うな。もう一生、里には戻れない。けれど、愛するひとの傍には、ずっと居られる」
最後はつぶやくように言い、ミクはしっかりとがくぽを見据えた。
「きみの身分やら背景やらは知ってるよ。おにぃちゃんのことを、しあわせなお嫁さんには出来ないでしょう。愛妾なんて立場じゃ、掟は赦さない。だからおにぃちゃんは連れて帰る」