なんて卑怯な男だろう。
カイトは呆然として、目の前の相手を見ていた。
悪童夜叉の二歩三歩
たまたまがくぽを訪ねたら、将棋の相手をしろと命じられた。
カイトに拒否権はない。それは、がくぽがやさぐれても武士階級でカイトが町人だからとか、脅迫の相手だからとか、そういった力関係に因らず。
とはいえ面倒なことになったとは思いつつ、カイトは大人しくがくぽと対局し――
「おのれ……、やりおったな、そなた……っ」
幾度かの勝負の末、がくぽは己が負けた盤を眺めてつぶやき。
破顔した。
「なんだこれは!面白い!面白いぞ!どういう特技だ!」
叫びながら、きらきらと輝く瞳で身を乗り出してくる。本当に面白くて仕方がないのだと、言葉だけでなく全身から溢れ出す、無邪気に弾む気配。
まるで、子供のような――
こんな表情は、見たことがなかった。
こんな素直に、無邪気な子供のように悦ぶ姿は。
見たことがなかった。
出来るのだとも、思ったことがなかった。
カイト相手に、してくれるなどと。
――なんて卑怯な男だろう。
上機嫌ながくぽに抱き招かれながら、カイトは疼き塞ぐ己の心中を持て余して、きゅっとくちびるを噛む。
心を捕られる。
知れば知るほど、近づけば近づくほど、このひねくれてやさしい男が愛おしくて仕方がない。がくぽが欲しくて欲しくて、我慢出来なくなる。
望む言葉を、求める思いを吐きこぼしそうになって、苦しい。
「無欲よな、そなたは、ほんに」
褒美などいらないと拒んだら惚けたことを返されて、カイトはいっそ叫んでやろうかと思った。
この胸に蟠り日々募る想いを、すべてぶちまけてやろうかと。
それでも同じ言葉を吐けるのかと――
「そういえば今日は、してやっておらんな?せっかくそなたから訪い来ったものを、俺としたことが己の興味のみに付き合わせた。悪かったな………ひどく焦れたであろう?まあ、な………言っても今日は、加減してやる」
勝手なことばかり吐きこぼすくちびるに、カイトは伸び上がってくちびるをぶつけた。
「カイト?」
意想外の行動だったのだろう。がくぽは未だ無防備に、きょとりと瞳を瞬かせた。
そんながくぽの肩に顔を埋めると、カイトは胸にきゅっと爪を立てた。
「加減なんて、要りません。要りません、………がくぽさま」
口早に告げながら、カイトはますます、がくぽの胸に爪を食いこませた。
これ以上やさしくされたら、募る想いを堪えられない。玩具らしく酷く扱ってくれれば、まだ堪えられる。
溢れそうな胸の内の苦しさに喘ぐカイトのくちびるを、吐息がこぼれるだけのくちびるを、がくぽは静かに塞いだ。