うけひのまえの鶺鴒

「よし、では此度の鬼はそなただな、カイト。俺が隠れるまで、十……」

さっと立ち上がりつつ言ったがくぽは、そこで言葉を切った。立ち上がるのみならず、足はすでに一歩を踏み出そうともしている。

が、踏み出しきれないままの中途半端なところで、足も止まった。

「……………カイト」

「はっ!!」

がくぽが戸惑いながら呼ぶと、カイトはぱっと瞳を見開いた。驚愕の表情だ。どうやら無意識の所作であったらしい。

カイトの瞳はあちらこちらを慌ただしく窺い、ややしてへらりと笑った。

「えっと、えと、はいっつかまえました、がくぽさまっ!」

まあ確かに、『つかまえた』ではあろう――

がくぽは袖をはっしと掴んだカイトの手を、胡乱に見やった。

「隠れ鬼よな………少なくとも俺が隠れるまで、十は数えて待つものではないか。俺が鬼のときには、そうしたろう」

「ふぎっ!」

淡々と指摘したがくぽに、およめさまは毛を逆立てた。おろおろと泳ぐ瞳が潤む。

が、そうやって狼狽えはするものの、カイトの手はがくぽの袖をはっしと掴んだままだ。離さない。力が緩むことすらなく、むしろ強くなっているような。

淡々と佇むがくぽに対し、カイトはしばらくの葛藤ののち、再びへらりと笑ってみせた。

「ぁ、あー……そのう俺、おれ……は、学のない身ですので……とおまでとか、かぞえられませんしえっとー、えと、さ、さんからうえはー、いっぱい☆☆☆」

「………そなたな」

ぇへぇへと媚び笑いながら言うカイトに、がくぽは眉間を押さえた。

必死だ。言い換えるなら、死にもの狂いだ。なりふり構わないにもほどがある。

そうやって一所懸命に、がくぽを引き留めて離さないのだ。

初めこそ何事かと思ったが、こうして重ねられるとうすうす、察するものがある。

「カイト」

「ぅううっ!」

促したがくぽに、カイトは後ろ暗さを隠せず呻いた。手は離さない。緩みもしない。

潤む瞳で縋るようにがくぽを見つめていたカイトだが、ややして観念した。

不貞腐れたように頬を膨らませると、がくぽから顔を逸らし、吐き出す。

「だ…って、………がくぽさま、俺のこと捕まえても、捕まえた『だけ』で………、さっさと隠れようとなさる、し………い、いっしょけんめー、かくれたのに……っ、見つけても、『だけ』なんて……」

「つまり?」

もそもそぼそぼそと歯切れの悪いカイトの言葉を容赦なく断ち切り、がくぽは促した。

逸れていたカイトの顔ががくぽへ戻り、おずおずとした上目が向けられる。

「………もう少し、だけ………ぎゅうって、してくれないと、やですも……。離れられません……」

「そなたな……」

甘える言葉に、がくぽはぐっと、歯を食いしばった。眉間を押さえていた手にも力が入る。

内底からこみ上げるものを懸命に飲みこみ、抑え難きを抑え、がくぽは食いしばった歯の隙間からようよう、吐き出した。

「もちろんそなたの要望なら、叶えよう……叶えようがな………たとえそなたが懇願したとて、決して『もう少しだけ』では終わらぬぞ。『ぎゅう』のみでも済まぬ。その覚悟は、あろうな……?!」