ころびぬまろびぬ
ひやひやと、ゆるやかな風が頬を撫でる感触に、カイトはゆっくりと瞼を開いた。
ぼんやり霞む視界に、次に認識したのは音。はたはたと、小さく風を叩くうちわと、
「気がついたか」
――低く、押さえて小さな夫の声。
「ん……」
ぼんやりとしているのは視界だけではなく頭もで、カイトは軽く眉をひそめた。怠い手を上げ額に当てて、思考を巡らせる。
カイトが横になっているのはいつもの座敷で、布団の上だ。傍らには夫、がくぽが座していて、うちわではたはたと、地味かつ健気に献身的に、のぼせたカイトへと風を送っている。
ああそうだったと、カイトは思い至った。
のぼせたのだった。夫と風呂に入った結果。
「んっふ……」
未だ霞む頭と熱に怠い体で、しかしカイトはご機嫌に笑った。ごろんと転がると、傍らに座すがくぽの腰を捉える。
「んーーーvvv」
「おいこら、元気だ……っと、カイト!」
悪戯が過ぎた挙句、およめさまの意識を飛ばしてしまった。
罪悪感が過ぎて逆に尖るがくぽに構うこともなく、カイトはにゅふぬふという怪音で笑いながら、夫の膝に頭を移し、すりついた。
甘ったれるしぐさで、無邪気な態度だ。
が、懐く場所が場所だ。
そしてなにより肝心なことに、およめさまはかわいかった。笑い声がどんなにか怪しかろうともだ。
「畜生、節操なしの俺のムスコめが……未だ回復しきらぬ嫁を思いやるとかああど畜生、愛らしいわぁっ!!」
すっかり膝で落ち着いてしまったカイトの頭を、がくぽは若干の混乱とともにわしゃくしゃと撫でてやった。
罪悪感と、照れ隠しと――
荒っぽいしぐさだったが、カイトはこれ以上なくうれしそうに笑い、ますますがくぽの膝に懐いた。
「んくむふぅっ!」
「まったく………俺の膝なぞ、そうそう居心地も良くあるまいが」
「んーんんっ♪」
腐すがくぽの言葉は、ひたすらに幸せそうなカイトのはなうたもどきに、軽く吹き飛ばされて消えた。
偏屈に歪んでいたがくぽのくちびるが、ふと綻ぶ。
「やれやれ………」
ため息のように降参の言葉を吐き出すと、がくぽはひたすら甘ったれるおよめさまの頭を、ねこ相手のようにわしゃくしゃと撫でてやった。