さてそういったわけなので(どういったわけであるのか不明であれば、小ネタ集の2023年10月23日分を参照されよ)、エレベータのボタンをすべて押したい、あるいは堪え性もなく押してしまう派が大多数を占めることが判明した名無星家と明夜星家のロイドきょうだい四人である。
恋より遠く、愛に近い-日記版
エレベータのボタンからのささやかな考察
「ていうかさ、カイト?あんたのおとうと、殊勝らしく迎えに行ったりしないよね?それでどうやって帰って来てるの?」
「『どう』…?」
明夜星がくぽに問われ、名無星カイトは曖昧な表情で首を傾げた。曖昧な、つまり宿すのは不可解だ。
確かに明夜星がくぽとは、意味不明を成型して服を着せたものだと常々言っているわけではあるが、今のこの問いに不明瞭なところはなかったはずだ。
だというのに名無星カイトはいったい、なにが理解不能であったというのか?
「ボタンを全部押すと、魔界か異界にでも繋がるエレベータがあるのか?俺はふつうに、目的階で下りて、行って帰って来ているが…?」
「ぶみょっっ!!」
――念のため補記しておくなら、名無星カイトの、問いの意味が理解できていないがために若干不明瞭となった答えに続いた声、強いて類型するのであれば悲鳴となるそれは、明夜星カイトが上げたものである。
淡々とした答えを聞いているうち、凄まじく容赦のない半眼となったおとうと、明夜星がくぽに両頬を勢いよく挟まれ、名無星カイトの前に突きだされた明夜星カイトの。
揺らぐ瞳をわずかに見張って仰け反った名無星カイトを五寸釘でも打ちこむように見据え、明夜星がくぽは差し出した兄の首を軽く振った。
「つまり、ボタンを全押ししたからって、下りる階は変わらない?」
「………ボタンを全部押すことと目的階は、ぜんぜん、別のことだろ」
念を押すものの言いに、名無星カイトは慎重に返した。
慎重に返したが、明夜星がくぽの眼光はさらに鋭さを増し、挟んでいた兄の頬をぷにりとつまんだ。
「だってさ、兄さん………カイト、あんた、今の、ちょっと兄さんの目を見ながらもう一度、言ってやってくれる?」
「はあ?」
いったいなにがこうも明夜星がくぽを刺激したのか、名無星カイトは眉をひそめた。眉をひそめて考え、わずかにさかのぼったところで、思い出す。
――それで結局、どこの階で下りるんだったかわかんなくなって、じゃあ次に停まったとこでおりればいっかあっていって、迷子が始まるんだよ………
「ぷみゅ~~~………」
情けない顔まま、抵抗もせずおとうとの好きにさせる負い目だらけの兄、明夜星カイトを、名無星カイトは端然と見返した。
「明夜星カイト………おまえ、さすがに少し、おとうとを追いこみ過ぎだろ」
「みゅうーっ」
憧れのひとということもあるが、名無星カイトに諌められ、明夜星カイトは素直に反省を口にした。いや、ろくな言葉になっていないが、少なくとも態度諸々から判断するに、素直に反省している。
対して、反省を強いたおとうとだ。明夜星がくぽだ。
「言わせておいて難だけど、おとうとを追いこみ過ぎとか、その口でよく言うね?それでなんであんた、今日はそうも大人しいわけ?ほんとメンタル弱いんだからさ……大好きな『おにぃさん』までエレベータのボタン全押ししたいとかしてたとか、そこの衝撃をいつまで引っ張るのさ」
明夜星がくぽがつけつけと言った先は名無星がくぽだ。まさか自分の兄が、あの兄が、エレベータのボタン全押しなどという稚気溢れるイタズラをやっていたということに衝撃を受け、完全にあれこれ止まってしまっていた男である。
つけつけちくちくと明夜星がくぽに言われ、名無星がくぽは非常に恨めしい目を向けた。
「裏切り者とは話さん…」
「何歳だよ?!」
まさかあまえんぼうのわがまま王子にである、年齢を糾される事態となった名無星がくぽだが、今回の場合は致し方ないだろう。そういう、名無星がくぽの返しだった。
補記しておくなら、名無星がくぽ曰くの『ウラギリモノ』とは、同じ【がくぽ】でありながらエレベータのボタンを全押ししたい派に組したというところだ。
明夜星がくぽにしてみれば、知ったことかという話である。つまりだ。
「ボタン見たら押したくなるのは人情で正義でしょう。それが人類滅亡のボタンだったとしても、ていうかそんな、ボタンにしたら押すしかないんだから、ボタンつくった人類が悪いでしょ!」
この、ほぼ逆ギレである明夜星がくぽの主張に、名無星がくぽはなんと答えたか?
「兄………っ」
「おまえな………俺はボタン押す派だって言ったろうが………」
普段は剣突くするばかり、まともに寄りつきもしないおとうとだが、なんだかんだやはり『おとうと』なのである。こういうときに限って、兄を頼る。いや、縋る。
そしてなんだかんだやはり、名無星カイトは名無星がくぽの『兄』であった。縋られると無碍にできない。
とはいえ今回の場合、それで対さなければならないのは明夜星がくぽである。明夜星がくぽだ。
名無星カイトはちらりと、その傍らの明夜星カイトを見た。この、意味不明を成型して服を着せた男、あまえんぼうのわがまま王子を育てた、主たる責任者である。
「じんるいめつぼう……だめだよね。マスターまでしんじゃうも!だめだけど………でもボタンかー………ボタンだったら、押しちゃうかも……だってボタンは押すものだも!………」
「あー………」
名無星カイトの視界に、『じんるいはめつぼうしました』のテロップが流れた。
少なくとも、確かに言えることがあるとするならだ。
「押せるボタンをつくった以上、自業自得ではある。が………ひとの迷惑になるようなボタンの押し方は、できるだけ控えような…」