「…」
「…」
がくぽの背から嗚咽が上がり、『変質者ご一行』は顔を見合わせた。
ピンクハウスとブルーマガジン-02-
がくぽは肩を竦めると振り返り、背にしがみついて泣きべそを掻いているカイトの頭を撫でてやる。
「よしよし!怖いことなぞなにもないぞ、カイト。ほれ、紹介してやろう?これなるは…」
「あ、はいはいはいはいっ☆」
優雅に手を向けられ、ツインテールの『少女』は元気いっぱいに手を挙げた。
「俺は秋嶋せつらでっす♪年は永遠に十七歳☆渇いた現世に愛と夢と希望をパッケージングして売りつける、心やさしい職業魔女っ娘だよ♪」
ウインクを飛ばして言い切った『少女』改め、秋嶋せつらに、スーツの男が真っ赤になって仰け反る。
「マスター!その恥ずかしい自己紹介は止めてくださいと、あれほど!!」
「そしてこっちのメガネスーツおにぃさんは、渇いた現世の擬人化、砂漠からやって来た氷の心を持つ熱き小学校教師♪アイスマウンテン・テルゾウだよっ☆」
さっぱり聞かずに恥ずかしい自己紹介に巻き込まれ、『テルゾウ』はさらに顔を紅潮させた。
「やりたい放題ですね、マスター!!あと私は『テルゾウ』じゃありませんっ!『テル』で止めてくださいっ!!」
「ほんにぬしのマスターはフリーダムぢゃの、テル蔵」
「テル蔵じゃないっ!!」
抗議を無視し、がくぽはきょとんとしているカイトをやさしい顔で振り返った。
「『氷山キヨテル』というロイドがおるのは、既知か?これなるは、氷山キヨテルと、そのマスター:秋嶋せつらぢゃ。せつらはまあ、今までのでわかるとおり、変質者のエリートぢゃ」
「ほぇえ……」
感嘆したように意味不明な声を漏らしてから、カイトはがくぽとせつらを見比べた。
「おかまのひとですか?」
どストレートな質問だ。
がくぽは吹き出し、テル蔵改めキヨテルは唖然とした。
せつらの服装は先にも言ったとおり、メアリー・○グダレンのワンピース、つまりスカートだ。しかもツインテールにした髪は、ずいぶんと長い。
そのうえ化粧も、ばっちり決まっている。
そこらへんにいる女の子より余程愛らしい美少女ぶりだが、声が完全に男だった。
無理やりに女声にしている様子もなく、きっぱりと低音だ。女の子の声が低いのとも、まったく違う。
せつらはウインクを飛ばし、無意味に魔女っ娘ポーズを決めた。
「失礼だぞ、カイコちゃん☆俺はオカマじゃなくて、ただの女装少年、男の娘です。体も心もばっりばりにオトコだぜ☆」
明るく言い放ったせつらに、がくぽは鼻を鳴らした。
「少年を名乗るとは図々しいの。マスターと同い年の分際で」
「え・い・え・ん・のっっ!!じゅうななさいっっ!!」
どこのアイドルか。
あくまでも笑顔でドスを利かせたせつらに、カイトは首を捻ってわずかに考えこむ。それから少しだけ、身を乗り出した。
「あの、それで…」
せつらとキヨテルの後ろ、門扉を指差す。
「あの子は……」
「っぎゃぁあああああああっっっ!!」
「ひきゃっ?!!」
皆まで言う前に、カイトの声は背後から轟いた悲鳴に掻き消された。
いや、悲鳴などというのは生易しい。断末魔の絶叫と言っても過言ではないレベルだった。
腰が抜けかけてがくぽに縋りついたカイトの背後に立っていたへきるは、蒼白になって、ムンクの叫びを忠実に再現していた。
「ちょ、がっくんがっくんがっくんなにしてんのなにやってんの玄関閉めて締め出して!!その変質者を一歩でも家に入れんなっっ!!」
「ま、まままま、マスター?!」
滅多にない剣幕に、カイトは涙目でマスターを見上げる。そのカイトに、泡を食った顔のマスターは腕を振った。
「カイトカイトカイト、逃げろっ!がっくんはまだ強いからいいけど、おまえにせつらの相手は無理だっ!無残に食われる前に、一目散にうさぎを脱げっ!!」
「うさ、うさぎを脱ぐっ?!!」
意味不明だが、必死であることは伝わる。
どうしたらいいかわからずにおろおろするカイトの頭を、呆れたような顔のがくぽがやさしく撫でた。
一方、激しい拒絶の嵐に合っているはずの変質者、であるせつらは、うっとりした顔で身をくねらせる。
「ふぁあんっ、るーちゃん、相変わらず良き狂乱vvv」
「うっとりしないでください、マスター!へきるもな、」
「ひぎぁああああああっっ!!」
「ひきぃっ!!」
一際大きな絶叫が轟き、カイトは意識を失いかけた。がくぽとせつらのほうは、用意よく耳を塞いでいる。
血走った瞳のへきるが三和土に下りてきて、呆然としているキヨテルに取り縋った。
「ちょっっ、もう、先生せんせいせんせいっ!!俺のことは名前じゃなくて名字で呼んでって言ってるよね言ってるでしょ?!俺が自分の名前にどれだけトラウマ持ってるか一から聞きたいの?!いやむしろ語るから聞け!!」
「聞き飽きた語るな落ち着け!!」
がっくがっくと揺さぶられながらも、キヨテルは負けじと叫び返す。
「そうぢゃ、落ち着け、マスター。さもないと」
絶叫に掻き消される音量のがくぽの忠言に重なるように、キヨテルへと縋りつくへきるに、白い手が伸びた。
「るーちゃん、たっち☆」
「ひぎぃいいっ!!孕んだっ!!」
「孕んだ?!!」
へきるの絶叫に、キヨテルの絶叫が重なる。
『タッチ』したせつらは、触れた手を掲げて怪しく笑った。
「やだなーもう、るーちゃんったら。そんな、触ったくらいで孕んじゃうなんて、俺もう、責任取る気満々だよ?」
「死んだ!!」
「死んだ?!!」
叫んで玄関に倒れたへきるにキヨテルが目を剥き、せつらは明るい笑い声を上げる。
呆れて肩を竦めたがくぽの背からカイトが飛び出し、そんなへきるの傍らにぺしょんと座りこんだ。
「死んじゃダメですぅ、マスター!う、ぅええ、ぐすっ」
「ぅうう、カイト………」
やさしさが身に沁みる。
思わず本気で泣きそうなへきるの手を取り、カイトは洟を啜った。
「今死んだら、赤ちゃんまで死んじゃいますうっ!!」
「がはっ!!」
「あ、トドメた」
「ご臨終ぢゃのう」
せつらがあっさりつぶやき、がくぽがそっと目尻を拭う。
ひとり、キヨテルが眉間の皺をぐにぐにと揉んだ。
「ちょっと待て…………今のは本気じゃないよな?まさか冗談だよな?!」
「う、うえふえ、ふぇえええーんっ、まふりゃぁあああっ」
信じたくないキヨテルの問いに、カイトの本気の泣き声が重なる。
へきるは冗談ではなく、白目だ。もちろん、トドメを刺したのはカイトだ。
「う、ふえっ、ぐす……っ?」
「お?」
「あれれ?」
「あ…!」
泣いていたカイトは、きょとんとして、傍らを見た。
がくぽとせつらが瞳を見張り、キヨテルが慌てて背後とカイトを見比べる。
「…」
「ん……んと………ぐすっ」
無言のまま、『それ』はカイトの頭を撫でた。
あどけない顔に、表情はない。
それでも撫でる手はひどくやさしいから、慰められているのだとわかる。
自分よりずっと小さな子にそんなふうにされて、カイトは洟を啜りながらも、照れくさそうに笑った。
目尻に溜まった涙を拭い、頭を撫でる手を取る。ぎゅ、と胸元で握ると、カイトは花が開くように微笑んだ。
「ありがとう。………えっと、レンくん?」
「…」
その少年は、カイトが持っている情報と照らし合わせると、ボーカロイド:シリーズ鏡音の片割れ、鏡音レンだった。衣装もデフォルトのものを着ているし、間違えようもない。
名を呼ばれると、レンは握られた手を振りほどき、カイトの首にぎゅうっとしがみついてきた。
「うわっ?!レンくん?!」
「れーんーだーとー?!それは『鏡音レン』のことかっ?!」
「ひきゃっ?!」
おどろおどろしい声でへきるが起き上がり、カイトは悲鳴を上げて、膝に乗り上げるレンの体を抱きしめた。
ホラー映画さながらに首を回したへきるは、カイトに抱きしめられてじっとこちらを見つめる座敷童→レンに、大きく瞳を見張った。
「マジだ!!ほんとにレンだ!!ナマレン!!野良か?!」
派生していく言葉がおかしい。
カイトは瞳を見張って、腕の中のレンを見た。
「ノラなんですか?!どうしよう、拾っちゃった!マスター、飼ってもいいですか?!」
カイトには、ツッコミ属性がなかった。
どこまでもボケ属性。
それがシリーズKAITOであり、杉崎家のカイトだった。
「え、でもカイト。ちゃんと最後まで責任もって面倒…」
「落ち着け、この駄マスター!」
ボケにボケを上塗りしていくへきるの頭を、渋面のがくぽの手が軽く払う。
「ねこの仔ぢゃないのぢゃ。野良ロイドがおるか。それは――」
「うちの子だよ、るーちゃん」