徒夢繚乱恋噺-13-
緩やかに口づけを交わしながら、がくぽの手がやわらかに肌を辿って行く。
「ぁ………んふ………っ」
「カイト……」
「ぁ、あ………っ」
カイトが強請った通りに、やさしい触り方だ。ひたすらに心地よさだけを与えて、蕩かされる。
足の先まで痺れて震えながら、カイトはがくぽの背に手を回した。いつもの通りに縋りついて。
「っ」
「ぁ……」
瞬間、がくぽがびくりと強張った。すぐさま平静な顔に戻ったが、それでカイトは思い出した。
怒りに任せてとはいえ、さっき、カイトはがくぽの背中を抉ったところだった。皮膚が裂けようが、肉が抉れようが構わないとばかりに力を込めて――
「……ぁ……」
「カイト」
「んく……っ」
瞳を揺らがせるカイトに、がくぽは微笑んでくちびるを寄せる。忘れさせようとするかのような甘い口づけを与えられて、頭が霞んだ。
それでも、カイトはがくぽから離れた。
「カイト……」
「ちょっと、だけ………おねがい、聞いてください………」
胸の中へと連れ戻そうとする腕を避け、カイトはがくぽの背後へと回った。仄明かりに、膨らむ傷が見える。
「カイト、大したことなどないのだ。気にする必要は……」
「ん……」
「っ」
振り返ろうとするのを軽く押さえて、カイトはがくぽの背中へと舌を伸ばした。ぺちゃりと音を立てて、膨らんだ傷を舐める。
「ん………んちゅ………ん………っ」
「…っ」
ねこが水を飲むように、ぺちゃぺちゃと音を立てて、カイトはがくぽの背中を舐める。さっき、自分が抉った傷口を。
がくぽは強張って、カイトの舌を感じていた。
そこから熱が起こる。痛みを孕み、苦しみを孕み、それすべてを孕んで蟠る熱が。
「く……っ」
がくぽはくちびるを噛みしめた。
不当に苛んだ後悔があるから、カイトのしたいようにさせてやりたい。
だが煽られる熱は、頭を眩ませるほどにカイトを求める。この腕に抱き、組み敷いて、力のままに蹂躙したい欲望が。
「……くぽ、さま…………」
舌に感じる金臭さに、カイトはすん、と洟を啜る。
がくぽが悪いとは思う。
いくら虐めても意地悪しても構わないけれど、絶対にいやなこともあるのだ。そのいやなことをされたのだから、カイトだとて怒る。
怒れば、暴れもするし、がくぽを叩き返すくらいのことはする。
それでも落ち着いて、晒された傷を見ると、後悔に涙が出る。
「………ごめんなさぃ…………」
「っカイト!」
ひそりとつぶやいた言葉に、がくぽが振り返った。痛いほどの力で引き寄せられて、胸に仕舞いこまれる。
「そなたが謝るな!俺が悪い!」
「……」
「いいのだ、この程度………それではそなたの気も済むまいが、掻き毟られるくらい、大したことではない」
きつくきつく抱きしめられてささやかれ、カイトは瞳を細める。
苦しいくらいに抱きしめられて、熱っぽくささやかれる。
それだけで、十分に、気など晴れるのに。それだけで、十分に、がくぽの気持ちが伝わってくるのに。
「がくぽさま………」
「ああ」
強請るとき特有の上目遣いで見上げたカイトに、がくぽは微笑んだ。
「なんでも強請れ。なんでも聞いてやろう?」
「…」
やさしく吹きこむと、カイトはわずかに困ったように俯いた。それでもおずおずと、再びがくぽを見上げ、伸びた手が縋りつく。
「あ、のね…………きょぅ、は………うしろ、から、………して、ください………」
「カイト」
「ぉねがい…………」
おずおず差し出されたおねだりに、がくぽは眉をひそめる。
後ろから貫けば、カイトはがくぽの背に手を回さずに済む。抉られた傷を、さらにこれ以上、掻き毟らずに済むのだ。
どこまで人のことを気遣うのかと、いっそ情けなくなるがくぽに、カイトは瞳を潤ませる。
「きょぉ、は…………がくぽさま、が………わるいこ、なんだから…………ごめんなさい、するなら、ぎゅって、して………ぎゅって、抱きしめて………俺のこと、たからもの、みたいに、抱いて…………犯して?」
「………」
続いていたおねだりに、がくぽは瞳を見張る。
後ろからだと顔が見えなくて怖い、と訴えたカイトに、ならば抱きしめていてやるから、と騙す言葉で丸めこんだのは、がくぽだ。
力無く崩れる体を抱き上げ、背中をぴったりと胸に添わせて、これ以上なく密着して。
カイトは小さく洟を啜った。
「ぅしろ………から、される………の、も………すき、だもん…………がくぽさま、が………大事に、だいじに、抱いてくださる、から…………がくぽさま、の………たからもの、に、なった、みたい、で………」
拗ねたように吐き出される言葉の意味が、最初、わからなかった。
それから、はたと思い至る。
さっき、激情に駆られてとはいえ、カイトのことを罵った。後ろから、獣のように犯されるのが好きか、と。そなたから強請るのか、と。
――つまり、それへの答え、として。
がくぽにとっては、カイトを味わうためのひとつのやり方に過ぎなくても、カイトにとっては大事な意味を持つ、やり方だったのだ。
「…………つくづくと………」
「………がくぽさま?」
己の愚かさが身に沁みて、がくぽは額を押さえた。
どんな些細なことでも、ひとつひとつ、カイトは大事にしてくれる。詰まらないようなことでも、どうでもいいと流されるようなことでも。
そんなことは、よくわかっていたはずなのに。
「…………そなたの望みだ。いくらでも叶えようが…」
「…」
額を押さえていた手を離し、がくぽは笑ってカイトを見つめた。
「そなたはひとつ、間違えておるぞ」
「なんですか?」
無邪気に問い返すくちびるに、がくぽはくちびるを寄せた。やわらかく塞いで、舐める。
「………宝物みたい、なのではない。そなたは紛れもなく、俺の宝だ。この世にふたつとない、至宝だ」
「ん……っ」
「きつく抱いてやろう?蕩けて崩れても、逃げられぬほどに、きつくきつく。痛いと、苦しいと泣くほどに」
「ふぁ………っ」
くちびるを舐めるだけで、カイトは蕩けた顔になる。
がくぽはカイトを抱き直し、胡坐を掻いた膝の間に座らせて背中から抱えた。爪の先まで整ったきれいな指が、カイトのくちびるを撫でる。
「しゃぶれ」
「ん……んく………っ」
低く命じられて、カイトは口を開いた。するりと入りこんできた指に、舌を絡める。
「ん………んん……ぁ………っ」
そうやって唾液でしとどに濡らした指が、どこでどう使われるかわかっている。自分をどんなふうに乱れさせるかも。
細長い指を懸命に舐めしゃぶりながら、カイトは堪えきれずに震えた。
背後でがくぽが、密やかに笑う。
「どうした?まだなにもしておらぬだろう?」
「ふぁ………っ」
耳朶を舐めながら吹きこまれ、尖った爪が舌を掻く。
カイトはびくびくと震え、潤んだ瞳でがくぽを振り返った。
「……くぽ、さま………ぁ」
愉しげにくちびるを撫でる指からは、唾液が滴っている。
強請る色を浮かべて見つめるカイトに、がくぽは濡れた指を口に運んで、ちろりと舐めた。
「待ち切れぬか」
「ぁ………っ」
焦らす問いに、カイトはわずかに瞳を伏せる。
がくぽは笑って、濡れそぼる指をゆっくりと下ろした。
「虐めやせぬ。今日はな」
「ぁ……」
指の行方を目で追うカイトにやさしく告げ、がくぽはひくつく窄まりを撫でた。
「ひぁ……っ」
びくりと引きつったカイトは、逃げようとしたわけでもない。だが体を支えるがくぽの手に力が入り、くちびるが耳朶を咬んだ。
「そなたが望むままに、やさしうしてやる。やさしうに蕩かして、心地よさだけやろうに」
「ん……っんん……っ」
ささやきとともに指が中に入りこみ、カイトは震えた。
幾度やろうとも最初に突き上げる違和感は、そのまま痺れるような快楽に直結する。期待のあまりに潜りこんだ指をきつく締めつけてしまい、またがくぽが笑った。
入りこんだ指は、ゆっくりとカイトの中を掻き回す。すでになにもかも知り尽くした指だから、動きに躊躇いも迷いもない。素直に快楽だけを高められる。
「ぁ………っふぁ………っ」
カイトは首を振って、仰け反った。背中にはがくぽの熱があり、しっかりと抱きしめられて支えられている安心感と、共に煽られる熱とで、頭がさらに惑乱する。
体を支える手が肌を辿り、つんと立った胸の飾りに触れた。軽く爪を立ててつままれ、カイトの腰に痺れが走る。
「ゃ………っもぉ………ひぁっ」
腰を浮かせた瞬間に二本目の指が入りこみ、さらに掻き回される。惑乱して身悶えるカイトに、がくぽは愉しげに笑った。
「熱いな」
「んぅ……っ」
「そなたの熱は、俺を蕩かす」
「ふぁ…っ」
吹きこむ言葉で耳朶をくすぐり、下は下で掻き回される。
カイトは自分を抱きしめるがくぽの腕に、ぎゅ、としがみついた。
「がくぽさまぁ……っ」
強請る声で呼ぶと、がくぽはカイトを抱く腕に力を込めた。首に牙が立って、きつく吸われる。
「ひぅ…っ」
「欲しければ強請れ。そなたが強請るなら、強請るものを強請るままに与えてやる」
「ん……も、がくぽ、さま………っ」
抱きしめている手が肌を撫で、わずかに開いた隙間に顔を差しこんだがくぽは肩甲骨に牙を立てる。
もどかしさに悶えて身を擦りつければ、十分に熱くなっているがくぽが触れて、カイトは頭を振った。
「ぁ………くだ、さい………がくぽさま、の………カイトの、中に、いれて…………掻き回して………っゃ、ぁああっ」
涙声で強請ると、背中を舌で舐め上げられた。そのまま後ろ首に咬みついたがくぽが、入れた指を中で広げる。
「そなたが強請るなら、いくらでも呉れてやろう」