「ぁっ、ゃっん、ふぁあ……っ」
甘い声が、夜陰に響く。
形容するならどすどすと、荒っぽいしぐさで、けれど実際にはまるで足音を立てずに廊下を歩いていた少女は、ぴくりと立ち止まった。
ふんふんと、鼻を鳴らす。
「ぁあっ、だめぇ、がくぽさまぁっ」
「ん!」
納得したように頷き、頭の上で二つに分けて結った長い髪を揺らす少女は、方向を変えた。
「こっちからおにぃちゃんのにおい!!」
徒夢繚乱恋噺-01-
「ね、がくぽさま………がくぽさまぁ………も、ぃれて…………ぃれて、くださ…………んくっ」
「ははっ」
布団の上で身悶えて懇願するカイトの甘い声に、性悪な笑い声が被さる。
しとどに濡れそぼるカイトの下半身から顔を上げたがくぽは、唾液の糸を引いたくちびるを軽く拭って、悶える妻を見下ろした。
「疼いて仕様がないか、カイト。俺のもので貫かれたくて、掻き回されたくて、堪えられぬか」
「ふぁ、あ、んくっ………ぁ、も、がくぽさまぁ………ど、して、そぉ、いじわるばっかり………っ」
カイトの声が涙に掠れて、潤む。意地悪な責めで啼かせるがくぽのほうは、ますます愉しそうに笑った。
「強請るそなたが愛らしいゆえな。欲しければ強請れ。さすれば叶えてやろう。言うてみよ、その口で。どうして欲しい」
唆されて、カイトはぶるりと震える。
「ぁ、も………欲しぃ、ですぅ………がくぽさま、の…………おっきくて、かたい、の……ぐすっ………カイトの、下のおくちに、くださぃ…………」
「ははっ」
教えられた口上を素直に吐き出したことに、追い詰められ加減が知れる。理性が溶けきっていないと、こんな恥ずかしいことは言えないと、くちびるを噛んでしまうのが常だ。
がくぽは満足げに笑い、腰に絡みつくカイトの足を、殊更に大きく開いた。空気が触れて、熱く疼く場所がわずかにひんやりとする。
「ぁ、ふゃっ」
反射で足指が丸くなる。隠そうと抵抗するのを軽々と押さえつけ、がくぽはくちびるを舐めた。
「きちんと言えたゆえな。そなたが心ゆくまで、俺を食わせてやろう」
「ぁ、がくぽさま……っ」
カイトの瞳が、期待に潤む。
カイトはどちらかというと貞淑な性質なのだが、がくぽはその理性を粉々に砕け散るまで、散々にしつこく嬲るのを得意としている。
しかもカイトの体を仕込んだのは、がくぽだ。まだ男の味を知らない、それどころか己で慰めることすら覚束なかったカイトに、快楽というものを仕込んだのが、がくぽなのだ。
どれほど貞淑であっても、敵う要素がない。
下半身を大きく割り拡げられた姿で、自分の雄の象徴からこぼれる雫を見ながら、カイトはがくぽへと手を伸ばした。
「がくぽさまぁ……っぁっ」
手が肩口に触れた瞬間に、待ち望む場所にがくぽが宛がわれた。そのまま、力強いものが体の中に押し入ってくる。
本来、男のものを受け入れる場所ではないカイトのそこだが、がくぽはそれを忘れるほどに蕩かしてから、割り入ってくる。
「ぁ、ん、がくぽさまぁ……っ」
だからカイトの口からこぼれるのは、甘さを失わない嬌声だ。むしろ、待ち望んだ硬さを受け入れて、その声は悦びに弾む。
身を沈めたがくぽの背に腕を回してしがみつき、カイトは堪えきれない感覚に仰け反った。
その瞬間だった。
「たーのもーぉっ、おにぃちゃーんっっ!!」
「っっっっミクぅうう?!!」
閨の障子が無遠慮に開かれ、皓々とした月明かりを背に立っていたのは、カイトの妹――頭の上で長い髪を二つに分けて結った少女、ミクだった。
夜間に忍び装束という、武家の屋敷に上がりこむには幾重にも不穏な恰好のミクは、堂々と閨に入って来た。
「おひさっ、おにぃちゃん☆ボクちょっとお願いが」
「って、ゃ、待ってまってまってミクぅううう!!」
「ん?」
ずかずか歩いてきた妹に、がくぽに組み敷かれたままのカイトは慌てる。
最中だ。
なんのって、ナニの。
まっしぐらに布団の傍までやって来たミクは、年頃の少女らしく、かわいらしくきょとんと首を傾げた。
全裸で男に組み敷かれている兄を見やり、部屋の中を見回す。
ややして、最高にかわいい笑顔を浮かべると、自分で自分の頭を小突いた。
「テヘ☆そういや今って、そういう時間だったっちゃ☆彡」
「『ちゃ』?!って、テヘじゃなくって、ひぁ?!!」
「ん?」
兄の上げる悲鳴の音色が変わり、ミクは再びきょとんとして布団を見た。
これまで無言を貫き通していた、兄の夫――がくぽが、無言のまま、腰を動かし始めている。
「ぁ、あっ、ゃ、がくぽさまっ、だめっ、だめ………っ、まだ、ミクが、まだ、ひぁあっ」
「はっ」
カイトの非難を、がくぽは鼻で笑う。暴れる体を押さえつけ、さらに激しく腰を使った。
「いつもより締めつけがいいぞ。喰らいついて、欲しい欲しいと強請っておる」
「んっ、や、ぉねが、がくぽさまぁっ、あ、ゅるして、みられるの、やぁっ」
「気にするな。そなたは俺だけ感じておれば良い」
「ひぅうっ」
「あーうん、そうそう」
カイトの悲鳴に、のん気ですらあるミクの頷きが重なる。
「ボクのことなら気にしないでよ、おにぃちゃん。急ぎの用事ではあるけど、ここまで来たら、夫婦の営みがひと段落するくらいまで待てるから!」
「ゃぁあっ」
力強く請け合う内容が、果てしなくずれている。
そのままミクは部屋の隅に行くと、きちんと正座した。とはいえ隅ではあっても、カイトの視界には入る。入らないようにとしても、そこに気配を感じる。
「ゃぅう、がくぽさまっ、ぁ、ゃです、ゃあっ、ぉねが、こんなの、ゃっ」
「ほう?」
泣きじゃくるカイトに、がくぽはにんまりと笑う。しかしよく見ると、笑っているのは口元だけだ。瞳は凄絶な怒りに彩られて、惑乱するカイトを見つめている。
「そなた、随分と余裕があるようだな…………最中に他事に意識を飛ばすとは。夫である俺の甲斐性が足らぬということだな」
「っひっ、がくぽ、さまっ?!!」
カイトが瞳を見張って、がくぽを見上げる。付き合いもそこそこになると、『こういう』ときの夫がろくなことを仕出かさないと、薄々学習が出来ている。
救いを求めるように伸ばした手が、びくりと引きつった。
「そなたがそうなら、俺とても励まねばな…………甲斐性が足らぬ夫と、見捨てられては堪らぬ」
「っ、ゃ、がくぽさま」
「蕩かしてやるぞ、カイト?」
「ひぁあっ!!」
声ばかりやさしそうにささやいたがくぽが、腰の角度を変える。
普段ならカイトが怯えないようにと、なにくれとなく気を遣うものを、それを投げ出し、きつい快楽の海に放りこむ動きに移った。
「ひっ、ゃあっ、ぁああっ、ひぁああっっ」
カイトの声が本物の悲鳴のようになり、激しい快楽に惑乱して体が暴れる。その動きもやすやす封じ込めて、がくぽは思うがままにカイトを攻め立てた。
カイトはがくぽが言うように他事に気を遣る暇もなくなり、ただただ悲鳴のような嬌声をこぼす。瞳から滂沱と涙が溢れて、視界が霞んだ。
その霞んだ視界の中でも、がくぽの姿だけは懸命に見つめる。
ひどく意地悪な顔で、それでいながらどこかしら苦しそうに、カイトを攻め立てる夫を。
がくぽの嫉妬深さは、身に沁みている。
嫉妬に駆られると抑えたくても抑えられなくなり、因業で名を轟かせる印胤家の当主らしく、酷薄な攻めしか出来なくなってしまうことも。
あとで正気に返ると、そんな自分を殺したいほど憎むらしいのだが、嫉妬に見境を失くしていると、駄目らしい。
そういうところも含めて、誰よりも愛している夫だ。
「ぁ、がくぽさまっ、がくぽさま…ぁっ」
だからカイトは、懸命にがくぽへと手を伸ばす。落ちそうな腕を懸命にがくぽの肌へと引っ掛け、爪を立てて招き寄せた。
がくぽが妬いた相手は、今回の場合、おそらくミクだ。
ミクは妹で、カイトががくぽを拒んだのは、妹に閨を覗かれる羞恥からだが、それすらがくぽには赦せない。
「ん、がくぽさまっ」
「ふっ」
裸の胸を合わせると、カイトは愛しい男に縋りついた。背中にきつく爪を立てて、縦横に傷跡を刻む。正気に返ったがくぽが一瞬眉をひそめて、それから、よく掻いたな、と笑うように。
しがみつかれてわずかに動きの鈍ったがくぽのくちびるに、くちびるを寄せる。がくぽは意図を察して、喰らいつくように口づけてきた。
「ん、んんっ、く、ふくっっ」
激しく貪られ、カイトは震える。くちびるが解けて、打ちこまれた楔の深さに、全身が痙攣した。
「ひ、ぁ、う…………っ」
「……くっ」
裸の腹に自分が上げた飛沫が散って、一瞬だけ肌が灼ける。腹の中にいるがくぽのこともきつく締め上げて、搾り取るように粘膜が蠢く。
耳元で低く呻かれ、カイトは堪えきれずに立てた爪のみならず、がくぽの肩に咬みついた。
「………っ」
びく、と揺れたがくぽが、腹の中で爆ぜる。
熱いものに内臓を灼かれる感触に、敏感になっていたカイトは立て続けに絶頂へと押し上げられ、意識が飛んだ。