青星藍乱
ばたばたばたと走って座敷に飛び込んできたおよめさまは、その勢いままびしいっと、最愛の夫たるがくぽに人差し指を突きつけた。
「がくぽさまっ!今日という今日こそは、カイト、オトコを見せますっっ!!」
決意と覚悟と、あとは自棄とか開き直りとか破れかぶれとか、諸々に満ち溢れた非常に力強い宣言だった。
が、それはとりあえずとして。
「『男』………?」
がくぽは小首を傾げて、ぽそりとつぶやいた。興奮に頬を赤らめているおよめさまを、訝しい眼差しで上から下から見る。
そう。
だから、およめさまだ――『およめさま』。
確かに性別を偽った、騙りの『嫁』ではある。が、がくぽにとっては唯一にして最愛の『およめさま』、もっと言ってしまえば、たった一人、至上の『女』だ。
だからといって、本来は『男』であることも理解しているし、だからこそこうまで愛おしいという実態もあれ、改めて『男を見せる』と言われると、微妙に戸惑う。
カイトといえば投げられた疑問に構うことなく、がくぽの傍らにへちゃんと座った。先までの威勢はどこへやら、甘えと媚びを含んだ上目遣いとなって、もじもじもじと恥じらいながらがくぽを見る。
「ぇと、あの、あの………」
「………ふん?」
がくぽはくちびるをつり上げ、性悪な笑みをこぼした。
カイトが『見せる』と言った『オトコ』とは、ここ最近、挑戦してはあえなく敗北し続けている、夫からの要望に応えるということだろう。
今日という今日こそはと意気込んで来たが、しかしていつも通り、始める前からすでに敗色濃厚。
――というところだろうと踏んで嗤ったがくぽに、カイトは甘えるねこのように頭を寄せ、胸元にすりりとなすりついた。手が伸びて、縋るように着物を掴む。
がくぽの笑みはますます深まった。こちらもカイトの腰へと手を伸ばす。
「がくぽさま………いえっ」
「どうした、カイト?今日こそはと………」
「あ……………あなたぁ……」
「っっ!」
抱き寄せながらも嬲る言葉を吐こうとしたがくぽだが、びくりと震えて動きを止めた。
一瞬にして引きつり、激しい警戒に総毛立つ獣のような雰囲気を纏った夫の様子も気にせず、熱に潤んで蕩けるカイトはほんわりと笑う。
熟れたくちびるがとろりとやわらかに、しかし容赦なく開いた。
「あなたぁ………愛してます………愛してます、あなたぁ…………」
――カイトの語尾に、大量の花びら様のものが舞い飛んでいるのが見えた。錯覚だ。幻視ともいう。
つまり。
「ぅ……っご…………っっ!!ぐぅっ!」
言葉にもならない呻きをこぼし、がくぽは後ろに倒れた。
念のために補記しておくと、本日のおよめさまは夫の鳩尾を拳で抉ってはいない。肉の体に、直接の攻撃は一切なにもしていないのだ。
が、これまでより余程に強い衝撃を食らったがごとく、がくぽには立ち直れる様子がなかった。
「かぃ………っ、カイト………っ!そなっ………!!」
「っぁあああんっ!!はづかしぃいいいいっっ!!良案だと思ったけど、やっぱりはづかしいはづかしいはづかしぃいいいいいっっっ!!ひやぁああああああんんんんっっ!!」
――涙目となり、萌え死に寸前のがくぽは抗議も言葉にならないほどだったが、たとえきちんと言えたとしても、カイトの耳に届いたかは怪しかった。
極まる羞恥に全身を朱に染めたカイトは、うずくまってべしべしばしばしと激しく畳を叩きつつ、突き抜ける感情をどうにか治めようと、きゃんきゃんきゃんと喚き散らしていたからだ――