はなみとり
縁側に胡坐を掻いたがくぽは、ちらりと視線だけ横に投げた。しかし長くはない。すぐに正面へと戻す。戻して庭を眺め、――
「あー……」
印胤家の庭は四季を通じて美しく整えられているが、今は花の盛りだ。一年でもっとも華やかと言えるかもしれない。
ましてやこの近辺は、当主のお嫁さまが日中の大半を過ごす座敷に近く、ことに気を入れて造られている。いくら見ても見飽きることはないと――
「カイトっ、……っ花見、よな?!」
「ふぁ?」
とうとう耐え切れず、がくぽははっきりと横を向いた。傍らに座し、陶然と自分に見入るお嫁さまへ、頭を抱える心地で訊く。
カイトといえば、あまりにも陶然と蕩けきって夫に見入った挙句、咄嗟に返せるのが気の抜けた声だけという有り様だった。しかもその後が続かない。
構うことなく、がくぽは体からカイトへ向き直った。
するとようやくカイトの瞳に光が戻る。わずかに腰まで浮かせて、体の向きを変えるようにと、がくぽへ手を振りまでしてきた。
「あっ、あっ、あ……がくぽさま、だめです。がくぽさまはきちんと、お庭を向いて……」
「だからそれだ」
要望を聞くことなく、あくまでもカイトへと正対し、がくぽは情けない声を上げた。
「花見よな、カイト?確か俺は、そなたから誘われたぞ。花見がしたいから付き合えと。それで俺はここにこうして座って花を見ているが、そなただ。どの花を見ている?まさか俺の着物に咲く花を見ているとは言うまいな?」
――念のため補記しておくが、今日のがくぽの着物は柄物ではない。もちろん花など咲いていないから、『花見』と称して見るべきものなどなにもない。
はずだ。
しかしそう問いたくなるほど、カイトはがくぽばかりを見ていた。陶然と見入って、庭の花になど、まるで目をやらない。
戸惑って訊くがくぽに、カイトは無邪気に小首を傾げた。
「ええと、がくぽさまのお目に映っているお花を……」
「なに?」
なにを言っているのかと、訝しく眉をひそめたがくぽに、カイトもまた、眉をひそめた。が、もちろん、含む意味は違う。
難題に突き当たった学者ばりの表情で、カイトはこくりと、慎重に頷いた。とても生真面目に、真っ向正直真剣に、くちびるを開く。
「でも、むつかしいです……どうしてもお目の中だけでなくて、『がくぽさま』を眺めてしまって。なかなか、お目に映る花だけを見るなんて、うまくいかなくて……」