座敷に正座したカイトは、潤む瞳を懸命に瞬いて涙を弾いた。ぐっすんと大きく洟を啜って、震えるくちびるを開く。
「ぁ、あの………本当に、ほんとうにごめんなさい、がくぽさま………俺、おれ、………もう、もう二度と、いたしませんから………あの、本当に絶対もう、いたしませんから………っ」
弱々しく吐き出しながら、カイトは座敷に手を突いて身を乗り出す。
溺愛するお嫁さまから完全に後ろを向き、だけでなく全力の拒絶を叫ぶ夫へと。
まよひすぐみちのひよくどり
「芯から、反省しましたから………俺が愚かで、考えの足らない、至らぬ嫁だったんです………ですから、………ですから、がくぽさま………ぐすっ!どうか、がくぽさまぁ………っ」
平謝りするカイトにも頑強に背を向けていたがくぽだが、最終的に悲鳴のようになった嘆願にぴくりと揺れた。
のっそりと、振り返る。
――だけでは、顔を確認できないのが、今のがくぽだった。
頭から引き被り、篭もっていた布団をわずかに上げたがくぽは、鋭い光を放つ目だけを出し、カイトをぎろりと睨んだ。
「がくぽさま………っ」
「まことだな」
それだけでも喜色を刷いて身を乗り出したカイトに、がくぽは布団に篭もったまま怨念満ちる声で、是非を問う。
「今言ったこと………まことだな、カイト?もう二度と、決して絶対にやらかさぬと、誓うな?」
江戸の裏を取り仕切る悪家老、因業一家として名高い印胤家の当主が、がくぽだ。
しかしそうとはとても思えない格好まま、耽溺するお嫁さま相手にいつになくしつこく、念を押す。
カイトといえば、夫の念押しに首振り人形と化して、こくこくと頷いた。
「はい……はい!誓います。もう二度と、いたしません………最中に、がくぽさまに向かって『あなた』なんて、絶対に呼びかけませんから………!!」
「必ずだぞ!」
叫んで布団から跳ね起きたがくぽは、誓約したお嫁さまの前に胡坐を掻いて座ると、拳を握ってぶるぶると震えた。
「夫の……否、男としての沽券に関わる、大事なのだ!た、たかが一言、そなたから呼びかけられただけで………たかが、一言、で、………っ!」
「ぁっ、あっ、がくぽさま……!」
蘇った屈辱の記憶に堪えきれず、がくぽは握っていた拳を布団につき、がっくりと項垂れた。せっかく起き上がったというのに、再び寝込みそうな風情だ。
カイトは慌ててにじり寄ると、がくぽへと懸命に縋りついた。
「あの、あの……悪いのは、俺ですから………!最中に、『あなた』なんて呼びかけた俺が、悪いんです!がくぽさまにはなにも責はありませんし、男として衰えたなんてことも、堪え性がないということも、まったくありませんから………!ですからどうか、お気を確かに持って………!」
今にもこぼれ落ちそうなほどに潤んだ瞳で取り縋るお嫁さまに、がくぽの表情は空白に落ちた。
「………まあ、そうだ。此度の場合、悪いのはそなただな」
表情を空白まま、しらりと告げる。
ぱっと顔を上げたカイトがなにか言うより先に、がくぽはその腰を掴み、先まで自分が篭もっていた布団に転がした。
伸し掛かると、潤む瞳を懸命に凝らすカイトへ、くちびるを歪めてみせる。
「嫁が『悪さ』をしたなら、夫から仕置きをしてやらねばなるまい?仕切り直しだ。一寸、仕置いてやろうからな、カイト………よくよく堪えろよ?」
「ぁ………!」
滴るように告げるがくぽに、カイトの表情がぱっと輝いた。ようやく本領を取り戻した夫の首に腕を回すと、歓びと期待を込めてきゅっと抱きつく。
「はい、がくぽさま………!至らぬ嫁の俺に、いっぱいいっぱい、お仕置きしてください………!」