大江戸夢噺-11-
「………そなたひとりで、俺と戦いながら?足腰立たぬ兄を背負うて?」
莫迦にしたように言ったがくぽに、ミクはきっぱりと頷いた。
「ボクひとりじゃ無理だ。でもね」
そこで指を咥え、ぴいっと高く音を鳴らす。
すると障子を蹴破り、ミクよりさらに幼い、しかし同じく忍び装束の少年少女が飛びこんで来た。
一見、同一人物かと思うようなそっくりの顔のふたりは、ミクの両脇にすっくと立った。
一瞬だけ。
「ぃやぁああああああああっっ!!ぐったりおにぃちゃんてらもえすっっっwwww」
「にににににぃぢゃっっっっっ!!!!」
少女のほうはミクと同じ隠語を叫んで身悶え、少年のほうは真っ赤になって畳に手をついた。
「ちょ、ミク姉ミク姉ミク姉!!おにぃちゃんが責め責めされっっ!!てらもえすてらもえすてらもえすっっwwwww」
「た、魂と汁がっっ!!にぃちゃんがあんあん!!」
「落ち着いてよ、リンちゃんもレンくんも!!」
自分も狂乱したくせに、ミクは頭を抱えて叫ぶ。
がくぽは半眼になって、惑乱する三人を見やった。
「なんだ?」
「…………末の妹と弟のリンちゃんとレンくんです…………んゃっ」
肌に爪を立てるようにされて、カイトは小さく呻く。
がくぽはカイトの肩に顎を乗せた。
「負ける気がせん」
「「鏡音の結束を甘く見んな!!」」
つぶやきに即座に体勢を立て直し、リンとレンは立ち上がると、びし、とがくぽに指を突きつけた。
「もえもえおにぃちゃんは惜しいけど、およめさんに貰ってくれないようなオトコになんて、これ以上触らせられないわ!!」
「そうだ、およめさ……………いや、リン、ミク姉?!にぃちゃん嫁さんに貰われたらまずくね?!にぃちゃんだからな?!」
結束が早速揺らいでいる。
がくぽは上目使いで少しだけ考えると、腕の中のカイトを見つめた。
「そなた、始音家に養女に入れ」
「ほえ?」
「始音家?」
きょとんとしたきょうだいたちに、がくぽはしらっとした顔を向けた。
「うちの家臣の一家だ。印胤家とも縁が深く、家督のつり合いもいい。そこに養女に入れ」
「えと、『養女』、です、か?」
当然のカイトの疑問に、がくぽは頷く。
「そうだ。それでそなたの身分は武家だ。始音家の娘であれば、俺が嫁に取ったところで、誰から反論の上げようもない。正妻であれば、傍に置いても問題ないのだろう」
「…………そりゃ、そうだけど」
戸惑う顔で、ミクがつぶやく。弟妹たちは話がわからない顔で、きょとんとしてお屋形様とがくぽを見比べた。
さらに戸惑っているのは、カイトのほうだ。
「あの、がくぽさま…………」
「拒むことは赦さぬぞ」
皆まで言う前に、がくぽはきっぱりと遮った。
「昨日も言った。そなたは望むことは出来る。だが、俺を拒むことは出来ぬ。そなたの生涯は俺の傍にある」
「……ええと、………」
それは、確かにそう言われた。言われたが。
はっきりとした答えを返さないカイトを、がくぽは布団に押し倒した。
「そなたは俺に岡惚れしておるのだろう。歓んで嫁に貰われろ」
「…」
カイトは瞳を瞬かせて、がくぽを見る。
がくぽはひどくまじめな顔で、そのカイトを見返した。
そっと屈みこみ、やさしくくちびるを塞ぐ。
「愛している」
「?!」
くちびるが離れてささやかれた言葉に、カイトは瞳を見張った。
「言うたであろう。そなただけは、やさしうしてやると。そなただけは、俺のことを信じろと。そなたすら俺のことを信じるならば、あとはどうでも良い。そなただけ手に入れば、あとは知ったことではない」
「あの、でも、跡取りとか。俺、生めません」
「生んだら驚くな」
どもりながら返された返事に軽く応え、がくぽはにんまりと性悪に笑った。
「そなたは心配せずとも良い。武家のしきたりなど、穴だらけだ。跡取りごとき、どうでもなる。そなたはただ、俺の言う通りに嫁に来て――」
そこで、がくぽはまた、ひどくまじめな顔になった。
「笑っていろ。俺の傍で、生涯。そなたが笑うためなら、いくらでもこの身を尽くそうから」
「……」
見つめ合う、カイトの瞳が揺れる。
揺れているのが、がくぽの瞳に映って見える。
「答えろ、カイト。応と言え」
促されて、カイトはくちびるを震わせた。こくり、と唾液を呑みこんで、頷く。
「はい」
「よし!」
がくぽが閃かせた笑顔は無邪気で、心底からうれしそうだった。
釣られて笑うカイトに、がくぽは再び屈みこむ。
「えっと、ミク姉、じゃないや、お屋形様?」
「あーうん。なんかお嫁さん決定したね。つまりボクたち用なし」
「っていいのかよ、ミク姉、じゃねえや、お屋形様!こいつ、悪党じゃねえか!そんな悪党のとこに、にぃちゃん嫁入りさせるって、だから嫁でいいのかよ?!にぃちゃんだっつの!!」
混乱する弟の頭を叩いて吹き飛ばし、ミクは短刀をしまうと、こきこきと肩を鳴らした。
「いいの。おにぃちゃんのことをほんとに愛してるひとなら、悪党か悪党じゃないかなんて関係ない。おにぃちゃんをしやわせにさえしてくれれば、ボクは細かいことは気にしない」
「あ、リンも気にしない!おにぃちゃんがかわいいならあとはどうでもいい!」
「おまえら………っ」
吹き飛ばされて倒れたまま、レンがいじいじと畳に爪を入れる。
いじけるレンを放って、ミクとリンは揃って畳に正座した。
「というわけで、とりあえず後学のために」
「おにぃちゃんが責め責めされてる画をガン見しておかないとね!!」
「あくまで後学のためで、趣味とかそういうんじゃないからね!!」
「そうそう、えっと、けいぼうじゅつ、だっけ。これも勉強!!」
「……」
姉たちの言い分に、いじいじしていたレンは、びくりと体を竦ませた。そろそろと顔を動かす。
おにぃちゃんが責め責め。
「……」
ごくり、と唾液を呑みこみ、レンも姉たちの横に正座した。
「って、待って、がくぽさま!!ちょ、ミク、じゃなくてお屋形様も、リンちゃんもレンくんも!!や、だめっ、ちょ、みないでぇええええ!!」
「見せておけ、見せておけ」
「や、がくぽさまっ、んっ!!」
はたと我に返ったカイトが叫んだが、がくぽはさっぱり気にせずに体を弄り、弟妹たちも正座の姿勢を崩さなかった。
どっとはらい